造血幹細胞の体内増幅/体外増幅のための増殖分化制御システムの開発と応用(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200477A
報告書区分
総括
研究課題名
造血幹細胞の体内増幅/体外増幅のための増殖分化制御システムの開発と応用(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
小澤 敬也(自治医科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 峯石真(国立がんセンター)
  • 山下孝之(東京大学医科学研究所)
  • 寺尾恵治(国立感染症研究所筑波霊長類センター)
  • 長谷川護(ディナベック研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究(再生医療分野)
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
43,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
細胞治療は今後大きな発展が期待される重要な医療技術の一つとして位置付けられる。その中で、造血幹細胞移植は最も先行している細胞治療であるが、そこにさらに細胞制御技術を絡ませることにより、臨床応用の可能性を一段と拡げることが可能となる。例えば、患者自身の造血幹細胞を機能修復して自家移植する細胞治療法では、増殖制御遺伝子を利用することにより、移植した造血幹細胞の体内での選択的増幅を誘導し、治療効果のより一層の増強を図ることができる。この場合、体内での増幅効率を制御するための信頼性の高い分子スイッチ機構を付けておく必要がある。また一方、重要課題として従来活発な研究が行われてきている造血幹細胞の体外増幅(自己複製/再生)に関しては、増幅培養期間中、分化を一時的に停止させるテクノロジーの開発が鍵になると考えられる。そのための新しいタイプの細胞制御技術として分化制御遺伝子の開発を行っている。この場合、体外増幅培養の期間中に限定してこの制御遺伝子を働かせる工夫が必要であり、理想的には、増幅した造血幹細胞を移植する際に、不要となった分化制御遺伝子を取り外すことができるようにするのが望ましい。そこで、細胞制御遺伝子ゲノム着脱システム(ゲノムへの組込みと取り外し)の開発を行っている。このような先端技術が実現すれば、細胞治療に必要とされる造血幹細胞を少量で済ませることが可能になる。将来的には、量的制限のある臍帯血幹細胞移植の成人患者への適応拡大、さらには自己造血幹細胞の保存(バンキング)システムへの応用に繋がっていく魅力的な技術である。以上、造血幹細胞移植の周辺技術として種々のタイプの増殖分化制御遺伝子の開拓を推進し、数年以内にその臨床応用を図るのが本研究の主な目的であり、造血幹細胞を再生させる技術開発の基礎となるものである。その他、大量のヒトCD34陽性細胞の採取・純化および移植技術の確立や、対象となる疾患[慢性肉芽腫症・ファンコニ貧血(FA)など]の診断技術に関する研究を並行して進め、本研究の臨床展開を図りやすい環境を整備する。
研究方法
1.造血幹細胞増殖分化制御システムの開発.1)増殖制御遺伝子を利用した造血幹細胞体内増幅法の開発:第一世代のエストロゲン反応型選択的増幅遺伝子(SAG)(GcR-ER:変異型G-CSF受容体とエストロゲン受容体ホルモン結合領域の融合蛋白質をコードする遺伝子)以外に、新規開発のエリスロポエチン(EPO)反応型SAG[EPO受容体細胞外領域とMpl受容体の細胞内領域の融合蛋白質をコードする遺伝子(EPORMpl遺伝子):第二世代SAG]について、マウスの造血系再構築実験でその有効性を検討した。さらに、霊長類のサルを用いた実験も平行して開始した。第一世代SAGを用いて、エストロゲン刺激で遺伝子導入細胞の増幅が見られたサルについては、造血系再構築に寄与したクローンの経時的解析を行った。また、移植前処置としての骨髄廃絶を行わない自家移植が可能かどうか、骨髄還流置換法(BMR:Bone Marrow Replacement;池原法)の応用をサルの系で検討した。その他、G0期にある造血幹細胞への遺伝子導入にはレンチウイルスベクターが適していると思われるが、非病原性のサル免疫不全ウイルス(SIVagm)に由来するベクターの利用を検討した。2)疾患モデル動物を用いた細胞治療実験:造血幹細胞修復治療のモデル実験として、X連鎖慢性肉芽腫症モデルマウス(X-CGDマウス:gp91遺伝子ノックアウトマウス)を用い、エストロゲン反応型第一世代SAGの
in vivo細胞増幅効果を解析した。3)分化制御遺伝子を利用した造血幹細胞体外増幅法の開発:造血細胞において、Cre/loxPを応用した分化制御システムとそれに必要な一過性遺伝子導入システムの開発を行った。即ち、体外培養で造血幹細胞を増やす間は分化抑制遺伝子を働かせ、その後にCreリコンビナーゼを一過性に発現させてこの遺伝子を取り外す方法を開発中である。前年度は、一過性にCreを発現させるアデノウイルス(Ad)ベクターと造血幹細胞とを架橋するアダプター分子[CAR-SCR:アデノウイルス受容体(CAR)の細胞外領域とSCF細胞外領域の融合蛋白質]を開発し、細胞株を用いて検討したが、本年度は臍帯血および骨髄由来のCD34陽性細胞を用いて感染効率の検討を行った。2.臨床応用に向けた準備: G-CSF投与後の末梢血から大量の生着可能なCD34陽性細胞を効率よく分離する細胞処理技術を確立し、移植後の造血回復・免疫回復を確認した。また、FA蛋白が形成する分子経路の機構の解析と、日本人患者における遺伝子変異の検索を行った。(倫理面への配慮)マウスを用いた実験は、自治医大動物実験指針規定に従った。サルの実験は、国立感染症研究所「動物実験ガイドライン」および筑波霊長類センター「サル類での実験遂行指針」を遵守して行った。末梢血幹細胞採取や遺伝子解析などの臨床研究は、当該施設の倫理委員会の認可を受けた。
結果と考察
1.造血幹細胞増殖分化制御システムの開発.1)増殖制御遺伝子を利用した造血幹細胞体内増幅法の開発:EPORmpl-ires-YFP発現レトロウイルスベクター、あるいはYFP発現ベクターで遺伝子導入した骨髄細胞を移植し、それぞれのマウスを2群に分け、一方にrmEPOを投与した。その結果、EPORmpl-ires-YFP遺伝子導入マウスでのみrmEPOに反応して末梢血中のYFP陽性細胞の比率が有意に上昇した。第二世代SAGが効率的に働くことがマウスの系で確認できた。現在、サルを用いた前臨床研究を進めている。第一世代SAGを用いて造血系前駆細胞(CFU)の増幅が得られたカニクイザルで、クローン解析(inverse PCR法/塩基配列決定)を行ったところ、複数のクローンに由来する造血系前駆細胞が増幅したことを確認することができた。骨髄還流置換法による移植法の検討では、移植後2週目には導入遺伝子陽性前駆細胞が移植部位と異なる腸骨内に検出され、移植細胞が比較的短時間に骨髄内を移動することが判明した。非腫瘍性疾患を対象とした細胞移植/遺伝子治療を行う上で重要な基盤技術になるものと期待される。SIVベクターを用いたサルCD34陽性細胞へのGFP遺伝子の導入では、CD34陽性細胞の約50%、CFUの約30%がGFP陽性になった。SIVagmは自然宿主に対して病原性がなく、HIV-1とは遺伝学的にかなり離れている。したがって、SIVagmベクターがHIV-1と組換えを起こして新種ウイルスを作り出す可能性は低く、安全性が高いものと想定される。2)疾患モデル動物を用いた細胞治療実験:GcR-ER・gp91両遺伝子を導入した骨髄細胞で造血系を再構築したX-CGDマウスにおいて、半数の個体にエストロゲンを投与した。その結果、エストロゲン投与群では活性酸素産生好中球が増加した。3)分化制御遺伝子を利用した造血幹細胞体外増幅法の開発:Cre/loxP法による細胞分化制御遺伝子のゲノム着脱システムを確立するため、造血幹細胞でCreを一過性に発現させる方法について検討を進めた。ヒト臍帯血あるいは骨髄由来CD34陽性細胞へのeGFP発現Adベクター遺伝子導入において、前年度に開発したAd架橋蛋白質CAR-SCFを培養液に添加することでeGFP陽性率が改善された。このような体外増幅システムは、造血幹細胞以外の細胞への応用も考えられ、将来的には広汎な発展が期待される。2.臨床応用に向けた準備:大量末梢血幹細胞採取・純化を安定して行なうことができた。FA蛋白が形成する分子経路の検討では、安定なFA複合体の形成はFANCD2活性化に促進的に働くが、必須ではなく、FANCAの核移行とリン酸化が重要な役割を果たすことが示唆された。日本人患者における遺伝子変異の検索では、非血縁10家系においてFANCG両アリルの変異を同定した。重要な知見が蓄積されてきたと考えている。
結論
遺伝子導入造血系細胞の体内増幅に関しては、EPO反応型第二世代SAGの評価を進め、マウスを用いたい個体レベルの実験で、その有効性と安全性が確認された。慢性肉芽腫症の疾患モデルマウスの治療への応用でも、SAGシステム(今回は第一世代のもの)の効果が認められた。臨床応用を図るには、さらに霊長類のサルで有効性と安全性を評価する必要があり、その実験を進めている。また、骨髄還流置換法という移植前処置に代わる方法を確立した。その他、将来的な遺伝子導入法として、SIVベクターの評価を行った。造血幹細胞の体外増幅に必要な遺伝子操作テクノロジーに関しても、基盤技術の開発を着実に進めた。その他、臨床応用のための基盤技術として、免疫磁気ビーズ法によるCD34陽性細胞純化法を行い、臨床的に有用なレベルの造血幹細胞の純化を短時間に施行可能とした。また、FAの分子病態の解析、日本人FA患者の遺伝子解析を行った。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-