回帰熱、レプトスピラ等の希少輸入細菌感染症の実態調査及び迅速診断法の確立に関する研究(総括・分担研究報告書)

文献情報

文献番号
200200626A
報告書区分
総括
研究課題名
回帰熱、レプトスピラ等の希少輸入細菌感染症の実態調査及び迅速診断法の確立に関する研究(総括・分担研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
増澤 俊幸(静岡県立大学)
研究分担者(所属機関)
  • 神山恒夫(国立感染症研究所)
  • 川端寛樹(国立感染症研究所)
  • 角坂照貴(愛知医科大学)
  • 後藤郁夫(名古屋港検疫所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
18,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
レプトスピラ病、回帰熱、ライム病、ペストはいずれもげっ歯類を保有体とする細菌感染症である。古くから日本ではレプトスピラ病は秋疫、用水病などの名で呼ばれる風土病として恐れられていた。1970年代まで年間数十人の死亡例が報告されていたが、近年では農業の機械化等の農業様式や生活様式の変化に伴い、急激に減少した。その一方で1999年に沖縄県八重山諸島で十数名が川などで感染した事例もあり、水辺でのレジャーやスポーツ時の感染が懸念されている。ペストはグラム陰性小桿菌であるペスト菌(Yersinia pestis )の感染による急性熱性感染症で、1類感染症に指定される危険度の高い病原体である。世界的にはペストの患者数は徐々に増加しつつあり、流行地域も南アフリカ・マダガスカル、インド、東南アジア、中国、北米、南米と広範囲にわたっている。ライム病はこれまで北海道、長野などの寒冷地に棲息するマダニにより媒介されると考えられていたが、本研究の過程で沖縄にも存在することが明らかとなった。世界規模の交通網の拡大により、これらげっ歯類を起源とする感染症の保有体を介しての海外からの侵入が危惧されている。そこで本研究では港湾、並びに都市部で野鼠の捕獲を実施し、これら野鼠の当該病原体の保有状況を明らかにする。また、現行のラテックス凝集(RPLA)に基づく試験法は、偽陽性がでやすいとの情報から、国内で入手可能な4種の血清診断キットの特異性、感度を検討した。また、ペットとして輸入されるハムスター等のレプトスピラ保有状況を調べその実態を明らかにした。また、レプトスピラ病、ライム病診断用抗原、予防ワクチン開発のための新規抗原蛋白質の探索とペスト菌の迅速遺伝子検出法の開発を行った。
研究方法
レプトスピラ研究 北海道から沖縄に至全国規模の野鼠の捕獲、レプトスピラ分離調査システムの確立を行った。分離株はパルス・フィールドゲル電気泳動による全ゲノムDNAの制限酵素断片長多形性解析(RFLP)、鞭毛遺伝子flaB及びflaBより多様性であるトポイソメラーゼ・(gyrB)遺伝子のシークエンス解析、免疫ウサギ抗血清を用いた交差凝集試験により遺伝種、血清型を決定した。flaB遺伝子PCRによる、疑診患者全血からレプトスピラ検出診断法を確立する。現在本邦で入手可能なレプトスピラ抗体測定キット4種類(Dipstick、ELISA、MCAT、RPLA)の評価を行った。小学生男児がハムスターからレプトスピラに感染したとの報告を受けて、ジャンガリアン、ゴールデンハムスター(チェコ産、台湾産、国内産)計288匹の腎臓からのレプトスピラ検出と血清抗体検出を行った。また、ペット用のジャンガリアンハムスターにレプトスピラ強毒株を接種し、感受性を調べた。これまでの血清型に依存した方法に替わる新たな診断法およびワクチンの開発のために、新規抗原蛋白質の探索を行った。
ボレリア研究 近年、2種類のE.coli -Borreliaシャトルベクターが開発されたが、その形質転換頻度・効率は低く、病原性解析などを行うための遺伝学的ツールとしての機能が十分とは言えなかった。病原性に関与するplasmid上に何らかのtransformationを制限する遺伝子が存在すると考え、これらplasmid欠落株での高頻度形質転換株の樹立を目的に研究を行った。
ペスト研究 Y. pseudotuberculosis特異的遺伝子のinvおよびY. pestis特異的遺伝子の3aをプライマーとしたライトサイクラーによるReal-time PCR法を検討した。
結果と考察
全調査を通じて野鼠789匹からレプトスピラ8株(1.0%)を分離した。分離レプトスピラは日本に土着の血清型autumnalis(秋疫A)、hebdomadis(秋疫B)、australis(秋疫C)の他に、本調査でこれまで名古屋、沖縄、宮城で見出してきた未同定血清型株を本年度も名古屋と北海道十勝で分離した。名古屋市の調査では2002年の培養陽性率が2.9%、2001年では7.4%でありほぼ同程度の結果が得られた。このことから名古屋市に生息する野鼠は一定の割合でレプトスピラを保有しており、その割合も他の地域よりも高いことが明らかになった。血清型同定が不能な株については、オランダ王立熱帯研究所に送付し、同定を進めている。予備的結果ながら、これまで日本にはその存在が予想できなかった血清群Javanica血清型poi、血清群Ballum血清型arboreaまたはguangdonまたはcastellonisの存在を示唆する結果が得られつつある。最終的な血清型の同定完了の後は、これらの既存の血清型に加えてこの新たな血清型を含む血清診断システムの構築が必要となることを示した。 
国内で入手可能なレプトスピラ検査キットの評価を行った。これら4種類の市販検査キットでは、以下の傾向が見られた。(1)属特異的抗原による検査キット(Dipstick、 ELISA)は、国内流行血清型を用いた検査キット(RPLA、 マイクロカプセル凝集試験MCAT)と比較して感度が低い。(2)ラテックス凝集試験法(RPLA)による抗体検出は他の3種類のキットと比較して特異性が低く、特に偽陽性を生じやすい。(3)いずれのキットでも偽陰性の頻度は低い。今後は各キットの特徴を臨床検査の場に周知する必要がある。
チェコ産、台湾産、並び国内産ハムスター(ゴールデンハムスターとジャンガリアンハムスター)計288匹について培養を行い、すべて陰性であった。実験動物のゴールデンハムスターに高い致死活性を示すレプトスピラ強毒株を輸入ペットのジャンガリアンハムスター腹腔内に接種したが、2週間の観察期間中病態は示さず、また解剖後組織と尿からレプトスピラは検出できず、この種のハムスターはレプトスピラ対して感受性が低いことが示唆された。しかしながら、ペットとして供給されるハムスター種は多岐にわたるため、様々な種類のハムスターとレプトスピラ株の組み合わせの中には、病態を引き起こすものや致死的なもの、あるいは保有体化し尿中にレプトスピラを排出するものがないとは断言できない。現時点では、ハムスターは一般のげっ歯類と同様に、保有体化する可能性を考慮して、野生動物との接触を避けて衛生的環境で飼育することが肝要である。
レプトスピラ抗原蛋白質をPhoAとの融合蛋白質として発現し、感染マウス回復期血清でスクリーニングを行い、新規の抗原蛋白質Loa22を検出した。Loa22はC末端にOmpAドメインを持つ新規のリポ蛋白質であり、外膜に存在することが明らかになった。Loa22は、血清型を超えた新たな診断、ワクチン抗原として機能しうる可能性が示唆された。一方、レプトスピラ染色体DNA発現ライブラリーから感染マウス血清スクリーニングにより、LigA-m、 LigB-m2種類の抗原蛋白質を同定した。LigA-m、 LigB-mはそれぞれ12、11個のイムノグロブリン様(Ig)ドメインからなり、N末端の相同性は非常に高い一方で、C末端側の相同性は低くい。 マウスを使った感染防御試験で、LigA-m、 LigB-mに防御効果があることを明らかにし、血清型を超えた新たな診断、ワクチン抗原として機能しうる可能性が示唆された。 
PCRによるペスト菌迅速検出法の確立を行い、invはY. pseudotuberculosisおよびY.pestisの両方を検出し、3aはY. pestisのみを検出出来たことから、両者の鑑別診断が可能であると考えられた。また、ライトサイクラーの系では、一時間程度で結果が得られ、通常のPCRよりも約1000倍程度の検出感度を持つことから、有用な迅速診断法となると考えられた。
結論
レプトスピラを野鼠から見出し、今日でもレプトスピラ症は身近に存在することを明らかにし、監視体制の必要性を示した。これまでみられない血清型のレプトスピラを見出し、さらなる性状解析が必要である。新たなレプトスピラ血清型推定法として、gyrBの配列解析法を確立し、本法が鞭毛遺伝子、16S rRNA解析よりも血清型の推定に適すことを明らかにした。また、国内でレプトスピラの血清型基準株を保有しない現状では、分離株の血清型同定は困難である。レプトスピラ基準株の保有と血清型同定システムの構築は必須である。
輸入ハムスターについては、感染個体を見出してはいないが、一部の調査であり継続調査が必要である。市販のRPLAは、疑陽性反応がでやすいことが明らかになった。一方、MCATは感度、精度の点で、最も優れていた。レプトスピラ新規診断抗原、新規予防ワクチン抗原の候補となる蛋白質を見出した。ペスト菌のリアルタイム-PCRによる高感度迅速検出法を確立した。

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