エキノコックス症の監視・防御に関する研究 (総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200613A
報告書区分
総括
研究課題名
エキノコックス症の監視・防御に関する研究 (総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
神谷 正男(北海道大学)
研究分担者(所属機関)
  • 金澤保(産業医科大学)
  • 田村正秀(北海道立衛生研究所)
  • 野崎智義(国立感染症研究所)
  • 伊藤守(実験動物中央研究所)
  • 土井陸雄(横浜市立大学)
  • 佐藤直樹(北海道大学)
  • 神谷晴夫(弘前大学)
  • 松田肇(獨協医科大学)
  • 二瓶直子(横浜市立大学)
  • 伝法公麿(藤女子大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
30,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究の最終目的は、エキノコックス症の人への感染源である終宿主動物への対策を通して、環境中の虫卵数を顕著に減らし、人への感染の機会を減らすものである。本年の研究テーマの小項目として、1) 北海道におけるキツネに対する駆虫薬入りベイト散布と動物疫学、2) 北海道における終宿主診断法の改善と犬猫の調査、3) ハエ類等が多包条虫感染に関与する可能性の検討とキタキツネ巣穴周辺土壌およびゴルフ場バンカーからの多包条虫虫卵検出の試み、4) エキノコックス症の診断・治療法の開発-新規抗原遺伝子の獲得に関する研究、5) エキノコックス症の疫学(道外との関連)、6) 下大静脈閉塞を伴った多包性肝エキノコックス症切除法の検討、7) 東北地方におけるエキノコックス症流行実態調査並びに監視体制の構築、8)関東甲信越地方へのエキノコックス症侵入の監視、9)エキノコックス流行モデル -季節的要因の影響と流行-である。
研究方法
各項目別に報告する。
1) 小清水町および小樽市において駆虫薬散布による感染源対策とキツネのエキノコックス感染率の調査を行った。まず、水産廃棄物を利用したキツネ用の駆虫薬入り餌(ベイト)を作成した。キツネ行動範囲として防風林・山林に注目して、小清水町では林と道路の交点約200カ所で4~11月に毎月ベイトを撒布し(約40個/km2)、4, 7, 10月にキツネ糞便を採取した。同時に自動撮影カメラを用いてキツネによるベイト消費率を調べた。
小樽市ではベイトに駆虫薬の他にバイオ・マーカーとしてテトラサイクリン(TC)も加え、キツネの歯におけるTC沈着の有無からベイト消費を評価した。ベイトは5~7月、調査地域の道路沿いに1kmあたり20個の割合で撒布した。駆虫効果は5~10月に有害鳥獣駆除により捕獲されたキツネの剖検結果から評価した。さらに小樽市ではキツネ個体群の遺伝的構造に関する予備的な研究を行った。札幌市では、市街地内でのエキノコックス生活環の成立の可能性について検討するため、市街地に分布する緑地帯におけるネズミ類の分布、種類構成、環境要因について調査した。
2)北海道の犬の糞便調査では、平成14年度(2002.12月まで)に216頭の飼い犬の糞便について抗原および虫卵検査を行なった。
3)多包条虫の伝播経路にハエ類が関与している可能性を検討した。さらに、キタキツネ巣穴周辺の土壌およびゴルフ場のバンカーから虫卵の検出を試みた。
4)人におけるエキノコックス症の診断法を確立するとともに、抗原タンパク質の機能を理解することを目的として、本年度は抗酸化酵素の一つであるペルオキシレドキシン(Prx)について検討した
5)北海道以外へのエキノコックス症の拡散の可能性を評価するために、北海道から道外へのペット輸送実態調査を行った。
6)新たなエキノコックス切除術を開拓し、今日まで切除不能とされてきた下大静脈に浸潤し閉塞した多包性肝エキノコックス症2例に対し、肝切除を施行した。
7)青森県を中心に東北地方におけるエキノコックス症の流行実態調査を実施し、その監視体制の整備を行なった。
8)関東甲信越地方1都10県(新潟・栃木・群馬・茨城・埼玉・千葉・東京・神奈川・山梨・長野・静岡)の食肉検査場で検査される養殖豚について、エキノコックス感染の有無を調べた。
9)エキノコックスの流行のシミュレーションについて、季節的なキツネおよび野ネズミ数の変動、虫卵の生存期間の温度の影響、さらに降雪によるキツネの野ネズミ補食の阻害を考慮し、モデルの精密化を行い、流行についてのシミュレーションを行った。また環境中の活性虫卵密度に基づくヒトに対する感染危険度についても解析した。
結果と考察
1)小清水町における林と道路の交点においてベイトを撒布した区域(約200km2)では、キツネのエキノコックス流行状況が顕著に抑えられた。また、自動撮影カメラ観察では、撒布ベイトの約3割がキツネに摂取されると推測された。小樽市でのテトラサイクリン(TC)含有ベイト散布では、ベイト撒布後に捕獲されたキツネ87検体中17検体の犬歯からTCが検出された。TC陽性17検体のうち、犬歯のラベル像からその年にベイトを摂取したことが推測された15検体中14検体に多包条虫が感染していないことが確かめられた。
小樽市のキツネ個体群の遺伝的構造に関する研究では、局所的な移動分散や家族集団の存在、それらに対する駆除効果の解析の手段となりうることが示された。根室市においてもベイト散布を実施し、キツネへの駆虫効果が認められた。
札幌市の市街地21地点中11地点からエキノコックスの主要な虫間宿主であるエゾヤチネズミが捕獲されたが、感染個体は捕獲されなかった。
2)平成14年度(2002.12月まで)に216頭の犬の検査を行い、糞便内抗原陽性犬7頭、虫卵陽性犬1頭が認められた。この虫卵陽性犬は札幌市の室内飼育犬であり、感染機会の少ない室内飼育犬の感染例は北海道でのペットへの高い感染圧を示しているものと考えられた。猫は20頭の検査を行い、抗原陽性猫1頭を確認したが、虫卵は検出できなかった。
3)キタキツネの糞便に集まったハエ類を採集して腸管中のTaenia属虫卵を検査したが、虫卵も多包条虫の特異的DNAも検出されなかった。キタキツネ巣穴周辺の土壌およびゴルフ場のバンカーからも虫卵の検出を試みたが、虫卵は全く検出できなかった。
4)多包虫Prx遺伝子のコードするタンパク質の推定分子量は約21kDaで、48および169アミノ酸残基にはPrx群で保存されているシステインが認められた。この2-Cys型Prxのアミノ酸配列は現在まで報告されている様々な寄生動物種およびヒトを含む様々な哺乳動物種と高い同一性を示した。中間宿主体内での多包虫は好気的環境に寄生し、酸化的ストレスに曝露されている。Prxが多包虫の抗酸化機構に重要な役割を果たしていると考えている。
5)北海道に乗り入れる航空3社とフェリー3社により、毎年、北海道から道外各地へ約1万頭のペット犬が輸送されていることが判明した。その大半は道外から飼い主とともに来道して道外へ帰る犬だが、狂犬病予防法に基づいて把握された移動数よりはるかに多数の畜犬が北海道から道外へ移動しており、早急にその実態把握と対策実施の必要がある。
6)症例1:71才,女性.近医で下大静脈浸潤の肝エキノコックス症だが手術適応なしとされた。Second opinionを求め北大病院受診、入院し、肝右3区域切除および肝部下大静脈切除、横隔膜および右副腎の部分切除を行った。症例2:37才、女性。下大静脈閉塞と心臓右房浸潤を伴う肝エキノコックス症の診断にて当科紹介入院。右房の外側および肝部下大静脈左縁への浸潤が強固であったため、一部病巣を残して肝左葉切除を施行し得た。これらのような高度進行例にも、積極的な肝切除術を行い、術後にアルベンダゾールを投与することで長期生存が期待できる。
7) 東北地方のエキノコックス症の流行実態調査で、ホンドキツネ、ホンドタヌキなど野生終宿主動物、ハタネズミなど野生中間宿主動物、また、イヌ、ネコ、ブタ等の家畜からの感染は検出されなかった。あわせて、ヒトの感染も特定されなかった。しかし、検査依頼数は28件で、広く東北地方の医療機関からの依頼があり、ヒトの免疫診断による検査体制ならびにそれに伴うコンサルテーションへの対応体制は概ね整備されたといえる。
8)関東甲信越地方1都10県において、約560万頭のブタ肝臓を検査したが、エキノコックス感染ブタは発見されなかった。
9)エキノコックスの流行の季節変動のシミュレーションを行い、環境中の虫卵密度に基づくヒトに対する感染危険度についてのシミュレーションを行なった。なお、このプログラムはベイト散布によるエキノコックス流行への影響もこのシミュレーションで解析可能で、ベイト散布の時期や回数、キツネのベイト摂取率、キツネの密度などの要因の重要性が浮き彫りにされた。
結論
キツネとペットの全道調査および都市部の室内飼育犬の感染例から、北海道におけるエキノコックスの深刻化が浮き彫りにされ、今後の感染源対策の必要性が示された。本年までの研究で、平坦な農村部におけるベイト散布によるキツネ対策(駆虫)法はほぼ確立できたと考えられるが、今後山間部におけるベイト散布法を検討し、都市周辺の山間部の対策法を確立する必要がある。エキノコックス流行のシミュレーションの精密化を行い、このシミュレーションを用いてベイト散布法についてどのような要因が重要であるか推測することが可能となりつつある。今年の虫卵の拡散についての調査では虫卵は検出できなかったが、虫卵の拡散と人への感染経路については、さらに調査が必要と考えられ。本州へのエキノコックス症の拡大の防止にはペット対策が重要な課題と考えられる。本州における監視体制(豚肉の食肉検査)の充実が必要である。

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