栄養学的介入による痴呆の予防・治療システム

文献情報

文献番号
200200564A
報告書区分
総括
研究課題名
栄養学的介入による痴呆の予防・治療システム
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
植木 彰(自治医科大学附属大宮医療センター神経内科)
研究分担者(所属機関)
  • 中島健二(鳥取大学医学部)
  • 苗村育郎(秋田大学保健管理センター)
  • 宮永和夫(群馬県こころの健康センター)
  • 佐々木敏(国立健康・栄養研究所)
  • 池田和彦(東京都精神医学総合研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 効果的医療技術の確立推進臨床研究(痴呆・骨折分野)
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
37,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
複数の前向き調査によれば、野菜や果物の摂取、および魚の摂取がアルツハイマー病を予防すると報告されている。前者ではビタミンC、ビタミンE、カロテンなどの抗酸化物、特にビタミンEが重要視され、しかもサプリメントでは効果がなく食事として摂ることが重要なことが示されている。後者では必須脂肪酸の多価不飽和脂肪酸 (PUFA) であるエイコサペンタエン酸 (EPA) やドコサヘキサエン酸 (DHA) が注目されている。一方、高齢者の認知機能の低下に関連する栄養素としてはビタミンB 12、葉酸、抗酸化ビタミン類、 ミネラルの欠乏、及び 脂質摂取の異常が示され、さらには動脈硬化の危険因子である高ホモシステイン血症と葉酸・ビタミンB12の欠乏との関連も注目されている。
以上の背景をもとに、本研究は鳥取県西伯郡大山町、秋田県全域、新潟県南魚沼郡大和町、埼玉県さいたま市の4地域において、認知機能と食事栄養との関連を明らかにし、アルツハイマー病の予防・治療における食事栄養の有効性を日本人において検証することを目的としている。本研究班では特に抗酸化物と必須脂肪酸の役割について焦点を当てている。
研究方法
研究は3区分からなっている。研究1は60歳以上74歳以下の地域住民を対象とし、食事因子と認知機能との関連を見る断面研究、研究2はどのような食事因子がアルツハイマー病の発症に関連するかを見る追跡研究、研究3は食事指導が認知機能障害を改善させるかどうかを見る介入研究である。今年度は研究2の結果はまだない。
調査項目は栄養調査、認知機能調査、生活歴調査、血液検査、MRI画像検査で、栄養調査には自記式食事歴法調査票 (DHQ)、 認知機能の評価にはMMSE、うつの評価にはGDS、日常生活動作の評価にはDAD を用いた。血液では、一般生化学、ビタミンC、E、ビタミンB1、B6、B12、葉酸、総ホモシステイン、および赤血球膜脂肪酸分画を測定した。また、痴呆患者では糖分の摂取過剰が認められたため、75gブドウ糖負荷試験を行い、インスリン分泌を検討した。
栄養学的介入は偏食、小食、過食、糖分過剰摂取などの食行動異常の是正、魚を週に6回、緑黄色野菜を毎日2回、果物を1回、または野菜ジュースを毎日400 ml飲むよう指導した。実際に食事指導を守ったかどうかは簡易食事チェック票より判定した。
結果と考察
鳥取(中島)では大山町の住民466名につきMMSEスコアと血中ビタミン濃度との関連を検討した。 MMSEを低得点から高得点にL (21-24)群、M (25-27)群、H (28-30)群分けたところ、L群、M群、H群になるに従い血中ビタミンCとEの濃度が有意に高くなり、総ホモシステインの濃度は有意に低下した。すなわち、日本人高齢者の血清ビタミンC、E濃度は認知機能と正の相関を示し、血清総ホモシステイン濃度は負の相関を示した。
秋田(苗村)では軽度痴呆患者群114名 においてMRI画像で認められる側脳室拡大と白質崩壊が赤血球膜の脂肪酸組成と相関するか否かを検討した。その結果、側脳室の拡大を認める群では認めない群に比して赤血球膜のEPA、DHA、ドコサペンタエン酸 (DPA)などn-3系多価不飽和脂肪酸の比率が有意に低下していた ( p < 0.01-0.05 )が、第3脳室の拡大とは明確な関連はなかった。白質周辺部のT2 高信号域を認める群では、EPAとオレイン酸の減少、およびジホモγリノレン酸( DHLA; 20:3/n-6 ) とベヘン酸 ( 22:0 )の増加を認めた。この結果より、側脳室の拡大と白質周辺部のT2高信号化にはn-3系の多価不飽和脂肪酸の減少が意味を持つことが示された。
新潟(宮永)では311名の一般住民を対象に栄養調査、心理テスト、画像検査、血液検査を実施した。その結果、MMSEと逆相関したのは食事の不規則性、および血清中性脂肪とLDLコレステロールの高値であった。
以上の3地域における総数512人(男144、女368)のデータをもとに食事栄養素とMMSEとの相関を解析した(佐々木)。その結果、男性では、動物性たんぱく質/植物性たんぱく質比が高く、不飽和脂肪酸/飽和脂肪酸比、n-6系脂肪酸/n-3系脂肪酸比が低いほど、MMSEスコアが高かった(p < 0.05)。女性では、鉄摂取量が高い群でMMSEスコアが低い傾向が認められた以外にはMMSEと相関する栄養素はなかった。これらの結果は、食事因子と認知機能には性差があり、男性においては日本人に多かった脳卒中と共通する危険因子の存在が示唆された。
栄養指導を行った(植木)総数は59例で、うちアルツハイマー病36例、MMSEが24-27点の軽度認知機能障害 (MCI) が15例、脳血管性痴呆(VD) 8例であった。栄養指導によりアルツハイマー病では1年後まで追跡した8例中5例でMMSE得点が改善し、平均2.4±4.1点改善した。MCIの6ヶ月までの追跡では12例中6例が改善し、平均0.3±2.5点改善した。VD群では1年後まで追跡した4例中2例が改善し、平均0.8±2.2点改善した。GDSによるうつの評価では、アルツハイマー病は1年後の時点で8例中2例が改善し、3例が不変、MCIでは6ヶ月後の時点で12例2例が改善、9例が不変、VDでは1年後の時点で3例とも不変であり、悪化例が少なかった。DADによる日常生活動作の平均得点は、アルツハイマー病では22.7±10.0から1年後に29.0±10.3に6.3点改善した。MCIでは35.2±6.5から6ヶ月後に36.2±5.6点に1.0点改善した。しかし、VDでは24.3±10.8点から1年後に19.8±13.8点に4.5ポイント悪化した。以上の栄養学的介入結果とは別に行った75 g ブドウ糖負荷試験では、VD、MCI、アルツハイマー病のいずれの群でも健常対照よりも有意にインスリン分泌が高く、VDで最も顕著であった。
日本人において認知機能と血清ビタミンC、ビタミンE、総ホモシステイン濃度との関連を報告したのは本研究が初めてである。認知機能の維持には抗酸化物や葉酸の摂取が重要と考えられる。
赤血球膜の脂肪酸組成特にn-3系多価不飽和脂肪酸の減少とMRI画像による脳室拡大とが相関していた。これまでコレステロールと脳萎縮が注目されていが脂肪酸の方がコレステロールより良く相関するという今回の結果は極めて興味深いものである。この結果はさらに多くの症例で確認すべきであるが、赤血球膜という臨床的に測定可能な指標から脳の状態を推定する方法を示唆した点に意味がある。
痴呆と高インスリン血症ないしはインスリン抵抗性の問題は今後の重要課題になると考えられる。近年アルツハイマー病における血管因子の関与が重視されてきているが、今回の結果からはアルツハイマー病と脳血管性痴呆とが血管因子を通じてきわめて近縁のものであることが示された。今後は、ブドウ糖負荷試験を痴呆の予測や治療に応用すべきものと考える。
一方、実際に摂取した食事と認知機能との関連では性差を認め、特に男性では動物性脂肪の摂取過多が認知機能低下に関連していた。この点は食行動の調査において男性ではエネルギー摂取過剰例が多く、女性では小食が多い点と関連するとも考えられる。栄養指導においては、個人別の問題点の把握が重要であり、また性差を考慮する必要がある。
栄養学的介入は認知機能、うつ度、日常生活動作を改善させた。従来、痴呆の一次予防により関連すると考えられていた栄養学的介入は、いったん発症してしまった患者に対しても有効である可能性が出てきた点は勇気付けられる。しかし、記憶力そのものが改善した症例は少なく、大半の患者では現状維持である点が限界と考えられるが、少なくとも1年の経過で悪化例が少なかったことが注目される。今後さらに長期間の観察が必要である。また、栄養学的介入には家族の協力が不可欠である。
食品や栄養素と認知機能との関連では、一般にどのような食品や栄養素が"頭を良くするか"という問題の立て方をされがちであるが、本研究で求めているのはどのような食事傾向が将来疾患の発症に関連するかという点である。この意味では研究2による前向き調査の結果が最も重要になる。
結論
高齢者の食事栄養は認知機能に関連し、特にビタミンC、Eなどの抗酸化物と血清ホモシステイン濃度を下げる葉酸が重要と考えられる。赤血球膜の脂肪酸分析ではn-3系多価不飽和脂肪酸が低いほど脳室拡大が顕著であった。アルツハイマー病患者の食行動では糖分摂取過剰が多く認められ、その背景にインスリン抵抗性があると考えられた。食品栄養素では男性で多価不飽和脂肪酸のn-6/n-3比が低いほど認知機能が良かった。また、栄養学的介入は1年間にわたり、認知機能を維持した。次年度はこれらの所見をさらに検討するとともに、前向き調査の結果によって最終的な結論を得る予定である。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-