アルツハイマー病に対する経口投与可能な神経保護薬の開発:ミトコンドリアにおける細胞死シグナル制御の試み

文献情報

文献番号
200200568A
報告書区分
総括
研究課題名
アルツハイマー病に対する経口投与可能な神経保護薬の開発:ミトコンドリアにおける細胞死シグナル制御の試み
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
丸山 和佳子(国立療養所中部病院長寿医療研究センター(老化機構研究部生化学・代謝研究室))
研究分担者(所属機関)
  • 辻本 賀英(大阪大学大学院医学系研究科)
  • 直井 信(応用生化学研究所)
  • 錫村明生(名古屋大学環境医学研究所)
  • 赤尾 幸博(財団法人岐阜県国際バイオ研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 効果的医療技術の確立推進臨床研究(痴呆・骨折分野)
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
25,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
現在大きな社会的問題となっているアルツハイマー病の原因を解明し、それを防御する臨床応用可能な薬剤を開発することを目的として研究を行った。神経変性疾患における細胞死シグナルのカスケードには、ミトコンドリアが主要な役割を果たしていると考えられる。細胞死シグナルに関わる分子を標的とした薬剤を開発することができれば、アルツハイマー病のみならず老化に伴う神経変性疾患に広く応用可能な治療法に結びつくことが期待される。本研究においては、アルツハイマー病の細胞死におけるミトコンドリアpeameability transition (PT) pore の役割を明らかとし、それを制御する経口投与可能で脳内移行が良好な化合物について研究を行った。propargylamine化合物は脂溶性が高く脳内移行が良好な化合物である。propargylamine化合物の一種であるselegilineはB型モノアミン酸化酵素の阻害剤として既に安全に臨床応用されており、酵素阻害作用とは独立した神経保護作用をもつことがin vivoおよび in vitroの実験で示されている。しかし、臨床患者において、その神経保護作用は証明されていない。selegilineと共通の化学構造をもつ薬剤の中で、propargylamine基をもつ化合物にはselegilineと同等以上の神経保護活性がin votroで認められた。propargylamine化合物による神経保護作用の機序を解明し、より作用が強力で副作用の少ない薬剤の構造を明らかとするための研究を行った。
研究方法
今回はpropargylamine化合物の中でも、aminoindanを中心骨格とし、そこにpropargylamine基を付加したrasagilineと、さらにrasagilineにcarabamyl基を付加し、cholineesterase 阻害作用を付与したTV3326を中心に研究を行った。ヒト神経芽細胞腫であるSH-SY5Y細胞に、propargylamineの添加培養を行い、一定時間後に細胞を回収した。mRNAを採取し、各々の遺伝子に対するgene chipを用いて対照細胞と比較した増減を定量した。rasagilineによる神経栄養因子、glial cell line-derived neurotrophic factor (GDNF) のたんぱく量の変化はEIA法により定量した。神経保護にはたらく遺伝子の誘導に関わる転写因子、特にNFκBについて、ELISA 法とimmunoblottingを用いて検討した。propargylamine の標的たんぱくをkinase を中心にimmunoblottingを用い探索した。アルツハイマー病の細胞死の原因に関与しているとされるβ amyloid protein (Aβ)生成を定量するため、その前駆たんぱくであるamyloid precursor protein (APP)を過剰発現したSH-SY5Y細胞を樹立した。この細胞におけるAβ生成量をELISA法によって定量した。APP過剰発現細胞に酸化ストレスを加えることにより誘導される細胞死の機序について検討した。一方、アルツハイマー病においては活性化ミクログリアによる液性因子の関与が示唆されている。マウス初代培養神経に対するcytokineやNOによる傷害がpropargylamineによって防御されるか否かについて検討した。倫理面への配慮について:動物実験に関しては各々の施設の実験動物委員会および倫理委員会に諮り、動物愛護の精神に基づき実験を行なった。
結果と考察
rasagilineは、転写因子であるNFκBの活性化を介して神経保護に働くたんぱく(GDNFや BCL-2)を誘導することが示された。NFκBの活性化はIκB kinase のリン酸化が関与しており、その上流のMAP kinase 経路が活性化している可能
性が示唆された。さらに、TV3326はAPP からAβの生成を抑制することが示された。この作用はTV3326がrasagilineに比較して100倍程度強く、carabamyl基が重要である可能性が示された。rasagilineを初めとするpropargylamineは、ミトコンドリアPT poreの開孔を直接あるいはBCL-2たんぱくの誘導を介して制御することが示された。PT pore の構成たんぱくであるvoltage-dependent anion channel(VDAC)のantagonist あるいは細胞内に移行可能なBH4 domainによって、アポトーシスあるいはネクローシスによる細胞死が抑制されることが証明され、ミトコンドリアシグナルを制御することにより神経細胞死を防御できる可能性が示された。rasagilineは、cytokineによる初代培養神経細胞の傷害を抑制したが、ミクログリアにおけるcytokine生成には関与しなかった。APPを過剰発現した神経芽細胞腫は、酸化ストレス等に対して脆弱であることが示された。さらに、APP過剰発現細胞においてはミトコンドリア機能が障害されていることが示された。アルツハイマー病における神経細胞死の機序は不明であるが、異常Aβの蓄積や、活性化ミクログリアからの液性因子が関与していることが示唆されている。今回の研究により、propargylamineはミトコンドリアにおける細胞死シグナルの直接制御と、神経保護に働くたんぱくの誘導、およびAβ生成抑制を介してこれら侵害刺激から細胞を防御する可能性が示された。神経保護たんぱくの中でもBCL-2はミトコンドリア依存性の細胞死シグナルを抑制する最も重要な分子である。BCL-2の増加は多くの癌細胞で認められることが報告されているが、propargylamine化合物の動物実験では、新生物の発症の抑制と寿命延長作用が報告されている。このことは、本化合物が癌化とは異なるメカニズムでBCL-2を増加させ、神経細胞を保護することを示している。また、GDNFは神経保護に働く神経栄養因子としては最も強力で臨床応用が期待されているものである。現在アルツハイマー病だけではなくパーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症などに対しGDNFによる治療が試みられている。しかしながらGDNFは脳内移行が不能のため、遺伝子あるいはたんぱくの脳内注入を行わざるを得ない。本研究の結果は、経口投与可能な薬剤が脳内におけるGDNF生成を増加させる可能性を示しており、あらたなコンセプトの薬剤開発に結びつくと考えられる。一方、Aβ 蓄積はアルツハイマー病における神経細胞死において中心的役割を果たしていることを示唆する多くの証拠があり、その生成を薬剤で制御することができれば、アルツハイマーの病因により即した治療法の開発につながることが期待される。今後の研究の発展として、propargylamineの作用点を解明し新規でより強力な神経保護薬の開発を目指すと同時に、アルツハイマー病患者への投与を目指した臨床研究を行っていきたい。そのためには、適切な薬効の評価システムが必須であるが、脳脊髄液中のGDNFあるいはAβ については既に我々の研究室で定量が可能となっており、propargylamine化合物によりこれらのマーカーが変化するか否かについて今後研究を行う予定である。
結論
propargylamine化合物は経口投与可能で副作用の少ない神経保護薬候補として有望なものである。本化合物による神経保護作用には、ミトコンドリア依存性のアポトーシスシグナルの制御、神経栄養因子増加作用、およびAβ生成抑制作用があることが示された。今後、臨床応用に向けての研究を行っていく。

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