痴呆性疾患の危険因子と予防介入

文献情報

文献番号
200200563A
報告書区分
総括
研究課題名
痴呆性疾患の危険因子と予防介入
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
朝田 隆(国立精神・神経センター武蔵病院リハビリテーション科)
研究分担者(所属機関)
  • 山田達夫(福岡大学)
  • 田邉敬貴(愛媛大学)
  • 矢富直美(東京都老人総合研究所)
  • 植木彰(自治医科大学)
  • 白川修一郎(国立精神神経センター)
  • 中堀豊(徳島大学医学部)
  • 木村英雄(国立精神神経センター)
  • 苗村育郎(秋田大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 効果的医療技術の確立推進臨床研究(痴呆・骨折分野)
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
39,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
1.痴呆症予防の基礎は危険因子を明らかにすることにある。危険因子を遺伝子レベル、ライフスタイルレベルで特定する。
2.痴呆症予防の実践は前駆状態にある個人を特定に始まる。そのために集団スクリーニング法を開発してその信頼性を検討するとともに標準化する。
3.これを用いて茨城県利根町で65歳以上の住民を対象として原則的に悉皆調査を行う。その結果、前駆状態、痴呆、うつ状態の有病率を明らかにする。
4.別の前駆状態診断法として脳機能画像(SPECT)に注目し、画像解析の手法によって前駆状態に特徴的な画像所見を明らかにする。
5.睡眠、運動、栄養ならびに知的刺激などからなる予防方法を開発し、これらにより予防介入を行う。
研究方法
1.危険因子
アミロイド関連の遺伝子研究としてアミロイド前駆体蛋白の再取り込みに関与するFe65ファミリーに注目してその遺伝子多型を検討した。また危険因子としてのアルコール摂取の意義をアポリポ蛋白E遺伝子の多型性を踏まえて検討した。 
2.集団スクリーニング法の開発とその施行
痴呆症前駆状態の代表的な概念としては、Mild Cognitive Impairment (MCI)と Ageing-Associated Cognitive Decline (AACD)がある。いずれも記憶障害が鍵になるが、後者は記憶以外に言語、視空間機能、推論、注意にも注目した概念である。われわれはAACDの概念に依って前駆状態診断の目的に特化した集団スクリーニングテスト、「ファイブコグ」を開発した。
茨城県利根町、京都府網野町、東京都世田谷区などにおいて本テストを65歳以上の少なくとも明らかな痴呆症状のない住民2500名余りに施行する。また利根町と世田谷区では構造化面接に基づいた認知機能評価方法(テンミニ)も併せて施行する。これにより集団スクリーニングであるファイブコグの妥当性を確認する一法とする。ファイブコグ、テンミニともに約40名の対象では、2ヶ月程度の間隔で2度施行した。これによりテスト・再テスト妥当性を検討する。また測定結果のプロフィール解析をした上で標準化を行う。
3.SPECTによる前駆状態診断
集団スクリーニングならびに構造化面接によってMCIならびにAACD状態にある個人を特定する。こうした対象と健常と判断された個人に頭部MRIならびにSPECT撮像を行う。脳機能画像統計ソフトとしてわれわれが開発したE-zisを併用して前駆状態に特有の所見を明らかにする。
4.介入
予防方法として睡眠、運動、栄養ならびに知的刺激などに注目している。
睡眠では現在の睡眠行動の調査をもとに夜間睡眠の改善、短時間昼寝の習慣作りが中心になる。
運動についても現在の体力や機能レベル、運動習慣を調べた上で楽しく在宅で可能な有酸素運動のメニューの指導がポイントになる。
栄養では、神経細胞の活性化という観点からEPA、DHA,銀杏葉エキスなどに注目している。現在の食事習慣をチェックした上で、これらを含むサプリメントの服用による認知、生化学所見への効果を追跡調査する。
知的刺激としては旅行クラブ、ミニコミ誌作りなど多様なメニューから成る知的活動の場を設けた。それらの活動による予防効果を検討する。
結果と考察
1.危険因子
60歳未満発症の若年型アルツハイマー病の危険因子としてFe65L2の多型性を明らかにした。また日本人ではアルコール摂取は危険因子でも防御因子でもないことがわかった。
危険因子としての一塩基多型については今後とも新たなものを探求してゆく。またライフスタイルの評価については、アポリポ蛋白E遺伝子など有力な遺伝子多型を踏まえて行うべきだと考える。
2.スクリーニングテスト
集団テスト「ファイブコグ」、個別テスト「テンミニ」による測定結果からまず両測度のテスト・再テスト信頼性を確認した。下位テストによっては2ヶ月後では学習効果が残っていることもわかった。
標準化に関しては、テストの成績に年齢、性別の他に就学年数が有意な寄与をすることが明らかになった。そこでこれらの要因を制御した上でテストの成績を判定するソフトを作成した。
集団テスト「ファイブコグ」、個別テスト「テンミニ」による測定結果からまず両測度のテスト・再テスト信頼性を確認した。今後は妥当性の検討が必要であるが、前駆状態を特異的に診断するテストに対しては予測妥当性を確認することが最適である。
標準化に関しては、テストの成績に年齢、性別の他に就学年数が有意な寄与をすることが明らかになった。異なる地域での調査結果からは、成績に地域差がある可能性が示唆されている。そこで今後は地域差も考慮して判定基準を作成する予定である。
3.疫学調査
利根町で65歳以上の住民を対象として行った悉皆調査から、前駆状態(MCI:4%,AACD:25%)、痴呆10%、うつ状態4%の有病率という結果を得た。
特記すべきこととして、自覚的にうつがある者では認知機能テストの何らかの領域で成績が不良であることがわかった。また統合失調症や精神遅滞などを前駆状態から慎重に鑑別する必要があった。
前駆状態(MCI:4%,AACD:25%)、痴呆10%、うつ状態4%の有病率という成績はいずれも従来欧米の調査で示されたものに類似している。なお痴呆症の有病率10%はわが国の従来の調査結果と比べると高値と思われる。詳細な調査方法を用いたり、介護保険申請書を利用したりしたことが関与している可能性が考えられる。MCI、AACDのいずれであっても全てが痴呆症へと進行するわけではない。非進行群には、うつ病や統合失調症・精神遅滞あるいは脳血管障害の後遺症などが含まれると思われる。今後はこれらの診断精度を上げる必要がある。
4.SPECT画像
MCIならびにAACD状態のなかでもとくに記憶の成績だけが不良の個人、ならびに健常と判断された個人を対象に頭部MRIならびにSPECT撮像を行った。脳機能画像統計ソフトを用いた処理により、痴呆症の前駆期に特異な血流低下を示す脳部位を探索した。
その結果、帯状回後部の血流低下が前駆期所見の基本かと思われた。しかし加齢と共に血流低下部位は大脳の前方に移動する傾向があった。すなわち年代によって最初期の画像所見には相違があると考えられた。
帯状回後部の血流低下が前駆期所見の基本かと思われた。しかし加齢と共に血流低下部位は大脳の前方に移動する傾向があった。すなわち年代によって最初期の画像所見には相違があると考えられた。
われわれは病院における極く初期のアルツハイマー病患者のSPECT所見解析から、この点を既に指摘していた。今後はMRI所見から、大脳皮質の萎縮も考慮した上で真の血流変化を年齢別に評価してゆく必要がある。
5.介入方法
ベースラインでの睡眠調査から、レストレレスレッグ症候群などの睡眠障害が記憶・集中力障害と関連している可能性が示唆された。薬物によるこれらの改善を図るとともに、短時間昼寝と夕方の軽運動を習慣化させつつある。
運動については、基礎体力測定、心電図、運動習慣などの調査に基づいて対象をグループ分けした。集団講習会において基本となる有酸素運動の実施法を教示した。またこれらが町内の各地域において日常的に実施されることを目的にボランティアからなるファシリテーターの養成を開始した。
栄養では、現在の食事習慣をチェックしとくにn-3系の不飽和脂肪酸摂取に注目した。そして神経細胞の活性化という観点からEPA、DHA、銀杏葉エキスなどを含むサプリメントの服用を開始した。
知的刺激としては旅行クラブ、ミニコミ誌作りなどから成る知的活動の場を設け、定期的に心身機能を継続的に評価している。
われわれの知りえた限りでは前駆状態にある個人を対象に痴呆症の予防介入を行い、その効果を検討した報告は無い。対象となる人数が多くないこと、ドロップアウトが少なくないと思われること、定量的に介入を評価できないことなどの障害が考えられる。こうした点を克服すべく、利根町と同様の調査・介入法を複数の多地域で開始している。
結論
前駆状態の診断は、神経心理学的方法と脳機能画像によるものとを組み合わせることで精度が高められる。操作的に診断した前駆状態の中にはうつ病や統合失調症などが含まれてしまう可能性がある。予防介入の効果は認知機能ばかりでなく身体機能や血液検査なども含めて総合的に行う必要がある。

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