性感染症の効果的な発生動向調査に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200612A
報告書区分
総括
研究課題名
性感染症の効果的な発生動向調査に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
熊本 悦明(札幌医科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 塚本泰司(札幌医科大学)
  • 杉山 徹(岩手医科大学)
  • 赤座英之(筑波大学)
  • 簔輪眞澄(国立保健医療科学院)
  • 野口昌良(愛知医科大学)
  • 納谷敦夫(大阪府健康福祉部)
  • 川端 岳(神戸大学)
  • 碓井 亞(広島大学)
  • 香川 征(徳島大学)
  • 田中正利(九州大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
16,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
1998年度以来継続して本研究調査は1997年は7県、1998年以後は8県、2001年度から9モデル県における性感染症のセンチネル・サーベイランスを行って来ている。センチネル・サーベイランスはそれら県内の産婦人科・泌尿器科・皮膚科及び性病科を各年度内6月期と11月期に受診し、各種性感染症(梅毒・軟性下疳・淋菌感染症・尖圭コンジローム・性器ヘルペス・クラミジア感染症・非淋・非ク性性器炎・トリコモーナス症)の診断を受けた症例の調査報告を集積し、そのdataから各性感染症のわが国における10万人・年対罹患率を推定算出している。同時に推計感染症例数の推算を行っている。この様な性感染症疫学調査で最も求められている各種性感染症の10万人・年対罹患率は、今までのわが国での性感染症発生動向調査では算出されていない。この様な調査資料作成は現時点でのわが国にとって極めて公衆衛生学上重要な意義をもつものといえる。世界的に性感染症としてのエイズ/HIV感染の流行が注目されて、しかもアジア・中国での流行の波が日本に押し寄せようとしている現状で、そのHIV流行の広がるbaseとなる、各種性感染症の流行が追風となる。その流行に乗ってエイズ/HIV感染が広がる可能性は大きい。その意味でも正確な各種STDの流行度の算出が、今やわが国公衆衛生対策上必須と考えており、我々研究班の調査の意義は極めて高いと考えている。
研究方法
9モデル県における性感染症のセンチネル・サーベイランスは、前述の様に6月期及び11月期にそれぞれの県下の協力医療施設を受診し、性感染症と診断された全症例の報告を集積し、疫学的分析検討を行っている。その方法は1998年度以来、同じ方法を踏襲している。
結果と考察
1)全国各地方より1モデル県(北海道、岩手県、茨城県、愛知県、兵庫県、広島県、徳島県、福岡県)及び人口密集地区代表として大阪府を調査県に加え、検討している。2)調査方法すべて1998年度以来報告(文献1-3)している方法に即して実施している。調査対象感染症は、梅毒、軟性下疳、淋菌感染症、尖型コンジローム、性器ヘルペス、性器クラミジア感染症、非淋菌・非クラミジア性器炎、トリコモーナス症であり、それぞれの疾患の10万人・年対罹患率及び全国感染症症例数推計値を疫学的手法で算出している。
3)調査対象人口は、本邦人口の31.7%(約1/3弱)であり、また6月期、11月期の調査であるため、年内症例の1/6を集めている。そのため、本調査はわが国全性感染症の約19分の1をカバーしている。なお、今年度調査も81.0%の回収率となっている。4)詳細な調査内容は膨大なものなので、日本性感染症学会誌15: 17-45, 2004を参照されたい。その中で特色ある所見をまとめると、次の如くになる。①各地方1県選択により行っていた調査に、人口密集地域として大阪府が昨年より参加したが、全体としての罹患率には昨年同様大差はなかった。ただ国全体のまとめでは、30歳代から40歳代にかけて罹患率が著しく低下していくが、人口密集地区ではその下降度がやや緩やかで30歳代までかなりな感染率を保持している傾向があった。都会型の生活では、活発な性生活が社会環境からして30歳代にまで維持されているものと考えられる。それを反映して性感染症の広がりが15歳代~20歳代中心よりやや高齢にまで広がっている。②全性感染症では感染症例の女/男比が1.14であるが、15~39才までのactive ageに限ってみると、1.32となっている。感染例の最も多い性器クラミジアではそれが1.8、ことにactive ageでは2.08となり、女性優位が著しくなっている。それをさらに年齢別に女/男を検討すると、15歳:5.3、16歳:7.3、17歳:4.3、18歳:3.7、19歳:3.4、20歳:3.0と、若い女性群でクラミジア感染優位傾向が高くなっている。③その診断されて報告された感染症例数が最も多い性器クラミジア感染症は無症候感染例が多く、それを考慮に入れると、報告例数をさらに女性で5倍、男性では2倍にしなければならないとされている(その無症候率は国際的にもわが国のdataでも実証されている)。その推定計算を行い、わが国における実際の性器クラミジア感染例は男性約19万5千人、女性90万2千人、計約110万人にも達することになる。しかも最近男性の無症候感染が1/2以上の2/3近いとされる様になっているが、それで計算すると、男性は感染例29万2千となり、全体としては120万にもなることになる。大変な感染例が全国に散らばっていることになる。④注目されることは、この10歳代女性における性器クラミジア感染の急上昇カーブが、別に分析した10歳代人工妊娠中絶率の急な上昇カーブと極めて相似的なパターンを示していることである。15~18歳の高校女子生徒には2つの“性の影"が急速に濃くなることが明らかになっている。さらに淋菌感染症も成人の成績と異なり、高校時代はむしろ女性優位となっている。如何に高校生における性教育が重要であるかが示されている。⑤われわれの性感染症疫学調査により、各種性感染症へそれぞれの10万人・年対罹患率を男女別・年齢別にかなり詳細に分析し得ることにより、種々な性感染症流行の実態が明らかになりつつある。今や性感染症はCSWと歓楽街で遊んだ男性のdirity diseaseという概念とは全くかけ離れた、一般人口内の性生活を持つ生殖年齢男女における“生活環境汚染的流行"と言ってよい。HIV感染が性感染症として広がっている現在、この様な性感染症例が通常より3~5倍も易感染性が高いとされていることを考えると性感染症流行予防がわが国国民の性の健康を守るために重要なテーマとなっていると言って過言ではない。
結論
1)本疫学研究は、1997年度予備調査、1998年度7モデル県調査、1999年度~2000年度8モデル県調査、2001年度~2002年度9モデル県調査と、調査対象を広げつつより広範な性感染症疫学調査を実施して来た。そして、今までの国立感染症研究所情報センターまとめのSTD定点報告まとめによるSTD動向調査では明らかにし得なかった各種性感染症の10万人・年対罹患率及び感染症例数推計を疫学的手法で算出報告している。2)今までの年度の調査報告でも毎回強調していることではあるが、国立感染症研究所情報センターでまとめている定点報告集計のSTD動向調査には定点選択上のbiasが女性症例、ことに若年症例の報告が少ないことが、我々の疫学調査成績から明らかであり、その整合性が強く求められている。3)いづれにせよ、HIV感染流行の波が東南アジアから中
国にまで流れ込みつつある現在、この様にわが国で性感染症流行が著しく、エイズ/HIVへの易感染性の高めていることは、重大な問題となっていると言える。そのため、STD/HIV予防のためのコンドーム啓発活動が求められているが、最近はむしろコンドーム使用率の低下傾向が著しい。この疫学調査により明らかにされている生活環境汚染様に広がっている性感染症、ことに無症候性の性感染症大流行の事実をより市民に認識させ、予防啓蒙に務めなければならないことを強調しておきたい。4)以上のことから、本調査がわが国における唯一信頼ある国際的にも通用しうる性感染症の実態調査となっていると言える。今後は、前述の国立感染症研究所情報センターSTD動向調査とを新しい若い女性を中心とする“女性優位の性感染症流行時代"の実態をより正確にclose up出来る様に改善し、よりreasonableで且、国際的に通用する集計法に作り変えねばならないといえる。その検討が強く求められているところであろう。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-

研究報告書(紙媒体)

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-