アルツハイマー病生物学的診断マーカーの確立に関する臨床研究

文献情報

文献番号
200200562A
報告書区分
総括
研究課題名
アルツハイマー病生物学的診断マーカーの確立に関する臨床研究
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
武田 雅俊(大阪大学大学院医学系研究科神経機能医学)
研究分担者(所属機関)
  • 浦上克哉(鳥取大学)
  • 千葉茂(旭川医科大学)
  • 服部英幸(金沢医科大学)
  • 田中稔久(大阪大学大学院)
  • 谷向 知(国立療養所中部病院)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 効果的医療技術の確立推進臨床研究(痴呆・骨折分野)
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
36,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
アルツハイマー病の早期診断には、臨床症状、神経心理学的検査、生理学的検査、脳機能画像検査などが考えられるが、早期に、多人数をスクリーニングするという目的のためには、生物学的診断マーカーが最も有効と考えられる。現時点で臨床上の有用性が確認とされている診断マーカーとして脳脊髄液中のタウ蛋白とアミロイドβ42とがあるが、未だ不十分である。よって、遺伝的因子からの検討、酸化ストレス関連因子からの検討、簡便でかつ確実性の高いマーカーの開発、そして新規マーカーの開発といった4つのアプローチを用いて、生物学的診断マーカーの検索をおこなった。
研究方法
遺伝因子からの検討では、apoE多型、apoE遺伝子プロモーター領域 の-427C/T多型、-219G/T多型 、+113C/T多型とBChE-KはPCR-RFLP法を用いて同定した。アセチルコリンエステラーゼ阻害薬内服による副作用出現のチェックに関しては、probable ADと診断され、アセチルコリンエステラーゼ阻害薬である塩酸ドネペジルの投与を通常の用法で開始した患者で、副作用の有無と、BChE-Kとの関連を検討した。
剖検脳の検討では、材料として剖検により確定診断された家族性AD脳13例、プレセニリン-1遺伝子変異を有するが痴呆発症前に死亡した1例、および年齢を一致させた対照群脳17例; レビー小体型痴呆脳8例および年齢を一致させた対照群脳17例を用いた。1F7(抗8OHG抗体; Trevigen, 1:30)を一次抗体として免疫染色を行い、大脳皮質第3層における錐体細胞の8OHG免疫反応強度を解析した。
簡便でかつ確実性の高いマーカーの開発については、口腔粘膜上皮を擦過しその細胞内のtau蛋白量をウェスタンブロット法にて同定し、口腔上皮および一般臓器のタウ蛋白と神経細胞タウ蛋白の共通性についていくつかの抗体を用いて免疫組織学的に検討し、さらに培養上皮細胞を用いて神経細胞タウ蛋白のcDNAによるPCRを行なった。さらに、RT-PCR法による培養角化細胞タウ蛋白RNAの検討では口腔上皮由来の培養角化細胞を用いて、神経細胞タウ蛋白と上皮内タウ蛋白の遺伝子レベルでの相同性について検討した。
新規マーカーの開発においては、WGA (小麦胚芽レクチン, Wheat Germ Agglutinin) との結合性をウエスタンブロット法を用いて検討を行った。
Notch-1蛋白およびCD44蛋白を発現するベクターを作成し、それらの細胞外シェッディング後の産物でありプレセニリン依存的蛋白分解の基質であるNEXTおよびCD44?Eを作成した。これらをプレセニリンの野生型、家族性アルツハイマー病の原因となる突然変異型、ドミナントネガティブ型を恒常的に発現させたK293細胞に安定的に発現させ、その細胞からのNotch-? peptideおよびCD44-? peptideの分泌をS35メチオニンを用いたパルスチェース法の上清を抗FLAG抗体で免疫沈降した。切断部位の特定はこの免疫沈降物をMALDI-TOF型質量分析器を用いて分子量を決定することで直接特定した。
タウ蛋白とXIAPとの直接結合の可能性を調べるために、いくつかのペプチドを作成し、これらをELISAの固層抗原として用いた。次に、タウ蛋白断端への特異性のあるポリクローナル抗体を作成し、通常のウエスタンブロット解析をおこなった。
結果と考察
遺伝子解析においては、apoE遺伝子プロモーター領域-219G/T多型 では、Gアリル出現率はDAT、Contでそれぞれ 0.294、0.354と有意差を認めた。また、BChE-Kと塩酸ドネペジル服用によるアセチルコリン系の副作用出現との関連に関しては、BChE-K carrier の中で副作用の出現の有無はそれぞれ0.30、0.33と同程度であった。
剖検脳における検討では、大脳皮質における神経細胞内8OHGは、家族性AD脳およびレビー小体型痴呆脳において広範に出現していた。また、プレセニリン-1遺伝子変異を有するが痴呆発症前に死亡した1例でも、中等度の神経細胞内8OHG免疫反応が認められた。
口腔上皮内タウ蛋白に関する検討では、タウ蛋白濃度測定・群間比較をおこなうと、アルツハイマー病では他の4群に比し有意に高値を示した.食道粘膜上皮に対する非リン酸化タウ蛋白抗体の反応性に関しては、食道粘膜上皮の細胞体が陽性像を示した。さらに、神経細胞タウ蛋白のリピート部位を中心にデザインしたプライマーによるPCRの結果、培養重層扁平上皮においても神経細胞タウ蛋白のexonに相同するRNAがバンドとして検出された。特にexon9から12までについての検討において3repeat, 4repeat両方の存在が確認された。
新規マーカーの開発として、髄液中にはWGA結合糖タンパクは多数検出されたが、そのうち比較的量の多い3種類のタンパクにおいて、ADの髄液中で減少している傾向が見られた。このうち1つのタンパクにおいて、有意に低値を示した。
PS依存的?-secretase蛋白分解の基質として知られていたNotch-1あるいはCD44の膜内蛋白分解を今までに詳細に検討したが、その過程でA?類似のNotch-1 ペプチド (Notch-1 A?-like peptide; N?)がアミノ末端フラグメントとして細胞外に分泌されることが判明した。細胞外に分泌されるN?のカルボキシル末端を生成する?-切断部位の正確さはA?の場合と同様にFADを来たすPS突然変異体の影響を受け、2~4残基カルボキシル末端側へ移動することも判明した。即ち、最も量の多いN?分子であるN?1731(1731はマウスNotch-1蛋白のN端からのアミノ酸残基の順番をあらわす)量に比較したN?1733-5量の増大がPS突然変異体によって認められる。この事実は?APPからA?を生成する?-secretase機能と同じメカニズムの働きによりN?などのアミロイド?様ペプチドの分泌が起こっていることが強く示唆された。よって、AD患者および正常者のN?の性質を検討することによって、A???の産生比率を算出し、ADの診断マーカーに用いる可能性が示唆された。
アポトーシスに関連して、内因性アポトーシス阻害蛋白の機能抑制能を有する第1メチオニン切断化タウ蛋白に注目し、髄液中の切断されたタウ蛋白の検出を試みた。まず、第1ペプチドを除いたタウ蛋白とXIAPの結合を調べると、極めて特異的に結合することが示唆された。次に、作成したこのペプチドのN末端を特異的に認識する抗体を用いたウエスタンブロット法によって、まずAD脳およびコントロール脳における発現を確認したところ、双方に50~60kDaのところにバンドが認められたが、AD脳における発現はコントロールに比し比較的多かった。さらに、AD患者およびコントロールから採取した脳脊髄液を用いて検討をおこなったところ、約30kDaのところにバンドが認められた。もともとAD患者由来の脳脊髄液中には約30kDaまで部分分解されたタウ蛋白が存在しており、このバンドはこれに対応するものであった。この約30kDaのバンドはAD患者脳脊髄液中に強く染色され、AD患者の脳脊髄液中には第1メチオニン切断化タウ蛋白が多量に含まれていることが示唆された。
結論
アルツハイマー病生物学的診断マーカーの確立するにあたり今回の研究では、遺伝的因子からの検討、酸化ストレス関連因子からの検討、そして簡便でかつ確実性の高いマーカーの開発、新規マーカーの開発といった4つのアプローチを用いた。遺伝因子からの検討では、apoEプロモーター領域の-219G/T多型については、DATにおいてTアリルが有意差を持って高頻度に認められた。DATとブチルコリンエステラーゼK変異遺伝子(BChE-K)との関連およびBChE-Kの存在と副作用出現との間の関連はみられなかった。酸化ストレス関連因子からの検討においては、遺伝子変異を有する家族性AD脳やAD型の脳病理が併存するレビー小体型痴呆脳においても神経細胞内8-hydroxyguanosineが増加していることを観察した。簡便でかつ確実性の高いマーカーの開発については、口腔粘膜上皮を擦過しその細胞内のtau蛋白量をウェスタンブロット法にて同定し、さらに培養上皮細胞を用いて神経細胞タウ蛋白のcDNAによるPCRをから神経細胞タウ蛋白と共通の構造をもっていることとを確認した。新規マーカーの開発には、ADにおける糖タンパク質、Notch断片蛋白、第1メチオニン切断化タウ蛋白について検討をおこない、ADの髄液中のWGA結合糖タンパク質が減少していること、Notch-1蛋白由来の新規ペプチド(Notch ?-peptide; N?)が細胞外に分泌されること、AD脳脊髄液中には約30 kDaの第1メチオニン切断化タウ蛋白が多量に含まれていることが判明した。

公開日・更新日

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