重症エンテロウイルス脳炎の疫学的及びウイルス学的研究並びに臨床的対策に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200621A
報告書区分
総括
研究課題名
重症エンテロウイルス脳炎の疫学的及びウイルス学的研究並びに臨床的対策に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
岩崎 琢也(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 清水博之
  • 岡部信彦
  • 網康至(国立感染症研究所)
  • 奧野良信(大阪府公衆衛生研究所)
  • 塩見正司(大阪市立総合医療センター)
  • 大瀬戸光昭(愛媛県立衛生環境研究所)
  • 小池智(東京都神経科学総合研究所)
  • 榮賢司(愛知県立衛生研究所)
  • 細谷光亮(福島県立医科大学)
  • 石古博明(三菱化学ビーシーエル)
  • 吾郷 昌信(丸石製薬)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
24,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
重篤な神経障害を引き起こすエンテロウイルスを対象に研究を行った。全国のサーベイランスならびに全国小児医療機関へのアンケート調査、重篤な神経障害を呈した症例より分離されたエンテロウイルスの同定とそのウイルス学的特徴、本邦ならびに西太平洋地域における流行動態、本邦の地域レベルでの流行状況の違いの把握と経時的推移、RT-PCRを用いた早期診断系の開発、臨床的解析、抗ウイルス剤の開発、ワクチン候補株の選定、動物モデルの開発とその応用の確立を目的としている。とくにエンテロウイルス71 (EV71) を主たる対象とした。この理由は1997年のマレーシア(CDC 1998, Chan 2000)、1998年と2000年の台湾におけるEV71の流行 (Ho 1999, Wang 1999, Wong 2002) では併せて100人以上の乳幼児がこのウイルス感染によって死亡し、本邦でも死亡例が確認されており、ポリオ根絶後の小児における重症神経感染症であるからである。
研究方法
地衛研ならびに国立感染症研究所におけるサーベイランス、全国小児医療機関を対象としたアンケート調査、分離されたウイルスの同定、血清学的解析、RT-PCR、塩基配列の解析、抗ウイルス剤の試験管内ならびにin vivoの解析、感染性cDNAを用いたreverse genetics、カニクイザル、マウスを用いた動物実験、抗ウイルス剤の開発とその作用機序の分子基盤を解析した。
結果と考察
疫学的解析:全国の3043小児科医療機関を対象に平成12年度と13年度の手足口病とヘルパンギーナのアンケート調査を行った。手足口病に伴い24時間以上入院した症例数は平成12年度は446例と非常に高く、13年度は133例と減少した。ヘルパンギーナの重症例も多く、12年度(定点における患者数147 275人)は277人で13年度(定点における患者数140 215人)は264人とほぼ横ばいの状態であった。この調査により本邦における手足口病・ヘルパンギーナに患者に予想以上に重症例が存在し、かつEV71による手足口病の流行時に重症例が多発していることが疫学的に明らかにされた。脳炎・脳症患者と無菌性髄膜炎AMの比率は1988~2001年の大阪府のデータでは、脳炎・脳症患者は119名、AM患者はその23倍の2,772例であった。AM患者の年齢ピークは0才および4~5才で、脳炎・脳症患者は0~1才と乳幼児に多い。手足口病の主たる病原ウイルスはEV71とCA16であるが、EV71の流行年には高頻度に重症化例が確認され、CA16の流行年には低下している。一方、CA2, 4, 6, 8., 10が原因とされるヘルパンギーナの症例においても重症化例が存在している。それぞれのウイルスについて、神経病原性とその重症化率の推定は出来ていないが、EV71感染では重症化する率が高いことは明らかである。手足口病はこの10年間で1995年と2000年に大流行しており、2000年の主たる原因ウイルスはEV71であった。CA16とEV71の流行は大瀬戸らの昨年度の報告にあるように3-4年に一度繰り返すとすると、EV71による手足口病の流行時には重症例の早期治療対策を講じる必要性が高まる。
2001~2002年の中国四国地方の5県の検討では2,382株のエンテロウイルス(コクサッキーA群 621株、B群 300株、エコー群 1,450株、EV71 11株)が分離され、手足口病の発生は両年とも小規模流行で、主要原因としてCA16が203株、EV71が11株分離され、重篤な中枢神経合併症例はみられず、この両年に関してはEV71感染は問題となっていない。1970~2000年に日本で分離されたEV71分離株の分子的多様性の変遷を解析した。日本では、80年代以降、大きく2種類 (AおよびB)の遺伝子型のEV71が伝播しており、手足口病流行に関与していた。 日本全体ではEV71の遺伝子型と手足口病の重篤化に直接的な関連性は認められなかった。しかし、一地域に限局した解析を行った愛知県のデータではB/ C型ウイルスが1993年に手足口病患者のみならず脳・脊髄炎、無菌性髄膜炎、不明熱性疾患患者からも分離されており、その遺伝子型からも病原性の強い株と推定された。また、EV71以外にもECHO11が4例の脳炎症例より分離されている。この3年間はEV71を主として標的として研究を行ってきたが、今後、より多くのエンテロウイルスの解析が必要である。細矢らにより開発された広範囲のエンテロウイルスのウイルスゲノムを増幅できるRT-PCRの検出系は非常に有用であり、この方法を用いて、簡便にウイルスの検索が行われていくことが望ましい。
臨床的解析: 1997年と99年に経験したEV71感染による肺水腫の発生機序を臨床的に検討している。
迅速検出法の開発:これまでに開発したエンテロウイルスのウイルスゲノムを検出するRT-PCR法を用いて、夏季の発熱患者においてその応用性を確認した。
EV71の神経病原性の分子基盤:EV71のinfectious cloneの作製とそのreverse geneticsを行っている。初年度に樹立したSK/EV006/ Malaysia株の感染性cDNAクローンについて、弱毒候補株を作製した。作製したクローンの性状を解析し、さらに吾郷らが開発した抗ウイルス剤MRL-1237に対する感受性に影響を及ぼすウイルスhelicaseのアミノ酸について検索した。
EV71感染動物モデルの確立:これまで、カニクイザルがEV71の神経病原性の解析に適している動物であることを明らかにしてきた。本年度は齧歯類のEV71の感受性を解析し、マウスにおけるEV71感染はヒトの病態とは非常に異なっており、実験モデルとして神経病原性を対象とした解析には不適であることを明らかにした。ただし、横紋筋感染モデルとしては有用である。EV71の動物実験モデルとしてサルとマウスの感染実験が行われ、非経口的に感染が成立することが確認され、前者では神経病変が、後者では横紋筋病変が主体であることが明らかにされた。EV71の人体感染で問題となるのは神経病変であることより、サルでの感染実験が現時点では第一選択である。
新規抗エンテロウイルス剤:ベンズイミダゾール誘導体のMRL-1237のエンテロウイルスに対する増殖抑制について検討した。in vitroにおいて供試したEV71をはじめとする26血清型のエンテロウイルスの増殖を選択的かつ強力に阻害した。in vitro においても、CA9感染幼若マウス、CB4感染成熟マウスにおいて強力な抗ウイルス作用を示し、予防効果に加えて治療効果も発揮した。したがって、MRL-1237およびその誘導体はエンテロウイルス感染症に対する抗ウイルス剤として使用できる可能性が示唆された。この薬剤のCA9に対する効果はin vitroならびに齧歯類でのin vivoでほぼ同程度であり、今後の臨床応用が期待される。
MRL-1237の作用部位はRNA helicase consensus motif内に存在することも確認した。
結論
本邦においてエンテロウイルス感染にともない、24時間以上入院が必要な重症例が多数発生していることが確認された。この原因ウイルスの一つとしてEV71は重要であり、このウイルスの流行時には重症例に対する早期治療の確立が望まれる。また、脳炎患者からはEV71以外のエンテロウイルス、ECHO11, ECHO30, CB3等が分離されており、多種類のエンテロウイルスを解析していく必要性がある。また、この点で多種類のエンテロウイルスゲノムを同時に解析できるRT-PCRによる迅速診断法は有用である。神経病原性の感染モデルとしてはカニクイザルを用いた経静脈内接種が最も人体感染に類似しており、現時点での第一選択である。ただし、この感染モデルでは肺浮腫が発生しないので、この点に留意する必要がある。

公開日・更新日

公開日
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更新日
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