薬剤耐性のモニタリングに関する技術開発研究

文献情報

文献番号
200200635A
報告書区分
総括
研究課題名
薬剤耐性のモニタリングに関する技術開発研究
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
杉浦 亙(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 加藤真吾(慶應義塾大学)
  • 金田次弘(国立名古屋病院)
  • 北村義浩(東京大学医科学研究所)
  • 平林義弘(国立国際医療センター)
  • 松下修三(熊本大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 エイズ対策研究
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
23,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
HIV-1感染症における多剤併用療法は1995年以来先進諸国において標準的な治療として定着しているが、その成功率は高くはなく、およそ40%近い患者が初回治療に失敗するとされている。治療の転帰に影響する因子としては服薬アドヒアランス、治療薬剤に対する耐性獲得などが挙げられる。この約半数近い初回治療脱落症例、そしてその後多剤耐性に陥っている症例を救済することは重要な課題である。この研究班では薬剤耐性検査(遺伝子検査、感受性検査)、薬剤血中濃度測定、そして遺伝子診断を統合した治療モニタリングシステムを構築運用し、個々の患者に適切な治療プロトコルを提供することを目的とする。この目的を達成するために1)治療薬剤血中濃度測定と薬剤耐性検査の評価の検討、2)細胞内薬剤濃度の測定技術の開発とその臨床的意義の検討、3)簡易薬剤血中濃度測定検査技術の開発とその有用性の評価、4)薬剤の有効性を修飾するヒト遺伝子多型の解析の研究を行う。
研究方法
1)治療薬剤血中濃度測定と薬剤耐性検査の評価の検討:
薬剤血中濃度測定を実施した症例において、治療効果、副作用との関連を解析し、その意義について検討した。プロテアーゼ阻害剤、非ヌクレオシド系逆転写酵素阻害剤使用症例を対象に解析を行った。
2)細胞内薬剤濃度の測定技術の開発とその臨床的意義の検討:
末梢血単核球(PBMC),MT-2, HPB-(a)細胞におけるプロテアーゼ阻害剤、非ヌクレオシド系逆転写酵素阻害剤の細胞内濃度測定を試みた。約2 × 106個のPBMCを1 mlの無血清培地に懸濁、各薬剤を10 μMあるいは100μMになるように添加し、20-30分後に15,000 rpm、4℃で15秒間遠心後、沈殿した細胞にエタノールを加えて攪拌し、15,000 rpm、4℃で5分間遠心後上清を捨て、残りの細胞液中の薬剤濃度を測定した。薬剤排出実験では、細胞を薬剤に暴露後4℃ PBSで洗浄、改めて無血清培地に再懸濁。経時的に細胞内濃度測定を行った。 
3)簡易薬剤血中濃度測定検査技術を開発とその有用性の評価:
HPLCによる薬剤濃度測定では分析プロトコル簡略化のため測定条件の検討を行った。
HPLCを用いない方法についても検討を行った。
4)抗HIV-1薬剤の有効性を修飾するヒト遺伝子多型の解析。 
MDR-1イントロン内の3箇所の1塩基多型(SNP)、T2136C、G2677T/A、C3435Tについて遺伝子多型の解析を行った。HIV-1感染病態との関連を調べるためにCD209L遺伝子の5カ所のSNPと1カ所の反復回数多型(VNTR)をについて遺伝子多型の解析を行った。3~5x106個のPBMCよりゲノムDNAを抽出し、それを鋳型に個SNPポイント毎に周辺領域約1.0Kbを含めた標的遺伝子断片をPCRで増幅した。各SNPポイントの型判定はSNPポイントの一塩基上流が3`端に一致する様に設計した検出プローブを用いた。検出プローブを増幅した標的遺伝子片に結合させた後、ddNTPを加えた一塩基伸長反応を行い、取り込まれたddNTPのパターンから遺伝子多型の判定を行った。
(倫理面への配慮)
研究の倫理的・科学的妥当性については施設毎の倫理委員会で審査承認されている。患者に研究の必要性と意義について十分に説明し、書面にて同意を得ている。被検者やその家族が社会的不利益を被ることがないように検査検体の匿名性を確保している。
結果と考察
1)治療薬剤血中濃度測定と薬剤耐性検査の評価の検討
カレトラ、サキナビル+リトナビル併用療法での血中濃度測定の有効性が確認された。
また、カレトラとエファビレンツ併用患者において血中濃度をモニタリングすることにより有効血中濃度を維持しながら副作用を軽減できることが明らかにされた。
2)細胞内薬剤濃度の測定技術の開発とその臨床的意義の検討
健常人PBMC(n=3)におけるPIとNNRTIの細胞内濃度を調べたところ、有意な個人差は認められなかった。細胞内では薬物が濃縮されていることが明らかになった。薬剤によって濃縮の度合いは異なり、PBMCでは、ネルフィナビルが327倍、エファビレンツが101倍、サキナビルが60.5倍、リトナビルが16.1倍、インジナビルが15.8倍、アンプレナビルが1.14倍、ネビラピンが1倍以下であった。薬物の排泄動態を明らかにするために、薬剤暴露後細胞を薬剤無添加の培地に移し経時的に細胞内薬剤濃度を追跡した。その結果細胞内の薬剤は5分以内にほぼ排泄されたが、一部は24時間後も細胞内に残留していることが明らかになった。
3)簡易薬剤濃度測定検査技術の開発
従来HPLCによる血中濃度測定方法は薬剤毎に異なるプロトコルが使用されていたが、病院等の検査室でも実施がしやすいようにプロテアーゼ阻害剤6種類と代表的な活性代謝産物2種類さらに非核酸系逆転写酵素阻害剤エファビレンツの合計9剤の同一測定が可能な統一プロトコルを構築した。
4)薬剤の有効性を修飾するヒト遺伝子多型の解析
MDR-1遺伝子のSNP解析を健常人25名および同意の取れた感染者32名についてMDR-1イントロン内の3箇所のSNP解析を行った。CD209LのSNPおよびVNTR解析を115人(59人のHIV感染者と56人の非感染者)の日本人について行った。この結果を基にハプロタイプ解析を行った結果13種のハプロタイプが存在することが明らかになった。59人のHIV感染者について5カ所のSNPの遺伝型とHIV RNA量、CD4細胞数の関係を調べた。 その結果イントロン5のSNPとCD4細胞数の動態に統計的に有意に高い傾向が認められた(p=0.0069)。
D.考察
薬剤血中濃度測定法はすでに基本的な技術は完成しており、課題は検査の普及と活用である。検査手順の簡略化については現在あるHPLCによる測定プロトコルの簡略化を目指すだけではなく、今までとは全く異なる方法の開発も必要である。このことから我々はHPLCを用いない2つの方法の可能性検討している。いずれの方法も実現できれば検査の大幅な軽減、迅速化、そして低コスト化が実現されると期待される。細胞内薬剤(プロテアーゼ阻害剤)濃度の測定は、方法論としては一応の完成を見た。得られた結果からは細胞内でプロテアーゼ阻害剤は濃縮されており、この現象は従来考えられていたような薬物取り込みが濃度勾配によって能動的に行われるという考え方では説明が困難である。核酸系逆転写酵素阻害剤の細胞内濃度測定は次年度以降の課題である。プロテアーゼ阻害剤に関しては次年度は臨床検体を用いての検討を計画している。宿主因子解析に関してはMDR-1の解析が進行しつつある。現在は症例数を増やしつつある。今後、血中濃度測定との併用そして細胞内薬物濃度測定実験で用いている細胞などについても遺伝子多型解析を行い、結果を結びつけていく必要がある。
結論
プロテアーゼ阻害剤と非核酸系逆転写酵素阻害剤使用に薬剤血中濃度測定が至適治療の実現に有用であることが治療効果と副作用軽減の点から明らかになった。細胞内薬剤濃度技術が完成した。簡易血中濃度測定系の構築は基本的な戦略が決定したが、実際の系の構築は現在まだ進行中である。ヒトゲノム解析は解析症例数を増やし、データーを蓄積しつつある。このように研究は着実に進んでいる。

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