髄膜炎菌性髄膜炎の発生動向調査及び検出方法の研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200625A
報告書区分
総括
研究課題名
髄膜炎菌性髄膜炎の発生動向調査及び検出方法の研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
益川 邦彦(神奈川県衛生研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 渡辺治雄(国立感染症研究所)
  • 中島秀喜(聖マリアンナ医科大学)
  • 井上博雄(愛媛県立衛生環境研究所)
  • 永武毅(長崎大学)
  • 相楽裕子(横浜市立市民病院)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
海外で多数発生しており、国内においても過去において多数発生していた髄膜炎菌性髄膜炎の症例が、近年において国内での症例報告数が少ない原因を探るとともに、検査法を検討して標準的な検査法を確立し、これを地方衛生研究所に普及し、流行の発生と耐性菌出現等に対する監視体制を確立して現行の感染症発生動向調査事業において正確な情報の収集が可能となる体制の強化を図ることを目的として研究を進めた。また、わが国における患者の病型の分布や健康保菌者の実態を把握し、感染症発生の潜在的な可能性を探り、さらに、耐性化の状況を調査して治療に必要な情報の提供を行った。髄膜炎菌感染症患者および保菌者からの分離菌の疫学マーカーや病原性等の性状を解析することにより、これまでに得られなかった髄膜炎菌性髄膜炎に関する基礎的データを蓄積して、流行発生の可能性やワクチン導入の必要性を探ることも目的とした。
研究方法
①細菌学的監視体制の強化のために検査法の普及を図ることとともに、健康保菌者の実態把握を行い、流行予防に資することを目的とした。山形県衛生研究所、福島県衛生公害研究所、神奈川県衛生研究所、石川県保健環境センター、岡山県環境保健センター、香川県衛生研究所、愛媛県立衛生環境研究所、大分県衛生環境研究センターおよび沖縄県衛生環境研究所の9地方衛生研究所が調査を実施した。調査は小児から高年齢層までの幅広い年齢層を対象としたが、特に短大や大学等の青年層を中心にした。
調査対象者に協力を求め、咽頭粘液を採取して調査材料とした。調査の対象菌種は、髄膜炎菌とともに、比較する目的で細菌性髄膜炎の主要原因菌であるインフルエンザ菌および肺炎球菌を含むレンサ球菌とした。
咽頭粘液の採取に先立ち、研究の目的と得られたデータの扱いについて説明し、インフォームドコンセントとして協力者が「調査協力承諾書」に署名したものを回収した。承諾書が得られた協力者から咽頭粘液を滅菌綿棒で採取した。髄膜炎菌の分離・同定は、各ブロックで行なわれた研修会での方法に準じて行った。
さらに、耳鼻咽喉科の協力を得て、外科的に摘出された扁桃に割面を入れて、扁桃内部の菌検索を行った。
②保菌者調査を実施している9地方衛生研究所を対象に外部精度管理調査を実施した。外部精度管理用試料は、咽頭スワブ擬似検体を3試料作製した。擬似検体とするために、健康保菌者調査においてMTM培地上の発育したNeisseria属ではない3菌種の3株を採取し、保存したおき、混在菌として使用した。3株のうち、2株はグラム陰性桿菌であり、1株はグラム陽性球菌であった。
擬似試料は3種類の検体を作製した。1つは上記の混在菌3株のみを混合した。残りの2試料には上記の3株と髄膜炎菌あるいはN. lactamica を混合した。1回目の外部精度管理では、菌株をPBSに浮遊し、その0.05mlを滅菌綿棒に染み込ませた。菌混合液を付着させた綿棒は-40℃に保存し、冷凍状態で各地方衛生研究所に配付した。
2回目の調査では、ゼラチン・ディスク法によりディスクを作製して試料とした。1試料はNeisseria属ではない上記の混在菌3菌株のみとし、残りの2試料は髄膜炎菌あるいはN. lactamica をNeisseria属ではない上記の混在菌3菌株と混合した。各地方衛生研究所へは、各試料のディスクの2枚ずつを冷蔵で配付した。
③患者の髄液からPCR法で髄膜炎菌の遺伝子を検出することによる髄膜炎菌感染症の診断を行うための基礎的検討を行った。保存菌株6株を、保存されている患者由来の髄液に浮遊させ、PCR法を検討して特異DNAの検出を試みた。アンプダイレクト法を使用して、反応阻害物質の除去による反応感度を検討した。
④髄膜炎菌の保存菌株235株について、常法にのっとって疫学マーカーであるMLSTの解析を行った。すなわち、必須酵素に関与する7遺伝子の特定部位のDNA配列を解読し、MLSTのホームページ (http://neisseria.org/nm/ typing/mlst/ )に参照して各遺伝子座とSequence Type (ST) の同定を行なった。
⑤薬剤感受性の結果に基づいて治療法を検討した。髄膜炎菌保存株166株の各種抗生物質に対する最小発育阻止濃度を測定した。測定法はNCCLSの方法に準じた。測定に用いた薬剤は、penicillin G(PCG)、ampicillin(ABPC)、cefazolin(CEZ)、cefuroxime(CXM)、cefotaxime(CTX)、nalidixic acid(NA)、norfloxacin(NFLX)、tetracycline(TC)、erythromycin(EM)、chloramphenicol(CP)、rifampicin(RFP)、sulfamethoxazole(SMX)、SMX/TMP(ST)の13薬剤であった。
⑥タイ国チェンマイ大学医学部、バングラディシュ国ダッカ小児病院、ベトナム国国立公衆衛生疫学研究所での検査体制を整えた。各国における小児の咽頭培養により髄膜炎菌と同時にARIの起炎菌についての保菌調査を開始することにし、ミャンマー国境地帯とチェンマイ市において実施した。
結果と考察
①調査の対象は、学生(大学生、短大生、専門学校生等)を中心にした青年層と社会人および幼小児や高年齢層の1,533名(男581名、女952名)であり、このうち青年層(16~30歳)は1,269名(男440名、女829名)で、全体の82.8%を占めた。このうち8名(0.5%)から髄膜炎菌が検出された。この結果は過去2年間の調査とほぼ同じ検出率であった。福島県の調査では94名中1名(1.1%)から、神奈川県の調査では172名中1名(0.6%)から、愛媛県の調査では506名中4名(0.8%)から、沖縄県の調査では85名中2名(2.4%)から髄膜炎菌が検出された。幼少児は大分県において、高齢者については山形県と沖縄県において調査の対象としたが、髄膜炎菌は検出できなかった。
52検体の扁桃の内部の菌検索では、髄膜炎菌は検出されなかったが、N. lactamica が1例から検出された。
②外部精度管理用試料として、菌浮遊液を綿棒に染み込ませた試料とゼラチン・ディスク法で作製した試料の2種類を試験したが、ゼラチン・ディスク法による試料において良好な結果が得られた。調査内参加した8地方衛生研究所からは、すべて正しい回答が得られた。
③使用したPCR法は精製水中に5 x (5.E+10) cfu/mlの髄膜炎菌があれば検出が可能であった。保存した髄液に保存菌株を浮遊させ、浮遊液を精製水で希釈してPCR法を試みたところ、希釈していない原液では感度は6.E+10 cfu/mlであるのに対し、精製水で希釈してもアンプリダイレクトで希釈しても、10倍希釈髄液では5.E+10 cfu/mlで検出が可能であった。100倍希釈髄液ではPCR bufferで希釈すると5.E+10 cfu/mlで検出可能であったが、アンプリダイレクトで希釈すると4.E+10 cfu/mlで検出された。1,000倍希釈髄液ではPCR bufferでもアンプリダイレクトでも2.E+10 cfu/mlで検出が可能であった。濁りの強い髄液では、PCR bufferで希釈した100倍希釈髄液では4.E+10 cfu/mlまでしか検出できなかったが、アンプリダイレクトで希釈すると4.E+10 cfu/mlでも検出できなかった。
④疫学マーカーとしてMLSTを採用し、世界的レベルでの疫学的情報の照合が可能となり、世界的に髄膜炎菌性髄膜炎の流行を発生させている起炎菌の発見とその公衆衛生学的な警告や対応を可能とすることを目的とした。MLSTのうち、ST-23 complexの占める割合が最も高く、次いで、ST-44 complex(linaegeⅢ)が約20%、ST-32 complex(ET-5 complex)とST-198 complexが約5%であった。ST-11 complex(ET-37 complex)も少数ながら見出された。いわゆる流行株が患者のみならず、健康者からも検出されており、このことからも今後とも定期的な保菌調査を実施して、流行株の保有状況を精査する必要があると思われる。
MLSTの解析の結果、解析の対象とした分離株のMLSTにより、1)海外由来株、2)海外由来国内派生株、3)日本固有株とその派生株の3種類に分けられ、現時点において日本国内に潜在している髄膜炎菌は、これらがモザイク状に存在していることが推測された。
⑤代表的な抗生物質の結果は以下のとおりであった。PCGでは、MICは0.016~0.5mg/mlに分布し、MIC50値は0.063mg/ml、MIC90値は0.125mg/mlであった。CTXでは、MICは<0.004~0.008mg/mlに分布し、MIC50値0.004mg/ml、MIC90値は0.008mg/mlと極めて低かった。NFLXでは、MICは0.016~0.032mg/mlに分布し、MIC50値は0.016mg/ml、MIC90値は0.032mg/mlであった。RFPでは、MICは0.004~0.5mg/mlに分布し、MIC50値は0.032mg/ml、MIC90値は0.25mg/mlであった。髄膜炎菌性髄膜炎に対しPCGを第一選択とするには薬剤感受性の確認が必要と考えられる。今後ペニシリン系薬への耐性化が一段と進行すれば、CTXが第一選択となる可能性がある。髄膜炎菌性髄膜炎の治療に際しては、感受性株であればPCGを第一選択薬とし、ペニシリンアレルギーを有する症例や非感受性株の場合にはCTXなどの第三世代セフェム薬が推奨される。ほかに, ceftriaxone(CTRX),ceftazidime(CAZ)も推奨されている。保菌者に対する除菌の選択薬としては成人ではCPFXをはじめとするフルオロキノロン薬、小児ではRFPを投与すれば、高い除菌率を期待できる。
⑥タイ、バングラディシュ、ベトナムはすでにARI起炎菌の多数の菌株と髄膜炎菌株が収集・保存されており、血清型、耐性遺伝子などの国際共同調査研究を展開した。チェンマイ大学医学部と共同でミャンマー国境地帯(Khobdong Amphoe Phang)と市内(Piengluang Amphoe Vienghang)の2ヶ所で小児の咽頭培養を実施したが、髄膜炎菌は検出されなかった。髄膜炎菌が強毒菌であることから、宿主条件により安易に重症感染症の原因菌となることを考えると、本菌のサーベランスおよび日本国内のみならずアジア、アフリカなどでの流行情報の収集が必要と考える。
結論
これまでの調査結果から見出された問題点に基づいて、感染症法の見直しに関連して、以下のような提案を行った。
1)感染症発生動向調査事業における髄膜炎菌性髄膜炎の名称の変更および医師から都道府県知事等への届出のための基準の見直し、2)病原菌株の収集と保存、および3)健常者における保菌状況の定期的な調査。

公開日・更新日

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