クリプトスポリジウム及びジアルジアの診断、治療及び疫学に関する研究(水道水のクリプトスポリジウム等による汚染に係る健康リスク評価及び管理に関する研究)(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200628A
報告書区分
総括
研究課題名
クリプトスポリジウム及びジアルジアの診断、治療及び疫学に関する研究(水道水のクリプトスポリジウム等による汚染に係る健康リスク評価及び管理に関する研究)(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
国包 章一(国立保健医療科学院)
研究分担者(所属機関)
  • 井関基弘(金沢大学)
  • 遠藤卓郎(国立感染症研究所)
  • 大垣眞一郎(東京大学大学院)
  • 金子光美(摂南大学)
  • 黒木俊郎(神奈川県衛生研究所)
  • 更科孝夫(帯広畜産大学)
  • 西尾 治(国立感染症研究所)
  • 平田 強(麻布大学)
  • 眞柄泰基(北海道大学大学院)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
24,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(感染症新法)において、クリプトスポリジウム症及びジアルジア症は全数届出の四類感染症に指定されており、また、わが国でもこれまでに水道水を介して大規模な集団感染が起きたことから、厚生労働省(旧厚生省)では「水道におけるクリプトスポリジウム暫定対策指針」を定めて、水道水質管理の徹底につき指導しているところである。しかしながら、クリプトスポリジウム(以下、クリプト)等の健康リスク評価に関わる科学的な情報がいまだ十分でないため、確実な予防対策を立てることが困難な状況にある。本研究では、水道水のクリプト等による汚染に係る健康リスクの適切な管理に向けて、水系の汚染状況や浄水処理における挙動と関連付けた健康リスクの的確な評価方法を確立し、これをもって水道水の安全確保と国民の健康増進に寄与するものである。
研究方法
ヒト等の感染実態の把握と評価、細胞感染性評価のための前処理方法、浄水処理における除去技術等につき検討した。ヒト等の感染実態の把握と評価に関しては、1)ヒトのクリプト及びジアルジア感染実態を把握するため、金沢市内の2医療機関の小児下痢症患者等を対象として、糞便61検体につき検査を行った。また、これとは別にA県のある病院で高齢(60歳以上)の下痢症患者106名を対象に糞便検査を行い、クリプトスポリジウム症の感染状況につき調査するとともに、同地域の河川水やその河川水が流入する海域で養殖されているホタテ貝についても、クリプトの検査を行った。このほか、動物のクリプト保有状況を把握するため、昨年度に引き続き、動物飼養施設9施設で飼育されている爬虫類のうち、カメ類51種151検体、トカゲ類47種181検体、ヘビ類64種185検体、ワニ類6種7検体の計168種524検体、及び、野外に生息する爬虫類のうちカメ類7種327検体、トカゲ類6種76検体、ヘビ類4種63検体の計17種466検体を対象として糞便検査を行った(以上、検体数は昨年度からの合計)。また、金沢市内のペットショップで市販されているイヌ347頭、フェレット22頭、オカメインコ10羽を対象に、クリプト及びジアルジア感染状況を調べた。2)昨年度に引き続き、横浜市立市民病院に来院した下痢症患者等を対象に、海外渡航歴の有無、国内旅行歴の有無、飲用水の種類、水浴等の有無、動物飼育の有無等につきアンケート調査を行い、クリプトスポリジウム症及びジアルジア症の感染経路や感染に至る背景を検討した。3)昨年度に引き続き、クリプトの遺伝子型につき、ヒト7検体、ウシ17検体、ブタ1検体、イヌ1検体、ネコ2検体、ネズミ2検体、計30検体の糞便を対象に、PCR法を用いて18SrRNA領域の塩基配列を調べ、型別別に分類するともにその由来につき検討した。4)昨年度に開発した酵素免疫法によるクリプト血清抗体価試験法を、埼玉県O町集団感染事例血清に適用して、その実用性につき検討した。また、この試験法を活用して、ウシの出生後におけるクリプト感染状況を調査した。細胞感染性評価のための前処理方法に関しては、クリプトオーシストを用いて、抗生物質、抗生物質+酸及び塩素の3通りの方法につき比較検討した。浄水処理における除去技術に関しては、1)クリプト及びジアルジアの汚染ピーク時における濃度を明らかにするため、多摩
川河川水を対象として、降雨流出時等に2時間ごとに試料水を自動採取してその濃度変動を調査した。2)浄水処理におけるクリプト及びジアルジアの除去性能を明らかにするため、ある浄水場の原水及び浄水を、昨年度に引き続き9ヶ月間にわたって月1回の頻度で調査した。3)クリプトのろ過による除去特性を明らかにするため、昨年度までに引き続き、凝集-砂ろ過室内実験装置を用いて原水濁度及び凝集剤注入率を変化させて実験した。
結果と考察
ヒト等の感染実態の把握と評価に関しては、1)金沢市内の2医療機関の小児下痢症患者等を対象とした糞便61検体の検査で、クリプト及びジアルジアの感染例は認められなかった。また、A県のある病院の高齢下痢症患者106名を対象とした糞便検査でも、クリプト感染例は認められず、水道原水やホタテ貝からもクリプトは検出されなかった。動物飼養施設で飼育されている爬虫類のクリプト保有率は、カメ類が2.0%(施設ごとの保有率は0~4%)、トカゲ類が11.0%(同0~20%)、ヘビ類が11.4%(同0~43%)、ワニ類が14.3%で、飼養施設によって保有率は異なり、同じ飼養施設で感染が広がっていることが認められた。これに対し、野外に生息する爬虫類については全466検体中トカゲ類2検体からクリプトが検出されただけで、保有率は極めて低かった。また、金沢市内で市販されているペットの感染率は、イヌについてはクリプトが21.6%、ジアルジアが25.1%で、両原虫とも陽性が6.1%、フェレットについてはクリプトが53%、ジアルジアが33%で、両原虫とも陽性が13%、オカメインコについてはクリプトが30%、ジアルジアが0%で、両原虫とも陽性が0%であった。2)横浜市立市民病院に3年間の調査期間中に来院した下痢症患者等のうち、クリプトスポリジウム症患者は3名、ジアルジア症患者は13名、このほかジアルジア感染者が2名で、両症につき計18名の患者及び感染者が確認された。これらの患者及び感染者のうち12名は海外渡航歴があり、海外での感染の可能性が高いと考えられた。また、海外渡航歴がない6名のうち4名は発症前にプールで水泳をしていたことから、プールでの感染が疑われた。3)クリプトの遺伝子型は4つの型別に分けられ、ウシ、ヒト、ネコ、ネズミでそれぞれ異なったクラスターに属すると考えられた。4) 感染初期及び感染1ヶ月後に採取されたO町のペア血清はIgG抗体価の顕著な上昇を示し、感染がIgG抗体価に及ぼす影響が明確に認められたが、1年後の血清抗体価は低下していた。抗原特異性について、ヒト型及び動物型抗原と両者の感染血清を用いてIgG抗体価を比較したところ、両抗原の間に差は認められず、動物型抗原で両遺伝子型クリプト感染を検査できることが示された。しかしながら、IgM抗体価に関しては、初期診断マーカーとしての有用性が認められなかった。また、この試験法を活用してウシの血清抗体価を調べた結果、健康な分娩母牛と出生時の子牛の抗体価の間に有意な関係が認められた。細胞感染性評価のための前処理方法に関しては、検討した3つの前処理方法のうち塩素処理による方法が、オーシストの脱嚢率が最も高く、変動係数が最も低いことを明らかにした。浄水処理における除去技術に関しては、1)多摩川河川水29試料のうちクリプトは8試料から、ジアルジアはすべての試料から検出された。クリプトの検出濃度はジアルジアの1/10程度と低かった。また、時には、降雨が認められないにもかかわらずこれらの濃度が上昇したケースもあった。2)ある浄水場の約3年間の調査結果とまとめると、原水のクリプトの陽性率は100%(30/30)で濃度範囲は110~1,900個/1,000L(50%値:450個/1,000L、95%値:1,600個/1,000L)、ジアルジアの陽性率は93%(28/30)で濃度範囲は0.3~720/1,000L(50%値:160個/1,000L、95%値:590個/1,000L)、ろ過水のクリプトの陽性率は47%(28/60)で濃度範囲は0.3~11個/1,000L(50%値:約0.3個/1,000L、95%値:7個/1,000L)、ジアルジアの陽性率は12%(7/60)で濃度範囲はいずれも約0.5/1,000L以下であった。3)凝集-砂ろ過室内実験装置を用いて、クリプトの除去特性を検討した結果、原水濁度が2度から50度まで増加するにつれて、その除
去率は2.6 log10から1.8 log10まで低下した。また、凝集剤注入率の増加に伴って濁度除去率は1.5 log10から4.0 log10へと高くなったが、クリプト除去率は2.3-2.6 log10とほとんど変わらなかった。
結論
最終年度に当たる本年度の研究では基本的に前年度までの研究を継続して実施し、各検討課題につきそれぞれ満足な研究成果を得ることができた。そして、本研究全体を通じて、水道水のクリプト及びジアルジアによる汚染に係る健康リスクの発生構造に関して、従来よりもはるかに正確に実態を把握することが可能になった。しかしながら、水道水を介してのクリプト及びジアルジア感染リスクを支配する要因は多岐にわたっていることや、水中のクリプト等の定量試験を迅速に精度良く行うことが困難なことなどから、これらによる健康リスクに関して十分な評価方法を確立するまでには必ずしも至らなかった。これを達成するためには、クリプト株等の系統分類、感染実態の把握、水道原水の汚染状況やその濃度変動特性等について、より詳細に検討することが重要な研究課題となると考えられる。

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