新興する細菌性腸管感染症の診断・治療法の開発と発生動向調査に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200622A
報告書区分
総括
研究課題名
新興する細菌性腸管感染症の診断・治療法の開発と発生動向調査に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
名取 泰博(国立国際医療センター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 荒川英二(国立感染症研究所)
  • 土肥多恵子(国立国際医療センター研究所)
  • 山崎伸二(大阪府立大学)
  • 本田武司(大阪大学微生物病研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
22,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究では腸管出血性大腸菌、新型コレラ菌及び腸炎ビブリオなどによる腸管感染症を対象とし、それらに対する新しい診断・治療法の開発とその発生動向を明らかにすることを目的とする。
最近の分子疫学的解析から、多くの細菌感染症では過去に流行した同一株が再び広がるのではなく、様々な変異を経て新たな流行株が派生することが明らかとなっている。そこでコレラ菌についてエンデミックな地域での系統だった発生動向調査を行うことにより、O139のような新たな流行株の早期発見やその特徴の把握を試み、それらに対する対策を早期に講じて途上国での流行の広がりを未然に防いで世界的な伝播を阻止することを目指す。腸炎ビブリオについてはO3:K6が1996年頃から突然に我が国を含めた世界各地で検出されたことから、この血清型菌株を中心とした分子疫学的解析を行う。
一方、細菌性腸管感染症に対する現在の治療法は抗生物質以外は対症療法に限られ、疾患の原因となる毒素を標的とした治療法はない。腸管出血性大腸菌感染症における主な死因は脳症などの合併症であり、それらは同菌の産生するベロ毒素/志賀毒素(Stx)が引き起こす。本研究ではStxと強く結合する新規化合物を用いた治療法の開発を目指す。また糖鎖は細菌の腸管粘膜への定着にも関与し、さらに消化管免疫能を修飾すると考えられることから、oral rehydration solutionや人工乳に加えたときに腸管感染抑制効果のあるオリゴ糖の種類と量を決定することを試みる。
研究方法
腸管出血性大腸菌感染症に対する新規治療法の開発:アクリルアミドと、それにスペーサーを介してGb3糖鎖を結合させたモノマーを異なる比率で重合させて3種類の直鎖ポリマーを作製した。コントロールとしてラクトースを結合させたポリマーを調製して用いた。本研究で用いた腸管出血性大腸菌のマウス感染モデルでは接種後2日目には糞便中にStxが検出され、3日目には血清中にもStxが検出される。そこで治療群のマウスには、感染3日目から6日目まで直鎖ポリマーを1日2回経口投与した。
コレラ菌の発生動向:インドカルカッタ・西ベンガル州立伝染病院に入院した下痢症患者からコレラ菌を分離し、血清型別を行った。バングラデシュとタイで分離されたコレラ菌に存在するクラス1とクラス4インテグロンの分布を調べ、クラス1インテグロン陽性株については、どのような薬剤耐性遺伝子が存在しているか解析し、得られた結果をインド由来株の結果と比較した。
腸管における細菌感染の抑制:コレラ菌が認識する消化管上皮では、血液型や部位によって、発現している糖鎖が異なると考えられるため、3例の小腸粘膜標本についておおまかな糖鎖発現の種類とその個体差をレクチン結合で比較し、さらにこの画分へのO1コレラ菌粘着に対するオリゴ糖の阻害活性を調べた。
腸炎ビブリオの発生動向:新型と旧型腸炎ビブリオO3:K6を含む計55株について、4種類のPCR法を用いて解析した。この解析とは別に、下痢症患者由来菌株と環境由来菌株とを比較するために、愛知県内で発生した56事例の患者から分離された125株、散発性下痢症患者から分離された498株、また海産魚介類に由来する1,541株を用いた。
腸炎ビブリオの病態解明:患者分離株18株、環境分離株3株を用いてCaco-2細胞に対する細胞浸入試験を行った。また既報に従いRhoN19, RacN17, Cdc42N17にFLAG遺伝子を組み込んだプラスミドを構築し、これらのプラスミドをCaco-2細胞に導入して得たRho, Rac, Cdc42のdominant-negative細胞を用いた。
結果と考察
腸管出血性大腸菌感染症に対する新規治療法の開発:試したGb3糖鎖含有直鎖ポリマーはいずれもStx1及びStx2の標的細胞への結合を阻害した。その程度は糖鎖が最も多い化合物が最も阻害活性が強く、特にStx2に対してはSuper Twigより10倍程度強く阻害することがわかった。ラクトース含有直鎖ポリマーは全く中和活性を示さず、この活性が糖鎖特異的であることが確認された。細胞毒性に対する中和活性は結合阻害活性に比べて、糖鎖密度に対する依存性がさらに高く、特にStx2に対して、糖鎖が最も多い化合物はSuper Twig より20倍以上強力な細胞毒性中和活性を示した。さらにStx1に対するGb3糖鎖含有直鎖ポリマーの結合の強さを測定したところ、Super Twigと比べて100倍以上の結合の強さを示し、nMオーダーのKD値であった。このGb3糖鎖含有直鎖ポリマーを用いた治療法のモデルとして、マウスの腸管出血性大腸菌感染モデルに対する治療効果を調べた。コントロール群として生食投与したマウスは計8匹中7匹が10日目までに死亡したのに対し、直鎖ポリマー経口投与群では計9匹中8匹が生存した。この結果から、本研究に用いたGb3糖鎖含有ポリアクリルアミド直鎖ポリマーは感染マウスモデルに対して治療効果があることが明らかとなった。
コレラ菌の発生動向:西ベンガル州立伝染病院で分離されたコレラ菌について、2002年は2001年に比べ、分離されたO1コレラ菌の数が減少したのに対し、O139コレラ菌の分離数は増加した。non-O1, non-O139はほぼ横這いであった。1993年から2000年にかけて、バングラデシュで分離されたO1コレラ菌とO139コレラ菌のインテグロンについて調べた結果、クラス4は全てのコレラ菌で陽性であったのに対し、クラス1は、1992年のO1コレラ菌2株、1993年のO1コレラ菌1株が陽性となったが、それ以外は全て陰性であった。一方、1999年から2002年の間にタイで分離されたO1コレラ菌235株全てでクラス1が陰性、クラス4が陽性あった。以上の結果から、近年の薬剤耐性化には、クラス1インテグロンは関係なく、クラス4インテグロンかまたは全く別の機構が関与している可能性が考えられた。
腸管における細菌感染の抑制:オリゴ糖LacNAc, Gb3, LEX, 3FL, 2FL, FLN, 6SL, 3SL, GD3, GM2を用いた粘着能阻害活性を3症例で解析した結果、O1型コレラ菌はO139型に比べて3FL、シアル酸含有糖鎖など、多くの種類のオリゴ糖によって粘着阻害が見られた。2FLはO1, O139型いずれのコレラ菌の粘着も阻害した。以上の結果から、コレラ菌はヒト小腸に多く発現している血液型糖鎖と同じ構造のオリゴ糖によって、粘着が阻害されることが明らかとなった。
腸炎ビブリオの発生動向:新型クローンによる汚染実態を知るためにパルスフィールド電気泳動(PFGE)法を用い、菌のゲノム全体を対象とした解析を行った。国内での分離例や海外からの同定依頼株について解析を行ったところ、1996年以降の株はいずれも類似のPFGEパターンを示しており、海外のみならず、国内でも新型クローンが広がっていることが改めて示された。この新型クローンを迅速かつ簡便に検出する方法として4種類のPCR法をについて検討を行った。その結果、AP-PCRが最も適していることが示唆され、また新型クローンの遺伝子マーカーとしてORF8遺伝子あるいtoxRS遺伝子がかなり確度の高いマーカーではあるが完璧ではないことがわかった。一方、ヒトに対する病原性に関わる因子を調べるために、患者由来株及び環境由来株ついてTDH遺伝子とTRH遺伝子の有無を比較検討した。その結果、TDH遺伝子は下痢症由来株の93.9%から検出されたのに対し、海産魚由来株からはわずか0.32%から検出されたのみであった。またTRH遺伝子は下痢症由来株の4.3%から、海産魚由来株の0.52%から検出された。
腸炎ビブリオの病態解明:21株の腸炎ビブリオについて調べたところ、4株が細胞侵入性を示した。これらはいずれも臨床分離株であり、環境分離株3株には侵入性を示したものはなかった。cytochalasin D, nocodazole, genisteinの侵入性への影響を調べたところ、いずれの阻害剤でも腸炎ビブリオのCaco-2細胞への侵入性が阻害された。この結果から腸炎ビブリオの細胞侵入性には細胞骨格蛋白の関与が疑われたため、Rho, Rac, Cdc42のsmall GTPase分子の関与をdominant-negative発現系で調べたところ、SalmonellaやShigellaと異なり、細胞侵入性はかえって促進された。逆に、dominant-active Rho ファミリー蛋白を発現させる系では、腸炎ビブリオの細胞侵入性は阻害されることがわかった。
結論
腸管出血性大腸菌感染症に対する新規治療法として、経口投与でも有効な新しい毒素中和剤による系を創出した。これは菌が感染した後でも早期に同薬剤を投与することにより、重大な合併症を防止する可能性を示していると考えれられる。この系が腸管出血性大腸菌感染症の有効な対応策となることが期待される。小腸におけるコレラ菌の粘着に対してフコースあるいはシアル酸を有するある種のオリゴ糖が阻害活性を有することがわかった。その安全性には問題がないことから、今後、コレラの予防や治療の新しい手法として有望な方法と考えられる。
世界のコレラ高浸淫地域の一つであるインドカルカッタでは、、コレラの発生件数、特にO1コレラ菌によるコレラが減少傾向にあるが、O139コレラ菌とnon-O1, non-O139コレラ菌によるコレラの発生件数は増加傾向にある。従って、我が国への輸入感染症としてコレラとして、O1コレラ菌のみならずO139とnon-O1, non-O139コレラ菌についても注意を払う必要がある。新型腸炎ビブリオの遺伝子型分類について有用な手法を見出した。また下痢症患者由来と環境由来の腸炎ビブリオのTDH及びTRH遺伝子遺伝子について調べた結果、両遺伝子とも環境由来菌株では極めて低い率で検出されることがわかった。腸炎ビブリオの1部の菌株は、既知の侵入性細菌(サルモネラ、赤痢菌)とは異なる細胞侵入性を持つことがわかった。これが、米国における腸管外感染症からの腸炎ビブリオの分離率が高い理由かもしれない。

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