ヒト羊膜を用いた再生表層角膜移植片における免疫学的研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200474A
報告書区分
総括
研究課題名
ヒト羊膜を用いた再生表層角膜移植片における免疫学的研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
坪田 一男(東京歯科大学・角膜センター)
研究分担者(所属機関)
  • 木下 茂(京都府立医科大学眼科)
  • 大橋 裕一(愛媛大学医学部眼科)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究(再生医療分野)
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
41,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は、難治性であるスティーブンスジョンソン症候群や眼類天疱瘡などの重症眼表面疾患の治療成績を改善し、またドナー角膜不足のために手術を受けることが難しい角結膜疾患患者に治療の道を拓くために、羊膜を用いた表層角膜移植片の作成と移植技術の確立を目的としている。さらに、再生された角結膜上皮細胞がどのような免疫学的、細胞生物学的性質を有しているかを解明し、その臨床応用の拡大の可能性を探る。 
研究方法
今年度も、羊膜上に再生した角結膜上皮細胞の生物学的・及び免疫学的性質に関する基礎的な検討と、将来の製品化に向けてシートの輸送条件の検討、及び前年度に引き続いての培養上皮シート移植の臨床応用についての検討を行った。
<倫理面への配慮>
本研究で用いる羊膜組織は、帝王切開時に提供して頂くものであり、文書によるインフォームドコンセントによって承諾を頂いている。羊膜移植の臨床応用に関しては、平成8年に東京歯科大学倫理委員
会の承認を得ている。また上皮シート移植に関しても、平成13年に東京歯科大学倫理委員会の承認を得ている。本手術を施行するに当たってはレシピエントに充分な説明を行い承諾を得ると共に、近親者の輪部組織よりの細胞採取が必要な場合には、ドナーよりのインフォームドコンセントも得ている。
結果と考察
(再生結膜上皮の生物学的性質) 羊膜移植、培養上皮移植の対象となる眼表面疾患では多くの場合、結膜の角化及び杯細胞減少を伴っている。これらの変化に対する羊膜の影響を調べるために、羊膜上と通常培養条件下の再生結膜上皮におけるトランスグルタミナーゼI(TGase I)とMac1 mRNAの発現をreal-time PCRを用いて比較した。その結果、セルラインを用いた検討では両者に差を認めなかったが、primaryの結膜細胞においては、羊膜上で培養したものでTGaseIの発現の減少と、Mac1 mRNAの発現が亢進している傾向を認めた。しかし、サンプルによるばらつきが大きいため、同一ドナーからのペアー組織における解析を引き続き行っている。
(再生結膜上皮におけるHLA-Gの発現)  HLA-Gは、class Ibと呼ばれる主要適合抗原の一つで、胎児に対する母体免疫反応の抑制などを行うとともに、NK細胞活性やリンパ球による免疫反応を抑制しているとされている。われわれは、羊膜上に培養した結膜上皮細胞のマイクロアレイによる解析によって、HLA-G mRNAが羊膜上の結膜細胞で約2.6倍亢進していることを認めた。これを確認するために、real-time PCRによる解析も行い、やはり2-3倍の発現亢進を認めた。このことは、羊膜が再生結膜細胞でのHLA-G発現を誘導することで、過度の炎症や拒絶反応を抑制している可能性を示している。
(羊膜に対する組織反応) 前年度の研究で、家兎角膜内に移植された羊膜組織が4週間以上存在することを報告したが、今回は羊膜移植角膜でのCD4, CD8、matrix metalloproteinase-2、vimentin, α-SMAの発現の免疫組織学的に検討した(表1)。その結果、羊膜に対する炎症・免疫反応は軽微であることが示された。
(培養上皮シートの輸送に関する基礎的検討) 将来、培養上皮シートを製品化する場合には、これをどういう条件下で輸送するかが大きな問題となる。この問題に対する基礎的検討として、分担研究者の施設(京都府立医大)にて作成した上皮シートを常温で輸送し、組織変化を調べた。輸送後における培養上皮細胞のviabilityをCalcein-PI染色で行ったところ、PI陽性細胞はほとんど検出されなかったが、Calceinの染色性は低下していた(下図左)。輸送後のこの染色性の低下は37℃、5%CO2でインキュベーションすることにより経時的に回復し、24時間後には十分回復していた。また、Explant法とcell suspension法の違いによる保存状態やviabilityへの影響は観察されなかった。
(培養上皮シート移植の臨床応用)
平成13年度より開始した瘢痕性角結膜症に対する羊膜シート移植の症例の長期予後を検討した。これまで21例22眼に対して移植を行った結果、重度のドライアイや眼表面の角化を伴う症例においては、培養上皮細胞の生着が得られないことが多いことが判明した。このため、培養条件を改良して、羊膜と培養細胞の接着が強固なシートを作成して移植に用いることを本年度より行った。その結果、新しい培養方法を用いたシート移植のほうが再生上皮細胞の生着が良好であることが判明した。現在これらの症例を増やし、かつ長期の予後を検討中である。
1)達成度について 本年度も、基礎的研究と、臨床応用の双方に対してバランスの取れた進歩が得られた。眼科領域において羊膜移植はポピュラーな手術になりつつあるが、その機序や羊膜組織の特異性、再生上皮細胞の性質変化についてはいまだに未知な部分が多い。われわれのこれまでの検討で、羊膜には炎症やアロ免疫反応を抑制し、再生上皮細胞の分化を調整する作用があることが明らかとなってきている。また臨床応用に関しても、中期観察の結果が明らかとなりつつあり、臨床応用に適した上皮培養条件が明らかとなってきた。
2)研究成果の学術的・国際的・社会的意義について 羊膜という生体材料を用いた上皮シートの作成は、再生医学全体から見てもユニークな試みであり、その成果は他分野でも注目を集めている。羊膜組織は、単なる基質としてだけでなく、未分化な細胞群を含むことから、再生した細胞の性質に影響を与えることが示唆されており、これまでの本研究においても、この考えを支持する結果が得られている。羊膜を用いた眼表面再建は、国際的にも注目を集めているが、本研究に参加している施設の基礎的・及び臨床的研究は、その最先端をいっており、大きな注目を集めている。また、培養上皮シートの移植が広く臨床応用されるようになれば、これまで角膜移植が必要とされ、かつドナー不足のために視力回復の機会が得られなかった患者に大きな福音となる。
3)今後の展望について 培養上皮シートの臨床応用を進めるに当たっては、これまで本研究で行ってきたような基礎的検討と、実際の臨床データの蓄積が欠かせない。さらにそれに加えて、作成したシートの保存方法、遠隔地への輸送方法の検討が必要である。さらに上皮シートを製品化するに当たっては、GMP,GCP対応への処置も必要となる。また基礎的検討課題としては、これまでドナー細胞としていた角膜輪部上皮細胞だけでなく、他の細胞ソースを探すことも重要である。なぜなら、上皮シート移植の適応となる重症瘢痕性角結膜症では両眼が罹患している場合が多く、その場合アロ上皮の使用による拒絶反応が大きな問題となるからである。患者自身の口腔粘膜上皮の培養シートの作成は、共同研究施設ですでに成功しており、この臨床応用を当施設でも行う予定である。さらに、角膜輪部上皮から組織特異的幹細胞の分離・培養についても検討を行う予定であり、これに成功すれば上皮シートのバンク化への道が開ける。培養上皮細胞への遺伝子導入によって、拒絶反応の回避を行うことが可能かについても将来検討したい。
結論
羊膜上に角結膜上皮を培養して上皮シートを作成し、眼表面疾患の治療に応用する、という本研究の目的に向け、本年度も重要な成果が得られた。羊膜上での再生結膜上皮では角化の抑制とムチン分泌の亢進という、眼表面再建に望ましい分化方向への変化が生じていることが示唆され、かつHLA-Gの発現を介した免疫反応の抑制というユニークな機序が明らかとなりつつある。臨床応用については、培養条件の改善と症例の選択・術後管理の改良が両輪となって進行し、すでに有力な治療方法として認知されつつある。さらに、上皮シートの至適輸送・保存法の検討も始まり、将来の製品化に向けての準備も整いつつある。

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