凍結同種皮膚を用いた皮膚の再生の研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200471A
報告書区分
総括
研究課題名
凍結同種皮膚を用いた皮膚の再生の研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
島崎 修次(杏林大学救急医学教室)
研究分担者(所属機関)
  • 田中秀治(杏林大学救急医学教室及び臓器組織移植センター)
  • 高見佳宏(杏林大学形成外科学教室及び臓器組織移植センター)
  • 猪口貞樹(東海大学救急医学教室)
  • 岡田芳明(防衛医科大学校病院救急部)
  • 山本保博(日本医科大学救急医学教室)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究(再生医療分野)
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
18,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
凍結保存同種皮膚は、広範囲熱傷の救命的焼痂切除後の創被覆に必須のものとして使用されている。現在活動している東京スキンバンクネットワークでは、過去10年間において300例以上の重症熱傷例に同種皮膚を提供してきた。その結果熱傷指数50-80の重症熱傷患者において凍結保存同種皮膚を使用することで救命率を50%以上向上させることができたことが報告されている。しかし、同種皮膚がこうした臨床的効果を有する一方で、同種皮膚の表皮部分は強い抗原性有し、移植後2~3週までに免疫学的拒絶反応が生じるため、長期的な創の被覆は困難である。ヒト組織中、皮膚や腸管などの上皮細胞は極めて抗原性が高いことが知られ、現時点では免疫抑制剤を用いても、心臓移植や腎臓移植のような永久生着は望めない。しかるに重症熱傷患者の救命のためには最も生体親和性の高い同種皮膚をできるだけ長く生着させることが必要なのである。本研究は、広範囲熱傷患者の救命と皮膚の再生に欠かせない同種皮膚を確保するとともに、Tissue Engineeringや細胞培養の技術を用いて同種皮膚を永久生着可能な被覆材へと改良する事を目的として行われた。
研究方法
研究へ参加している杏林大学臓器組織移植センターおよび日本医科大学スキンバンク、防衛医科大学スキンバンクでは、本研究を行うために日本組織移植学会で作成された「ヒト組織を利用する医療行為の倫理的問題に関するガイドライン」及び「ヒト組織を利用する医療行為の安全性確保・保存・使用に関するガイドライン」、また日本熱傷学会の「スキンバンクマニュアル」「スキンバンクの運営設置基準」に基づき、皮膚組織を研究に利用することについてインフォームドコンセントを行い、文書にて承諾書を取得し、皮膚の採取を行った。
高見分担研究者は、倫理委員会の許可の下、ADM作成の為、凍結保存同種皮膚を高張食塩水およびトリプシンとトリトンX100による処理により完全に無細胞化したADMを作成した。作成したADMをそのまま、あるいは自家皮膚化し、その臨床的効果を検討した。
さらに田中分担研究者は、皮膚提供者家族へインフォームドコンセントがなされたのちに皮膚の摘出を行った。この同種死体皮膚は杏林大学に集められ、細胞培養液で一時保存されたのちにその一部を従来通り保存(但し凍結はせず)し、倫理委員会の許可の下、30kGyのガンマ線照射によりGamma Allo Skin:GASを作成した。
また、猪口分担研究者は、安全性の高い複合型自家培養皮膚の作製方法を開発し、広範囲熱傷に対して臨床効果を確認した。
(倫理面への配慮)
倫理面は、日本組織移植学会倫理委員会編「ヒト組織を利用する医療行為の倫理的問題に対するガイドライン」や「日本熱傷学会スキンバンクマニュアル」及び「スキンバンクの運営設置基準」を準拠し、組織提供時に研究用として転用する事を口頭ならびに文書でご理解いただいた。また、ご遺体からの採皮、保存の段階は日本熱傷学会スキンバンクマニュアルを順守して行った。
結果と考察
本年度の成果は大きく分けて3つである。1)同種死体皮膚の安定した確保の為の方策(山本分担研究者、岡田分担研究者)2)種々の方法による無細胞真皮マトリックス(ADM)の作成と臨床使用(高見、田中両分担研究員)3)安全かつ臨床使用可能な複合型培養皮膚シートの作成と臨床使用(猪口分担研究者)を行った。
本研究は主任研究者島崎を中心に、主に凍結保存同種皮膚を用いた皮膚の再生の研究を行っているが、その骨子となるのが無細胞真皮マトリックス(ADM)の作成と複合型培養皮膚の作成である。
この無細胞真皮マトリックス(ADM)を作成するために使用する同種死体皮膚を採取・確保しているのが、スキンバンクを有する(あるいは東京スキンバンクネットワークの中核施設である)杏林大学田中秀治、防衛医科大学岡田芳明、日本医科大学の山本保博の各分担研究者であり、無細胞真皮マトリックス(ADM)の作成と臨床結果の検討を行っているのが杏林大学田中秀治分担研究者と同大学形成外科高見佳宏分担研究者である。一方、より安全な複合型培養皮膚シートの作成と臨床使用を行っているのは東海大学、猪口貞樹分担研究者である。
山本分担研究者は、昨年度、同種皮膚の採取と保存におけるシステムの改善を目的に関東近郊におけるドナー発生に対して採皮分担制を検討したが、今年度はこれを一歩進めて、全国を各北海道・東北・南東北・関東・甲信越・東海・中部・近畿・中国・四国・北九州・南九州のブロックごとに分け、スキンバンク参画医療機関を抽出、基幹医療機関とした。これらの基幹医療機関から摘出医師を派遣する全国型のネットワーク作りの基礎を検討し、全国的なネットワークの構築と施設の充実、技術者の教育や環境整備を行うことが本研究を通じて可能となった。
次に、岡田分担研究者は、同種皮膚採取時の工夫によって、少ないドナーから多くの皮膚の供給を行えるよう、採取法の再検討を行った。岡田分担研究員らの検討は従来の後背面からの皮膚採取に加え体幹前面からの皮膚採取法を確立することである。患者家族に十分なインフォームドコンセントを行い、採皮面積を増やすことが可能となった。また、ドナーからの採皮の際にDONOR SUTABILITYを検討するために、ドナーアセスメントシートを考案し、提供患者の問診、医学的情報取得の強化、理学的所見の強化を図った。
研究転用の承諾は得られた同種死体皮膚は杏林大学に集められ、新しい創傷治療材となりうる種々の無細胞真皮マトリックス(ADM)に変換された。その内容は以下の如くである。
高見分担研究者は、同種皮膚の永久生着を可能とするために、同種皮膚を構成する細胞と真皮マトリックスから細胞成分のみを全て除去した無細胞真皮マトリックス(ADM)を作成した。その作成法を詳細に検討した結果、同種皮膚を高張食塩水、トリプシンおよびトリトンX100によって処理することが最も効率的であることを確認した。
次いでADMの臨床応用を行った。臨床応用の適応として、自家植皮と同時に無細胞のまま移植し真皮成分を付加すること、およびTissue Engineering Skin(複合型培養皮膚)のScaffoldとして用いることとした。まず自家植皮と同時に無細胞のまま移植し真皮成分を付加する方法として、杏林大学倫理委員会のガイドラインに従って、4例の重症熱傷例の、創の一部にADMを移植し同時に自家分層網状植皮でカバーした。移植ADMは全て良好に生着し、真皮の鋳型として機能した。付加された真皮は移植後少なくとも4週まで移植部に残存した。さらにADMにより、網状植皮の醜状瘢痕が改善され,厚めの分層植皮に近似した外観が得られた。
一方Tissue Engineering Skin(複合型培養皮膚)のScaffoldとして用いる方法として、ADMに培養細胞を組み込むことを試みた。すなわちADMに重症熱傷患者の残存皮膚から分離培養した自家表皮細胞と線維芽細胞を組み込み(同種皮膚の自家皮膚化)、数日間の気相培養によって表皮層を重層化させた。この培養皮膚を同患者の創部に移植し(約325cm2)、移植部の経時的変化を観察した。その結果、移植した培養皮膚の生着はADMを用いない従来の培養皮膚移植に比べ良好で、外観上も分層植皮に類似した皮膚層を形成することが認められた。以上の事からこれらのADMの臨床的適応が現実的な有効性を有するものと考えられた。
一方、田中分担研究員は、凍結保存同種皮膚を物理的(ガンマ線処理:30kGy)を用いて同種皮膚を無細胞化し、拒絶反応の起こらない無細胞真皮マトリックスを開発した。作成された無細胞真皮マトリックス(GAS)を実際に重症熱傷患者8例のⅢ°熱傷創面及び採皮創に貼付された。貼付された後GASは拒絶されることなく、1ヶ月または2ヶ月近く長期生着をすることが確認された。創面にはガンマ線の残存等、明らかな有害事象はなく、また感染の媒介も認めなかった。
また猪口分担研究者は安全性の高い複合型培養皮膚の作製方法の開発に成功し、皮膚全層欠損創において良好に生着することで、失われた皮膚を再生できることが判明した。
結論
ヒト同種死体皮膚の効率的な採取法を開発し、効果的な地域スキンバンクネットワークを確立するとともにそのネットワークを全国的に拡大するための試案を作成した。この試案を基に一部の地域では新たなスキンバンクネットワークの導入が始まった。
採取保存した同種皮膚のうち、研究転用のインフォームドコンセントが取得できたものは、新しい創傷治療材となりうる種々の無細胞真皮マトリックス(ADM)に変換された。その結果、自家植皮と同時に無細胞のまま移植し真皮成分を付加するADM、Tissue Engineering Skin(複合型培養皮膚)のScaffoldとして用いるADM(同種皮膚の自家皮膚化)、ガンマ線処理により拒絶反応を抑制したADMの3種を開発し、ともに臨床応用にてその有用性が確認された。
また臨床的により安全性の高い複合型自家培養皮膚を開発し、広範囲熱傷に対する臨床効果を確認した。

公開日・更新日

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