経口細菌感染症の広域的・散発的発生時の実地疫学的・調査手法等の開発に関する研究

文献情報

文献番号
200200597A
報告書区分
総括
研究課題名
経口細菌感染症の広域的・散発的発生時の実地疫学的・調査手法等の開発に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
中村 好一(自治医科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 渡辺治雄(国立感染症研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
20,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究はdiffuse outbreakに際しての実地疫学的調査方法の開発、経口感染症起因菌の遺伝学的疫学指標のデータベース作成、経口感染症患者数の推計手法を開発することにより、事件発生時の迅速な原因究明による被害の拡大防止、経口感染症患者数の推計による公衆衛生上の評価に資するものである。
研究方法
(1)マニュアル作成:本年度は(1)諸外国における食中毒、感染症サーベイランスシステムに関する情報収集、(2)内外の食中毒事例における疫学調査方法に関する情報の収集、を中心に行う。
(2)データベース作成(担当:渡辺):本研究においては各事件で分離される菌株の同一性を科学的に補強し,行政的対応の科学的根拠を補完するために,以下の様なデータベースを構築することを目的として研究を行う。(1)問題となる食中毒細菌(腸管出血性大腸菌O26, O111,赤痢菌,サルモネラ,腸炎ビブリオ,腸チフス菌等)の過去,及び現在分離される株を,各地方衛生研究所,および検疫所等から収集する。データベースを作製するために,各菌種500?1000株前後を目標とする。(2)収集した株の遺伝学的マーカの解析を行う。遺伝学的マーカとしては,PFGE型,ファージ型,薬剤耐性型等を行う。(3)解析した株について,分離された地域(推定国),年代別にデータベースを作製し,問題となる流行が起こった時に解析に利用できるようにする。
(3)年間発生状況推定手法の検討:食品衛生法に基づく食中毒の届出に対して、実際に食中毒の診断を行う臨床医がどの程度届出を行っているのか、あるいは届出を行わない場合にはその理由を検証する。医師の名簿から対象を選定し、感染症および食中毒の届け出に関する意識調査を実施する。過去の診断の有無、届け出の状況(届け出をしたかどうか、しない場合はその理由)を調査し、食中毒届出情報の精度向上の要因を明らかにする。また、食品衛生法と感染症新法の双方の法律によって別個に届出が必要な現状についても医師の意識を把握する。臨床医がもっている食中毒の概念を知るための調査項目も考える。
結果と考察
(1)マニュアル作成:経口細菌感染症を中心に既存のサーベイランスシステムおよび現行の食中毒調査システムの改善に寄与すると思われる資料を文献検索より収集しそれらの検討を行った。既存のサーベイランスシステムおよび現行の食中毒調査システムを改善あるいは補完する方策として、1)一般市民による通報から得られた情報を標準化・データベース化し活用することにより、食中毒発生状況のより正確な実態の把握と適切な対策の立案・実施の可能性、2)既存のサーベイランスシステムから得られた疫学情報・検査情報を詳細に解析することにより病原菌を同定することができなかった事例について病原菌の推定の可能性、が示唆された。散発発生例の食中毒事件においては、仮説の創出が重要であり、記述疫学の3要素、すなわちTime、Place、Personを特徴的に描出できる質問票が基本になる。同時に、散発発生例の症例シリーズは、後に行われる症例対照研究の症例群にそのまま用いることを念頭に置かなければならないことが明らかになった。なお、疫学の3要素Time、Place、Personを具体的に述べると、発症時間、空間における発症場所、発症患者の発症時における様々な特徴、のことであり、症例の定義にも用いられることに注意しなければならない。O157広域集団感染を早期に探知することを目的に、患者調査と迅速な遺伝子解析の総合評価を基にした疫学調査システムを構築した。調査システムは、新たにデザインした調査票とパルスフィールドゲル電気泳動による解析結果のデータベースを基本とした。O157患者発生時に収集されたこれらの情報は、直ちに解析され、迅速に還元された。行政機関は、還元情報に基づき対応を行う。本システムを、行政施策として運用した結果、有用であることが明らかとなった。
(2)データベース作成:新規クローンの侵食および発生状況を探知するためには、予めある程度のデータバンクを構築し現況を把握しておく必要がある。このため本研究では、多様な菌種ついて分子疫学マーカーのデータバンクを構築することを目的としている。本研究においては、特に、サルモネラ感染症、とりわけ薬剤耐性Salmonella Typhimuriumに着目してデータバンクを構築した。平成14年までに分離された赤痢菌のうち、わが国で最も分離頻度の高いShigella sonnei 566株についてパルスフィールドゲル電気泳動法(PFGE)による解析を行い、その電気泳動像を用いて画像解析プログラムによる系統樹作成を行った。1998年に分離された国内集団発生事例由来株がそれぞれの集団内で近似度の高いクラスターを形成する一方で、推定感染地が国外と考えられる海外旅行者由来株では赤痢菌の遺伝子型に多様性が存在することを示唆する比較的近似度の低い種々のクラスターが形成された。したがって、赤痢菌S. sonneiではPFGEによる遺伝子型に多様性が存在すると考えられた。さらに、平成13年末から発生した、赤痢菌に汚染された輸入牡蠣による事例が多発した際には、輸入牡蠣とそれを喫食した患者から分離された赤痢菌が同一遺伝子型であることを示した。この事例では明確な関連性が不明な症例でも分離株が輸入牡蠣由来株と同一遺伝子型を示している場合が数多くあり、大規模なdiffuse outbreakである可能性が強く示唆された。
(3)年間発生状況推定手法の検討:1981年以降の「食中毒統計」から都道府県別の食中毒事件あたり患者数を求め、各年毎の順位の変動を検討した。その後、都道府県を頻度別に3群に分類し、群別に各年の食中毒事件1件あたり患者を再集計して年次推移を検討した。食中毒事件あたり患者数は1981年から1992年までは増加傾向を示したが1992年以降は減少傾向に転じた。食中毒事件あたり患者数の順位が大きく変動する都道府県と変動の小さい都道府県が認められた。食中毒事件あたり患者数が上位第11位~第37位に属する都道府県に限定しても、1992年以降の食中毒事件あたり患者数は減少傾向を示した。主な診療科が内科(含む全科)及び小児科と判断された臨床医を3000人無作為に抽出し、平成14年1月~12月の食中毒事件もしくはその疑いとして診断した患者数、届出の実施状況、届出に関する意識などを調査した。平成15年3月14日現在の有効回収数は1173通(39.1%)であった。平成14年に食中毒事件患者の診断経験があったと回答した者は298人(25.4%)であり、全体の約4分の1であった。食中毒事件を診断した医師の約6割は届出を全く実施していなかった。届出を実施しない場合の理由としてもっとも割合が高かったものは「孤発例だったから」(364人、31.0%)であった。その他、病原体検査に関連するものの割合が比較的高かった。
結論
Diffuse outbreak散発例の際の実地疫学的調査方法の開発に関する情報収集については論点が整理でき、来年度のマニュアル作成へ向けての基本的な準備が整ったが、今後とも情報州を継続していく予定である。データベース作成についてはサルモネラ菌、特に薬剤耐性Salmonella Typhimuriumに着目してデータバンクを構築した。また、2001年末からの赤痢菌に汚染された輸入牡蠣による感染事例は大規模なdiffuse outbreakである可能性が強く示唆された。年間発生状況推定手法の検討においては保健所、および医師調査を実施中であり、来年度に結果を取りまとめる予定である。

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