インフルエンザの臨床経過中に発生する脳炎・脳症の疫学及び病態に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200609A
報告書区分
総括
研究課題名
インフルエンザの臨床経過中に発生する脳炎・脳症の疫学及び病態に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
森島 恒雄(名古屋大学)
研究分担者(所属機関)
  • 富樫武弘(市立札幌病院)
  • 水口雅(自治医科大学)
  • 横田俊平(横浜市立大学)
  • 田代眞人(国立感染症研究所)
  • 岡部信彦(国立感染症研究所感染症情報センター)
  • 奥野良信(大阪府立公衆衛生研究所)
  • 宮崎千明(福岡市立あゆみ学園)
  • 布井博幸(宮崎医科大学)
  • 豊田哲也(久留米大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
30,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究の目的と必要性
インフルエンザ脳炎・脳症は毎年約100人?数百人が発症し、約30%の子どもが死亡する。生存者の多くも重い後遺症が残り、大きな社会問題となっている。このインフルエンザ脳炎・脳症の実態を明らかにし、知識を国民及び医療従事者に広め、また、その対策方法を確立していくことは重要な課題である。
本研究の目的は1.本症の現状を明らかにする。2.病態生理を解明する。3.本症のリスクファクターを解析し、4.それらに基づく早期診断法と有効な治療法、予防法を確立していく。また6.後遺症を残した児に、より効果的なリハビリテーションの方法の普及をはかることである。
研究方法
研究計画・方法
1.臨床疫学的研究
2000-2002年度、厚生労働省全国調査の一次アンケートに続き、二次アンケート調査を実施し、疫学情報の他、臨床像、検査所見、予後、治療の現状などを調べた。また、米国CDCとの本症の発症における共同研究を進め、同じ疾患定義による発生動向調査を米国CDCで実施した(2002年度)。
2.早期診断法の確立
インフルエンザから脳症にいたる早期診断法の確立や、脳症の重症化の予測、これらのリスクファクターの明確化、画像診断、神経生理学検査などと予後の関連、などの点についても明らかにすべく、研究を進めた。
3.神経障害の病態の解明
本症の剖検例について、全国規模での病理検討会を実施してきた。2002年度には、本症の神経病理学的および感染病理学的視点からのまとめを行った。また、本症の病態について、サイトカインの関与、血管内皮細胞の障害の可能性、apoptosisの関与(2002年度)などについて、検討を加えた。
4.国民への本症の知識の普及
現在の本症の知識、注意点、現時点で考えうる対策などをコンパクトにまとめたパンフレットを作成し、国民に広く配布することをめざした(2002年度)。また、市民向け公開講座の開催を計画し、本症の知識の普及をめざした。
5.分子生物学的研究
国際疫学調査の予備調査で、本症が日本に多く、米国など欧米で非常に稀であることが推定された。この日本に多発する背景について、分子生物学的及び分子遺伝学的視点から、SNPsやDNAチップを用いて、遺伝子多型の検索を開始した(2002年度)。もし特定の遺伝子多型が判明し、ハイリスクが同定されれば、発症予防や重症化予防が可能となる。本研究における倫理面での配慮は特に重要であり、名古屋大学医学部倫理委員会において、研究内容の承認をうけた(2002年)。
6.その他
本症の予防にワクチンは有効か否かの検討は重要であり、2002年度は、「ワクチンを接種したがインフルエンザに罹患した児において、脳症の発症予防効果があったか」という観点からの調査を開始した(2002年度)。
7.倫理面への配慮
これらの研究の実施に当たっては、該当する項目について、名古屋大学医学部倫理委員会での承諾を得て実施することにした。また、本研究から、国民にとって重要かつ緊急な結果が得られたときは、情報の公開など関係機関に連絡をとるなど、速やかに対応した(解熱剤とインフルエンザ脳炎・脳症の予後との関連など)。また、本研究の実施及びデータの公表について、本研究班とは独立した立場の疫学研究者、法学研究者、本症の患者の家族の会の代表、メディア代表及び小児感染症専門医により外部評価委員会を設け、倫理面での配慮などについて意見を聞く体制を作り、重要な項目について検討を依頼した。
結果と考察
1.インフルエンザ脳炎・脳症疫学調査:
1999年度二次調査による患者数202例(死亡率31%)、2000年、同91例(30%)、2001年、63例(14%)であった。これに続き、2002年度全国調査(一次及び二次調査)を実施した。227例(二次調査結果117例と病院への直接アンケート110例を含む)の発症があり、33例の死亡が報告された(死亡率15%)。臨床像については5、6歳児が多いなど、罹患年齢がやや高い傾向を示した他は、それまでとほぼ同様の結果であった。また、1999年度からの調査も併せて、A・香港型、A・ソ連型、B型の中で特にA・香港型が有意に(P>0.001)高頻度に本症を発症する頻度が高いことが証明された。
海外における本症の発症状況の研究については、米国CDCと三度にわたる協議の結果、1.本症が独自の疾患単位として存在することが確認され、2.本症の定義の確認、3.米国における本症の疫学調査の実施、4.環太平洋諸国において共通のプロトコールによる疫学共同研究の実施などが決定した。CDCの調査結果では、2002/03における米国での発症数は10例と少なかった。
2.病理学的解析
剖検例の病理検討を行った。その結果、脳内でインフルエンザウイルスの抗原は全く認められなかった。従ってウイルスの脳内での増殖が本症の病態ではないと結論づけられた。リンパ球の浸潤もなく、今後、インフルエンザ脳炎・脳症という表現を、インフルエンザ脳症とすることがのぞましい。また、HHV-6、HHV-7などのヘルペス属ウイルスの脳内での増殖も認められなかった(2002年度)。研究全期間を通じて、重要な知見として、著明な脳浮腫、脳および全身の血管の血管透過性の亢進、血球貪食症候群病理像などの結果が得られた。
新たに、脳内グリア細胞などの活性化が確認され、神経細胞が広範にapoptosisを起こしている所見が得られた(2002年度)。これらは髄液中に見られるサイトカインおよびチトクロームCの高値と関連しており、神経細胞障害のメカニズムを考える上で極めて重要な結果である。
3.インフルエンザ脳炎・脳症の発症機序
本症の病態に高サイトカイン血症および血管内皮の障害と血管透過性の著明な亢進が関与しているとする従来の研究班の結果が、多面的に確認された。重症例において、本症の急性期にチトクロームCが血中のみならず、髄液中でも上昇しており(2002年度)、神経細胞においてミトコンドリアの障害が早期に起きることが示唆された。また、肝組織においても、脳と同様apoptosisが生じていることが判明し、これらが多臓器不全をもたらすと思われた。
4.本症における解熱剤の影響について
解熱剤の中で一部のNSAIDs、ジクロフェナクナトリウムとメフェナム酸が有意に本症の致命率を有意に高くしているデータが2002年度までの解析で得られた。その結果、2001年5月、15歳未満の小児においてインフルエンザ罹患中のメフェナム酸の使用、及びウイルス感染症罹患中のジクロフェナクナトリウムなどの使用が原則禁忌となった。一方、アセトアミノフェンについては、全年度を通じ、本症の予後を悪化させる傾向は認められなかった。その後、2001/02年度において、これらの禁止解熱剤が家庭の置き薬として、インフルエンザ罹患時に誤って使用され、死亡したケースが続き、これを関係機関に報告し、厚生労働省より注意喚起がなされた。
5.インフルエンザ脳炎・脳症の治療・予防について
治療については、インフルエンザ脳炎・脳症治療研究会による多施設共同研究が行われ、全国約3500の施設に配布した治療法のガイドライン(案)が全国的に広く用いられた。現在、個々の治療法についての有用性を検討中であるが、1999年1?3月及び2000年同、本症の致命率が約31%、30%であったのに対し、2001、2002年は14%、15%まで改善しており、解熱剤の制限や重症例の治療法のガイドライン(案)の普及が死亡率の減少に何らかの役割を果たした可能性がある。一方、インフルエンザワクチンの脳症予防効果についてはまだ結論は得られていない。
6.インフルエンザ脳炎・脳症の後遺症について
インフルエンザ脳炎・脳症の約25%の児に神経後遺症が残る。この神経後遺症のリハビリテーションについて1.本症の急性期(症状が落ち着いた時期)できるだけ早い時期から、適切なリハビリテーションを開始する、2.二次性のてんかんの発症をコントロールする、3.専門医を中心とした医療チームが適切に指導していく。4.後遺症児の家族や遺族の心のケアのため、病院あるいは地域ごとに専門家を育成していく、など具体的な対策が示された。
結論
1. 研究班でまとめた結果を中心に、一般に広く公開した。すなわち診療従事者および国民における本症の理解を深めることに役立てるため、今まで得られた結果をまとめ、一般の家庭向け及び医療機関向けの本症の対策に関するパンフレットを作成し(2003年3月)、現在配布中である。また2001年と2003年、東京と横浜において、患者の会「小さないのち」と共催で、市民公開講座を開き、本症の知識の普及をめざした。
2. 諸外国との共同疫学研究の結果から、インフルエンザ脳炎・脳症が日本で多発することがほぼ明らかになった。昨シーズン(2002/03)の米国発症例は10例(CDC調査)。この背景に、遺伝的な素因があると思われ、DNAチップやSNPを用いた遺伝子多型のゲノム解析が現在進行中である。
3. 病理学的な検討結果から、本症は、インフルエンザウイルスの脳への直接侵襲(脳炎)ではなく、感染をきっかけとした神経障害(脳症)によることが明らかになった。また、他のウイルス(HHV-6など)の関与も否定的であった。
4. インフルエンザ脳炎・脳症の発症機序にはまだ不明な点もあるが、高サイトカイン血症および血管内皮の障害、apoptosisの急速な進行及び血球貪食症候群が背景に存在することなどが示され、これらの病態の解析が早期診断法(特に重症化の予測)、および重症例の治療法(治療法のガイドライン(案)の確立)などに応用が可能である。とくに重症例の治療法の確立が急がれる。
5. 本症における解熱剤の影響の解析結果に基づき、インフルエンザにおけるメフェナム酸の使用及びウイルス感染症におけるジクロフェナクナトリウムなどを原則禁忌とする措置がとられた(2001年5月)。
6. インフルエンザ脳炎・脳症の後遺症について
インフルエンザ脳炎・脳症の約25%の児に神経後遺症が残る。死亡率は減少したが、後遺症の率は変化していない。多くは重篤な後遺症であり、家族にも大きな負担となる。本症のリハビリテーションの方法についてまとめ、早期のリハビリテーション開始の重要性を示した。

公開日・更新日

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