妊産婦のSTD及びHIV陽性率と妊婦STD及びHIVの出生児に与える影響に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200638A
報告書区分
総括
研究課題名
妊産婦のSTD及びHIV陽性率と妊婦STD及びHIVの出生児に与える影響に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
田中 憲一(新潟大学)
研究分担者(所属機関)
  • 岩下光利(杏林大学)
  • 小林巌(名古屋第二赤十字病院)
  • 鳥居裕一(聖隷浜松病院)
  • 花房秀次(荻窪病院)
  • 戸谷良造(国立名古屋病院)
  • 高桑好一(新潟大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 エイズ対策研究
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
66,125,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本邦におけるHIVの感染者およびAIDS患者数の潜在的患者数は30000人に達するとされており,今後も増加傾向にある。一方,いわゆる性感染症(STD)とHIV感染は悪循環を作り感染伝播することが知られている。当然のことながらSTDは性成熟期にある女性に多く認められ,妊婦においてもこれらの感染症の多発が推察されるが,大規模な調査はなされていない。そこで,第1に大都市地域の妊婦におけるHIVも含めたSTD感染の状況を明確にすることを目的とした。第2にアンケート調査により後方視的に、HIV陽性婦人におけるSTDの感染状況につき検討した。第3に,HIV感染男性とHIV非感染女性夫婦において,女性がより安全に妊娠しうるような方法を開発することを目的とした基礎的,臨床的研究を行った。従来、世界的にはHIV感染者は2次感染を避けるためにコンドームを使用し子供を作るべきではないと考えられてきた。このような状況の中で,我が国の血友病HIV感染者を中心とした患者夫婦の中で結婚し子供を持ちたいと願う夫婦の数が年々増加している。このような要望に応えるための研究を行った。第4に産婦人科施設における妊娠婦人に対するHIV抗体検査実施状況の把握、HIV感染妊娠の実態およびHIV感染母体から出生する児への垂直感染を防ぐための有効な手段を明らかにすることを目的に,臨床的研究を行った。
研究方法
30才未満の妊娠婦人を対象にした多施設共同による妊婦の各種STD,HIVおよびHPV(ヒトパピローマウイルス)の感染率に関する研究については以下のとおりである。関東地区5施設,中京地区5施設,関西地区2施設の計12施設で共同研究を行った。これらの施設において,平成14年10月から平成15年2月の間に,産科外来を受診した妊娠婦人を対象として,インフォームドコンセントを得た後,以下の検査を行った。(1)子宮頚管クラミジアDNA検査(2)子宮頚管淋菌DNA検査(3)血清中HIV抗体。これらの各種検査について地区別陽性率,年齢別陽性率などについて解析を行った。子宮頚管HPV検査については、昨年度の検討により陽性であった婦人の協力を得て、持続感染に関する検討を行った。HIV陽性婦人におけるSTDの感染状況に関する検討については、全国の主要なエイズ拠点病院産婦人科153施設に対してアンケート調査を行った。調査項目は,(1)HIV陽性婦人の診察を行ったことがあるか否か,(2)HIV陽性婦人で各種STD(クラミジア,淋菌,HPV)および子宮頚部スメアテストを実施したことがあるか,(3)HIV陽性婦人について前方視的にSTDの検討を行う場合協力してもらえるか否か,である。(2)で該当症例が存在する場合にはその概要を報告してもらった。HIV感染者の人工受精・体外受精に関する基礎的、臨床的研究に関しては,以下のとおりである。研究協力者の兼子智博士が開発した,HIVの除去率を高めて精子の回収率を向上させるためのPercollのgradient mixerによる連続密度勾配作成法を応用し,患者精液からHIV除去精子浮遊液を作成,研究協力者の加藤真吾博士が開発した超高感度PCR法により,HIVの検出されないことを確認し,臨床応用を行った。臨床研究への参加を希望する患者夫婦に対し,以下の手順で説明および意思の確認を厳重に行った。(1)臨床研究への参加を希望するHIV感染男性,非感染女性夫婦は最初に,分担研究者の花房秀次博士の所属する荻窪病院を受診,治療に関する説明を医師およびカウンセラーから行い,最初の意思の確認を行った。(2)治療に対する希望がある場合,男性の精液検査を行い,妊娠可能であると判断された場合に,実施施設である新潟大学医
学部附属病院を受診した。(3)新潟大学医学部附属病院で,担当医師から,詳細な説明書をもとに,本治療の目的,体外受精-胚移植も含めた治療の実際,考えられうる合併症,有害事象などにつき第1回目の説明を実施した。(4)その後原則としてカウンセラーが患者の居住地に赴き夫婦別々に治療についての意思を確認した。(5)同カウンセラーより新潟大学医学部附属病院担当医師が,患者の治療に関する意思について報告を受けた。(6)患者の治療に対する意思(治療を受けるという意思)が変わらないとの報告を受けた場合,患者に再度新潟大学医学部附属病院を受診してもらい,再度,夫婦別々に詳細な説明を実施した。(7)さらに夫婦の治療希望の意思が確認された場合,治療に関する文書同意を得た。その後排卵誘発剤を用い排卵誘発を行い至適時期に採卵(卵子を採取すること)を実施した。今年度は杏林大学医学部附属病院、慶応大学医学部附属病院においても、十分な説明のもと同意を得て、採卵当日,夫から精液を採取し,HIV除去精子浮遊液を調整した。超高感度PCRにより精子浮遊液中にHIVウイルスが検出されない場合に受精卵の培養を進めた。その後,受精卵の培養液中のHIVウイルスが検出されないことを,再度確認し,胚移植を実施した。HIV母子感染予防の臨床的研究の実施経過は以下のとおりである。病院施設の産婦人科を対象とした全国調査(1次調査)では、全国の産婦人科のある病院のうち、個人の開設するものを除く1,645施設に送付した。また、小児科を対象とした全国調査(1次調査)では、全国の小児科のある病院のうち、個人の開設するものを除く3,308施設に送付した。有効回答中、症例経験ありと回答した施設に対し2次調査を産婦人科、小児科それぞれに行い、母体及びその児についての臨床的、免疫学的、ウイルス学的見地から各種データの解析を行った。産婦人科診療所を対象としたアンケート調査は,主として診療所におけるHIV検査実施率,HIV妊婦の診療経験を調査することを目的に実施した。産婦人科診療所と判断された5938施設に対しアンケート用紙を送付した。アンケートの内容はこれまでのHIV合併妊婦の診療の有無、分娩取扱いの有無、分娩件数、妊婦に対する検査としてのHIV抗体検査施行、人工妊娠中絶術施行前のHIV抗体検査の有無などである。
結果と考察
若年妊娠婦人を対象にした多施設共同による妊婦の各種STD,HIVおよびHPVの感染率に関する研究については以下のとおりである。HIV抗体に関してスクリーニング的に検査を行った妊娠婦人6191例について陽性者は1例も認められなかった。一方,1112例の30才未満の妊娠婦人に対し行ったクラミジアDNA、淋菌DNAの検査結果は以下のとおりであった。全施設におけるクラミジア抗原陽性症例は1112例中47例(4.23%)であった。年齢別のクラミジア抗原陽性率では若年者ほど陽性率が高い傾向が認められた。すなわち、-19才では36例中7例(19.44%)で陽性であり,20才-24才では240例中19例(7.19%)で陽性であった。一方25才-29才では836例中21例(2.51%)が陽性であった。-19才および20才-24才の年齢階層では25才-29才の年令階層に比較し,有意に高率であった。全施設における淋菌の陽性症例は1112例中13例(1.17%)であった。年齢別の淋菌陽性率については,-19才では36例中2例(5.56%)で陽性であり,20才-24才では240例中5例(2.08%)で陽性であった。一方25才-29才では836例中6例(0.72%)の陽性率であり,-19才の年齢階層では25才~29才の年令階層に比較し有意に高率であった。このことから,若年妊娠婦人においてこれらの性感染症が蔓延していることが判明した。平成13年度の検討で,HPVが陽性であった症例に再検査の依頼を行い,同意の得られた44例について再度検査を行った。この結果23例(52.3%)では再度陽性であったが,21例(47.7%)では陰性であった。HIV陽性婦人のSTD感染状況に関する後方視的検討の結果は以下のとおりである。全国の主なエイズ拠点病院153施設の産婦人科施設のうちHIV患者(女性)の診療経験を有する施設は64施設(41.8%)であった。これらの施設でHIV陽性婦人に対し,何らかのSTD検査または子宮頚部スメアテストを実施されている症例が65例あ
った。65例中クラミジアDNA検査が実施されていた症例は43症例であり、このうち9例(20.9%)が陽性であった。子宮頚部のスメアテストについては58症例で実施されていた。この中でClass IIIaが12例(20.7%),Class IIIbが2例(3.4%),Class Vが2例(3.4%)であった。クラミジア陽性率、Class IIIa以上の割合ともに一般婦人に比較し高率であった。これらのことから、HIV陽性婦人に対する健康管理の観点から,STD、子宮頚部スメアテストなどの検査を積極的に実施することが望ましいことを示すデータであると判断された。HIV感染男性,非感染女性夫婦に対する人工授精、体外受精に関する基礎的、臨床的検討については以下のとおりである。前年度の基礎的研究として開発した1コピー/mlのHIVウイルスを検出できる超高感度PCR法を応用し、HIV陽性男性精液からPercoll法,Swim up法により調整した精子浮遊液からHIVウイルスがほぼ完全に除去されることを確認した。この技術を応用し,HIV感染男性、非感染女性夫婦で妊娠を強く希望する夫婦に対する体外受精-胚移植を実施した。事前に,実施施設倫理委員会に付託し許可を得た。実施に先立ち,担当医師による説明,カウンセラーによる患者の意思確認を厳密に行い,インフォームドコンセントを得て実施した。今年度は新潟大学医学部附属病院,杏林大学医学部附属病院および慶応大学医学部附属病院において,16症例(のべ17症例)に対し,本治療を実施した(1例は平成13年度末から14年度にかけ治療を実施)。3例では採卵したものの受精が認められず胚移植を実施せず,1例は培養液のHIV検査により偽陽性所見が得られたため,胚移植を実施しなかった。3例は胚移植を行ったものの妊娠の成立を見なかった。10症例において妊娠が成立し,2症例は前臨床的流産に終わったものの8症例において妊娠が継続した。1例はすでに分娩を終了しており,7例は順調に経過している。したがって対胚移植の妊娠率は76.9%(13例中10例),妊娠継続率は61.5%(13例中8例)であった。なお,8例中3例(37.5%)が双胎妊娠であった。胚移植例では,胚移植後3か月間連月にわたりHIV抗体およびHIV-RNA検査を実施しているが,二次感染は認められていない。出生した児については,臍帯血および生後3-6か月でHIV抗体およびHIV-RNA検査を実施しているが,二次感染は認められていない。なお,前年度に2例が妊娠、出産を経験しており,妊娠継続例は合計10例,分娩例が3例である。今後も条件を満たした上で,臨床実施を進めていく予定である。Swim up法やPercoll分離法には技術と熟練を要し、安全性の確保に努める必要がある。今後さらに検討を進めていく予定である。HIV母子感染予防の臨床的研究の概要は以下のとおりである。病院を対象としたアンケート調査は産婦人科1645施設に,小児科3308施設を対象として行った。これにより,HIV感染妊娠婦人は通算で275例となり,HIV感染妊婦からの出生児は193例となった。全国の妊娠婦人に対するHIV抗体検査率(各施設の分娩件数およびHIV抗体検査率から算出)は85.0%であり、前年度に比較し11.8%増加した。前年度に引き続き実施した産婦人科診療所を対象としたアンケート調査は以下のとおりである。「日本産科婦人科学会,日本産婦人科医会会員名簿」より産婦人科診療所と判断された5938施設(個人)を選択し,アンケート用紙を送付した。平成13年度は,回答が2676施設(45.1%)から寄せられたが,今年度は,2623施設(44.2%)からの回答を得ており,ほぼ同様の回答率であった。今年度の回答では,分娩を取り扱っている施設が1376施設であった。これらの施設で取り扱われた分娩総数は約408100件であり,我が国における年間分娩件数(約120万件)を考慮すると,分娩を取り扱うほとんどの産婦人科診療所から回答が寄せられたものと判断している。調査の重要な項目として,妊婦健診の際にHIV抗体の検査を実施しているか否かについて質問を行ったが,分娩を取り扱っている産婦人科診療所で,妊婦の100%にHIV抗体検査を実施している施設の割合いは全国で59.6%であった。一方,HIV抗体検査をまったく施行していない施設の割合いは17.8%であった。地方別では平成13年度と同様,関東,中部地方
などで妊婦に対するHIV抗体の実施率が高く,九州,中国,四国地方などでは低いことが判明した。ただし,HIV抗体検査100%実施施設の割合は,平成13年度と比較して,いずれの地方においても上昇しており,妊婦健診におけるHIV抗体検査の重要性が認識されつつあるものと判断される。一方産婦人科診療所において人工妊娠中絶術を施行する際のHIV抗体検査の実施率を調査したところ,100%に実施している施設の割合は9.8%と低率であり,全く実施していない施設が74.3%であった。妊娠婦人に対するSTDに関する調査結果から,若年婦人におけるHIV感染の拡大が危惧される。若年婦人が対象となる機会が多いと考えられる人工妊娠中絶術は,HIV抗体検査を行う良い機会であり,十分な説明と同意のもと,実施することが望ましいと考えられた。産婦人科診療所でのHIV合併妊娠の診療経験の有無に対する調査では,新たに17例のHIV陽性妊娠婦人が産婦人科診療所で診察されていることが明らかとなった。この結果平成13年度の調査で判明した51名に加え,合計で68名となった。これらの症例について解析を行ったところ,全体としては経年的に増加の傾向にあることが示された。
結論
昨年度に引き続き、一般妊婦におけるHIVおよびSTD感染に関する前方視的検討,HIV感染男性,非感染女性夫婦に対するより安全な妊娠機会の提供に関する研究、妊娠婦人に対するHIV抗体検査実施率、HIV感染妊婦の実態および垂直感染予防に関する調査など,妊娠とHIVに関する多角的な研究を実施した。さらにHIV陽性婦人におけるSTDの感染実態に関する検討も行い,いずれも有意義な結果を得ている。今後さらなる研究の展開が重要であるものと判断している。

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