安全な移植技術の確立に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200478A
報告書区分
総括
研究課題名
安全な移植技術の確立に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
磯部 光章(東京医科歯科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 中村敏一(大阪大学)
  • 梨井 康(国立成育医療センター)
  • 澤芳樹(大阪大学)
  • 上出利光(北海道大学)
  • 金田安史(大阪大学)
  • 井上一知(京都大学)
  • 中山俊憲(千葉大学)
  • 篠崎尚史(東京歯科大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究(再生医療分野)
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
75,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は安全で確実な移植技術を開発するために、細胞、動物レベルで病態解明と基礎検討を行い、さらに臨床応用可能な技術を確立することを目標とする。現在の移植医療における医学的問題点は、周術期の虚血再灌流障害、急性拒絶反応、慢性期の臓器機能障害(慢性拒絶反応)、等である。これまで2年間の研究により、移植免疫における基礎的知見の集積と遺伝子導入技術や細胞移植技術を基盤として、それぞれの領域で新たな技術の開発を行ってきた。本年度は臨床応用に向けて新たな技術をそれぞれ深化させることを目的として実験的検討を行った。さらに、阻血時間の変化と阻血における腎機能の評価を行なうことで、2002年の腎配分ルール変更による変化を検討して、それらのファクターについての医学的安全性を検討することを目的とした。
研究方法
磯部らは免疫寛容に関する基礎的検討と、慢性拒絶反応の予防法について基礎検討を行った。T細胞活性化に関わる新しい抑制性副刺激分子であるPD-1の阻害により、寛容誘導が出来るか、ICOSの阻害が慢性拒絶である冠動脈硬化を軽減するかを検討した。さらに肝細胞増殖因子(Hepatocyte growth factor = HGF)が急性拒絶反応に及ぼす効果について検討した。
中村らは腎移植時の虚血再灌流障害の機序におけるHGFの役割と治療効果について、TNFαで刺激したヒト培養内皮細胞およびマウス腎の30分虚血モデルでICAM-1の発現を検討した。またHGFの腎慢性拒絶予防をはかるために、ミニブタを用いてHGF遺伝子投与経路について検討した。ルシフェラーゼ遺伝子を組み込んだnakid plasmidを注入し、腎臓全体に通電を行いエレクトロポレーションによる導入を図った。導入後6ヶ月目までHGFの発現と病理学的変化について検討した。
上出らは前年度までに作成したCTLA4Ig, CD40Ig, ICOSIg, HVEMIg 及び4-1BBIg遺伝子を組み込んだアデノウイルスベクターの拒絶反応の抑制効果をラット肢移植、心移植モデルを用いて検討した。
澤らはラット8時間心保存モデルにおいて、再潅流後の心機能を測定し、TUNEL染色によるアポトーシスの評価を行なった。リコンビナントHGF投与による各指標の変化を検討した。
鈴木らは臓器移植免疫寛容動物の作製を行い、リンパ球の細胞表面分子について解析を行った。CD4+、CD25+の細胞集団の存在に焦点を当てた。
金田らはHVJエンベロープベクターにポリマーを修飾することにより移植後の臓器に対してターゲテイングできるような標的融合ベクターを開発した。臨床用HVJエンベロープベクターの大量生産をめざし、ヒト由来の培養細胞を用いてHVJを増殖させることを試みた。
中山らはC57BL/6マウスやV?14NKTノックアウトマウスで糖尿病を作成し、ラットまたは、アロ(BALB/c)のラ氏島を経門脈的に移植した。トレランス誘導とNKT細胞の必要性について検討した。
井上らはPVAを用いたバイオ人工膵開発を行った。PVAゲル内に従来の方法で分離したラット膵島を混合し、polyethylene terephthalate(PET)メッシュでサンドイッチ状に挟み、凍結解凍した。膵島回収率を計算し、デバイスおよび遊離膵島を培養し、インスリン分泌試験を行った。またラットの皮下に作製したポケットに、コラーゲン被覆メッシュ補強PVAバッグを埋入し、酸性ゼラチン微粒子に含浸させたbFGFを散布した。2週間後に血管新生を観察した。
篠崎らは腎臓移植を受けた患者を対象に、HLAのマッチング状況、温疎血時間、提供腎臓の品質、術後管理の状況を比較検討し、生着率、及び亜急性拒絶反応の発症率、長期予後の比較を行い、腎臓移植のHLAマッチング方法の変更に伴う安全性を評価した。
結果と考察
抗ICOS抗体、ICOSIg投与によりマウス移植心で著明な内膜肥厚の抑制が見られた。抗PD-L1抗体投与で急性拒絶と4週間後の冠動脈の狭窄率が促進した。HGFの短期投与によりマウス移植心の著明な生着延長が認められた。40%の移植心は100日以上生着を続けた。長期生着マウスでは免疫寛容の誘導が証明された。ICOS、またネガティブシグナルを伝達するPD-1の重要性が確認された。寛容導入に関して重要な新知見である。肢移植モデルでは、CD40IgとCTLA4Igアデノウイルスベクターの併用により、移植肢の長期生着が可能となった。心移植モデルでは、CD40Igアデノウイルスベクター単回投与により、長期生着が可能となった。肢移植は全組織を含む移植であり、各部分における拒絶反応の病理の解析により、副刺激が各組織の拒絶において果たしている役割がわかる。
TNFαで刺激した培養ヒト血管内皮細胞におけるICAM-1の発現はリコンビナントHGFの添加で抑制された。腎虚血再灌流モデルでもICAM-1の発現はHGF投与で減少し、アポトーシス陽性細胞も減少した。エレクトロポレーションによる遺伝子導入によりHGFは血中に検出され、6ヶ月以上持続した。間質における線維化はHGF遺伝子導入群で減少した。臨床応用を考える上で大きな成果である。HGFがラット腎慢性拒絶を抑制することの機序に関する検討と臨床応用を目指してミニブタにおける遺伝子導入に関する検討を行った。ICAM-1とアポトーシスの関与が明らかになった。
ラット8時間心保存において心筋アポトーシスは著しく増加した。リコンビナントHGF投与にて心筋アポトーシスは抑制され、再潅流後の心機能の改善を認めた。心機能はHGF非投与4時間心保存後の心機能と同等であった。移植心の保存におけるHGFの優れた効果が確認された。遺伝子導入についての検討が進めば、臨床に直結する重要な知見である。
免疫寛容ラットの脾細胞ではCD4+CD25+細胞集団が増加していた。寛容動物から得られたリンパ球の養子移植実験で免疫調節機能を持つリンパ球の存在が確認できた。研究協力者の場集田らはin vitroで、抗CD80/CD86抗体の存在下でドナーとレシピエント脾細胞と混合培養し、抑制T細胞を誘導した。この細胞をレシピエントに戻すことにより長期生着が得られることを確認している。新たな寛容誘導法として期待される。
HVJエンベロープベクターはマウスの尾静脈より注入すると脾臓に遺伝子導入できる。硫酸プロタミンで修飾することにより尾静脈注入すると肺特異的に遺伝子導入が可能となった。またヘパリンと共導入すると導入効率を約5倍増強できた。HVJを高効率で生産できるヒト培養細胞株をクローン化した。これを浮遊培養系で高密度に培養できる条件を決定した。これらにより、無血清培地で大量培養が可能になった。遺伝子導入により移植臓器に保護が可能であることは明らかであるが、臨床応用を考える上で、重要な技術は遺伝子導入にかかわる安全性、効率、特異性、経済性である。金田らは新しい方法を示しており、臓器移植への応用が今後の課題である。
レシピエントにV?14NKTノックアウトマウスを用いると、FK506で誘導される免疫寛容の成立が困難になる。FK506で誘導したゼノのラ氏島の移植免疫寛容にもNKT細胞の存在が必須であることが分かった。寛容におけるNKT細胞の存在の重要性を明らかにしている。
PVAを用いたバイオ人工膵での膵島回収率は遊離膵島とデバイスで差がなく、膵島の損失は最小限に抑えられていた。デバイスではインスリン分泌量は14日目になおブドウ糖濃度に反応した分泌が観察された。コラーゲンコーティングPVAゲルによる血管誘導では、bFGF含浸ゼラチン微粒子を散布した場合、1型/4型混合コラーゲン処理の方が1型コラーゲン処理よりも新生血管が多く観察された。bFGF含浸ゼラチン微粒子と併用することで、周囲に良好な微小循環環境を形成することが確認された。新型PVAデバイスとこの方法を併用すれば、大動物にも応用可能な血管誘導作用を有するデバイスの開発に結びつく。PVAは生体適合性に優れ、長期間有効なバイオ人工膵の材料として期待される。今後、動物の糖尿病モデルを用いて、in vivoでの機能評価を行う予定である。
2002年に実施された腎臓移植(124例)の総阻血時間は平均12時間13分であり、前年より短縮した。L-FABPの値は、阻血時間が採尿された中で最短の症例(210分)の場合では、血流再開後75分で移植前の1/5にまで減少したが、阻血時間伸長に伴い増加した。本方法が臨床的に確立されれば、移植時のみでなく腎不全の評価にも用いられる。
結論
本年度は本研究班での3年目として、ヒトへの臨床応用を目指した新技術の開発について様々な新知見を得た。急性拒絶に対する寛容誘導についての新たな副刺激分子の研究ツールの開発とその小動物移植での効果、HGFがもつ急性拒絶、慢性拒絶、臓器保存における優れた効果と臨床応用に直結するブタでの結果をえた。また遺伝子導入技術バイオ人工膵開発、細胞移植についても一定の成果が得られ、今後の臨床応用の基盤技術の開発が一段進んでいる。さらに研究を深化させ、また分担研究者間での共同研究を進めていく中でトランスレーショナルリサーチを進めていく予定である。

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