臍帯血を用いた移植・再生医療に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200476A
報告書区分
総括
研究課題名
臍帯血を用いた移植・再生医療に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
齋藤 英彦(国立名古屋病院)
研究分担者(所属機関)
  • 高橋恒夫(東京大学医科学研究所細胞プロセッシング部門 教授)
  • 加藤俊一(東海大学総合医学研究所 教授)
  • 原 宏(兵庫医科大学総合内科学 教授)
  • 直江知樹(名古屋大学大学院医学研究科臨床感染統御学 教授)
  • 高倉伸幸(金沢大学がん研究所細胞分化研究分野 教授)
  • 仲野 徹(大阪大学微生物病研究所遺伝子動態研究分野 教授)
  • 今村雅寛(北海道大学大学院医学研究科 教授)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究(再生医療分野)
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
52,200,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
(1)臍帯血移植のEBM(根拠に基づく医療)を確立し、造血移植医療における位置づけを明らかにする。そのために、これまで施行された非血縁間臍帯血移植の臨床成績を引き続き、収集・解析するとともに、前向き登録による臨床研究を推進する。
(2)臍帯血移植の成人への適応拡大ならびに一層の安全性向上のため、造血幹細胞の生着促進、増幅、未分化性の維持に関する研究を行う。また、臍帯血移植後の免疫系の再構築を促進し、再発や感染症を予防するための免疫療法を開発する。さらに、複数臍帯血同時移植に関する臨床成績を開始し、その有効性・安全性を評価する。
(3)臍帯血を用いた臓器再生医療を視野に入れ、臍帯血や胎盤に含まれる間葉系細胞の性状を明らかにし、体外での増幅・分化さらに生体内での臓器再生に関する基礎研究を行う。
研究方法
(1)わが国で行われたすべての臍帯血移植の臨床成績を6ヶ月に一回の月例報告と年一回の詳細報告により全国調査し解析すると共に、検体収集のシステムを確立し前向き登録による臨床研究を推進する。臍帯血移植における至適GVHD(移植片対宿主病)予防法の臨床研究をひき続き行う。また、複数ドナーからの臍帯血同時移植の臨床研究を開始する。さらに今後数年間の我が国における臍帯血移植の需要を予測する。
(2)造血幹細胞の未分化性の維持に必要な分子機構を解明する。また臍帯血造血前駆細胞から巨核球系への分化動態を末梢血造血前駆細胞と比較する。臍帯血CD34陽性細胞をマウスに移植して免疫システムの再構築を評価するモデルを確立する。
(倫理面への配慮)
(1)臨床成績の収集・解析に際しては、患者やドナーに関わるプライバシーの保護に配慮し、データーの匿名化を行う。一方、班研究で明らかになった結果や成果については、公開シンポジウムやインターネット等を通じ一般にも公開する。GVHD予防に関する前向き無作為臨床試験と複数ドナーからの移植にあたっては、各施設の倫理委員会の承認と患者および患者家族から十分なインフォームドコンセントを得て行う。
(2)臍帯血や胎盤を研究目的で使う場合には、ドナーに研究目的、期間、プライバシーの保護などにつき説明し同意を得た上で実施する。研究全般を通じて、ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針を遵守する。ヒト胚性幹細胞に関しては、これを使用しない。
結果と考察
(1)非血縁者間臍帯血移植の全国調査を行い599例の解析をした。患者の年齢分布:0 ~ 64歳(小児71%, 成人29%)、対象疾患:腫瘍性85%, 非腫瘍性15%、移植細胞数:0.5 ~ 26.6 ×107/kg, HLA一致度(血清学的A, B, DR 6抗原):6抗原14%, 5抗原53%, 4抗原32%, 3抗原1%。HLA適合度は無病生存率およびGVHDの重症度とは相関がなかった。HLA適合度が無病生存率や急性GVHDの重症度とは無関係であるという結果は、最近の欧米の報告とは異なり我が国に独自なものである。移植の対象疾患が腫瘍性疾患群(476例)と非腫瘍性疾患群(86例)では無病生存率に有意差はなかった。患者体重当たりの移植細胞数が多いほど3年後の無病生存率がよく、4×107/kg以上の群(190例)と以下の群(336例)と比較すると前者が高かった(p=0.0013)。GVHD予防法と無病生存率との関係では、サイクロスポリン単独群(63例)よりもタクロリムス+メソトレキセート群(13例)の方が無病生存率が高かった(p<0.0001)。
臍帯血移植では非常に高率(保存臍帯血18個に1個)にドナーが見つかることが骨髄移植に比べた特徴である。また、今後数年間の臍帯血移植の需要は、小児と成人の両者で年間400~600例にのぼると予測された。
「至適GVHD予防法」の臨床研究には38例の登録が今までにあったが、さらに登録を増やす必要がある。「複数ドナーからの臍帯血同時移植」の有用性と安全性を検討する臨床研究を開始し、我が国における第一例の移植を実施した。
(2)造血幹細胞の自己複製に重要な未分化性の維持は、生態学適所(niche; ニッチ)を構成する血管内皮細胞との細胞間相互作用が重要であり、この分子メカニズムとして、造血幹細胞からのTIE2リガンドの発現ならびに双方のTIE2受容体の活性化が関与することを示した。またCD34陽性かつTIE2受容体陽性細胞にのみ認められる遺伝子発現をクローニングし、転写因子e11を得た。これは骨髄、精巣、卵巣に限局して発現が認められ、RNAiによる発現抑制実験から、幹細胞における均等分裂に関与する可能性が示唆された。ヒト臍帯血前駆細胞からの巨核球への分化は末梢血前駆細胞からに比べて遅延し、巨核球のDNA量を経時的にみると臍帯血からは末梢血に比較して多倍体化が少なかった。これらの結果は臍帯血移植後の血小板回復の遅延の一端を明らかにしたものである。また、OP9細胞を用いたマウス胚性幹細胞からの分化誘導システムを確立し、転写因子GATA-2を強制発現させるとマクロファージ分化を抑制し巨核球への分化が誘導されることを示した。GATA2の発現調節による血球分化の制御が可能となるかもしれない。
臍帯血移植後の免疫能の回復を骨髄移植やCD34陽性幹細胞移植と比較するとリンパ球総数の回復は良好であるが、CD4,CD8,CD19いずれの細胞群でも幼若な細胞を中心とした回複であった。そのためにリンパ球の機能が低いと考えられた。NOD/shi-scidマウスに臍帯血CD34陽性細胞を移植するin vivoの系を開発しB細胞再構築過程の解析をして、末梢血幹細胞に比較して臍帯血には、抗体産生可能な成熟B細胞が少ないことが免疫不全の原因の一つであることを示した。またIL2受容体のcommon γ鎖をノックアウトしたNOD/scid-γc-/-マウス(NOGマウス)を用いて免疫系の再構築を解析するモデルを確立した。このモデルはヒト造血幹細胞移植によりB細胞に加えてT細胞も出現するユニークな移植系である。NOGマウスにヒト臍帯血CD4細胞をIL-2と抗CD3抗体で培養した活性化CD4細胞を同時に投与すると、免疫抗原に対するIgGの産生ならびに胚中心形成が認められた。さらに臍帯血単核球よりNK細胞をIL15とFlt3Lを用いて5-10倍に増幅する方法を確立した。このNK細胞は末梢血中のものと同等の細胞障害活性を有するので移植後の抗腫瘍効果のために臨床応用可能である。
ヒト胎盤絨毛から均一な間葉系マーカーを発現する細胞を得る方法を開発し、ex vivoで骨芽細胞、神経細胞への分化誘導が可能である。
結論
臍帯血移植のEBMを確立するための臨床成績の集計、解析により日本人における「予後因子」や骨髄移植との比較成績も明らかになった。新しいエビデンスを創るための前向き臨床研究をさらにスピードアップする必要がある。基礎的研究では臍帯血中の造血幹細胞の未分化性維持機構、臍帯血移植後の免疫系再構築過程、胎盤の間葉系細胞の分化能などが明らかになった。

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