組織工学、再生医療技術を応用した凍結保存同種弁移植の品質改良に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200467A
報告書区分
総括
研究課題名
組織工学、再生医療技術を応用した凍結保存同種弁移植の品質改良に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
北村 惣一郎(国立循環器病センター)
研究分担者(所属機関)
  • 中谷武嗣(国立循環器病センター研究所)
  • 庭屋和夫(国立循環器病センター病院)
  • 藤里俊哉(国立循環器病センター研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究(再生医療分野)
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
18,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
我が国では年間約9千件の心臓弁置換術が施行されており、代用弁として機械弁が80%、異種生体弁が20%使用されている。しかしながら、機械弁では催奇形性を有する抗凝固剤を毎日服用する必要があり、異種生体弁では10年程度の耐久性しかない。近年世界的に組織バンクが整備され、我が国においても死体から提供された凍結保存同種弁移植が施行され始めた。凍結保存同種弁は機械弁に比べて抗血栓性で、異種生体弁に比べて耐久性で、さらに両者に比べて抗感染性で長所を持っているとされる。また、不全の大動脈弁位に自己肺動脈弁を、肺動脈弁位に凍結保存同種弁を移植するロスと呼ばれる術式も優れた成績を上げている。自己肺動脈弁は抗原性を有さず、かつ患者の成長に伴ってサイズが大きくなる成長性を有しているため、特に小児患者で有効とされている。しかし、ロス手術は術式が複雑であるとともに、我が国では凍結保存同種弁の提供数不足のため、限られた施設でのみ施行されているのが現状である。これらの諸問題を解決するために、組織工学及び再生医療技術を応用した代用弁の開発が試みられている。そのアプローチとしては、ポリ乳酸等の生体内分解吸収性人工材料のスキャフォールド(足場材料)に患者細胞を播種するものと、同種あるいは異種心臓弁組織からドナー由来細胞を除去したマトリックスをスキャフォールドとして患者細胞を播種するものとがある。前者には人工材料を複雑な形状に造形するのが難しいことや、生体と比較して硬い人工材料に生体と同等の力学特性を付与するのが難しいこと、生体内での分解速度を制御するのが難しいことなどの欠点がある。そこで本研究では、凍結保存同種弁からドナー由来細胞を除去し、患者細胞を組み込んだ後に移植するテーラーメード型組織移植によって、自己弁に匹敵する代用弁を開発する。機械弁はもとより、グルタルアルデヒド等で固定された異種生体弁に成長性を付与することは困難であり、凍結保存同種弁においても成長性はないとされている。免疫反応の主因を成すであろうドナー由来細胞を消失させ、コラーゲン線維や弾性線維などの構造マトリックスからなる脱細胞化組織スキャフォールドに患者の自己細胞を組み込むことで、生体適合性を高めるとともに、自己修復性や成長性を有する移植組織が創製できると期待できる。現在、ドナーから摘出された同種弁は10%から30%の割合で、摘出時の細菌感染等によって臨床使用が不可能になる。本研究は、それら廃棄される凍結保存同種弁組織の新たなる臨床使用の可能性を開き、社会資本としての提供組織の有効利用にも結びつく。
研究方法
脱細胞化処理:食用ブタあるいはミニブタから清潔下にてブタ心臓を摘出し、肺動脈弁を採取した。プログラムフリーザーを用いた徐冷凍結後、液体窒素中に保存した。1ヶ月後に解凍し、ハンクス液で洗浄後、新規に開発した冷間等方圧加圧装置を用いた低温下超高圧印加処理によってドナー細胞を破壊し、PBS溶液に浸漬後、マイクロ波低温照射下で洗浄除去した。脱細胞化は組織学的に評価した。処理標本の組織断面をHE染色及びEVG染色により光学顕微鏡にて観察した。既に報告されているトリトンX-100溶液による界面活性剤浸漬処理を対照とした。 力学特性評価:脱細胞化処理した心臓弁葉を力学試験機にて引っ張り試験を行い、破断までの張力を測定した。測定後の切断片の重量と比重から弁葉の膜厚を求め、応力歪み特性から弾性率を計算した。 細胞播種:将来のレシ
ピエントとなるミニブタから大腿動脈を5cm程度摘出し、酵素処理によって血管内皮細胞を分離した。数週間の培養によるエクスパンド後、新規に開発した回転培養バイオリアクターにて2時間播種後、循環培養バイオリアクターにて2日間培養した。細胞付着は組織学的に観察した。 移植実験:右心バイパス下にて、レシピエントのミニブタ自己細胞を播種した脱細胞化同種肺動脈弁による肺動脈弁置換手術を行った。術後1ヶ月及び3ヶ月において、心エコーと圧測定による血行動態の測定後、移植弁組織を摘出し、HE染色、抗vWF等の免疫染色、及びSEMによって組織学的所見を検討した。さらに、これらの結果を、細胞未播種の脱細胞化同種弁移植群及び凍結保存同種弁移植群と比較した。
(倫理面への配慮)
動物実験に対する動物愛護上の配慮は、麻酔や鎮痛剤の使用、最小使用数となるような実験計画の立案など、規定に則り十分に払っており、文部科学省及び実験動物学会等の指針に沿って処理した。また、研究に利用されるヒト組織は厚生労働省の指針に沿って、臨床応用に適さない場合の研究目的使用に関する「屍体からの人組織採取・保存・利用に関する取扱い基準」に従い、組織提供の際の説明(インフォームドコンセント)により文書での同意を得ることで、施設内倫理委員会から承認を得た。
結果と考察
脱細胞化処理:既に報告されているトリトンX-100溶液による界面活性剤浸漬処理では、厚さ数百μmの弁葉内においては浸漬処理6時間後には細胞核は染色されなかったが、弁葉基部の心筋組織内細胞の核は処理24時間後でも表面から1mm以遠の組織深部では染色されており、界面活性剤溶液の組織内浸透性が悪いためであると考えられた。これに対して、超高静水圧印加及び低温下マイクロ波照射処理では、組織深部まで完全に細胞を除去することができた。EVG染色したところ、超高圧処理後においても弁葉内のコラーゲン線維やエラスチン線維が保存されていることが認められた。また、常在菌にてあらかじめ感染させた試料を脱細胞化処理したところ、界面活性剤処理では感染が除去できなかったが、超高圧処理では脱細胞化に加えて滅菌効果も併せ持つことが確認された。 力学特性評価:界面活性剤浸漬処理では、処理時間に伴って強度、弾性率とも増加する傾向を示し、動物実験ではハンドリングや縫合性、血行動態等への大きな影響は見られなかったものの、脱細胞化処理による力学特性への影響が明らかとなった。これに対して、超高静水圧印加処理では力学特性への影響が見られなかった。 細胞播種:ミニブタ血管内皮細胞はヒト血管内皮細胞と同様、容易に培養、エクスパンド可能であった。脱細胞化心臓弁スキャフォールドの血液流出側を上方に配置した静置培養では、細胞を均一に播種することが困難であり、また、培地中の酸素濃度による問題等のため、7日間の培養後でも細胞の増殖は見られなかった。これに対して、回転培養バイオリアクター及び循環培養バイオリアクターを用いた細胞播種では、均一に播種することができた。 移植実験:レシピエントミニブタの自己細胞を播種した脱細胞化同種弁では、血行動態並びに肉眼的所見から、術後1ヶ月においても良好な弁機能を示していた。HE染色したところ、術後1ヶ月において、移植された脱細胞化肺動脈弁組織の内腔面が一層の細胞層によって覆われるとともに、一部組織内への細胞浸潤が認められた。さらに術後3ヶ月においては、弁葉内を含む移植組織の大部分への細胞の浸潤が認められた。浸潤した細胞を免疫染色によって検討したところ、表面層は血管内皮細胞によって覆われ、組織内は平滑筋細胞と線維芽細胞とからなることが確認された。これに対して、自己細胞を未播種の脱細胞化同種肺動脈弁では、内腔表面上に血管内皮細胞の進展は認められたものの、組織内部への細胞浸潤はほとんど認められなかった。また、脱細胞化処理及び細胞播種を行わない凍結保存同種弁では、脱細胞化同種弁に比較して炎症細胞の浸潤が顕著であった。我々は、再生医療の一つのアプローチとして、in vitroにおいて患者の自己組織と同等の組織構築を行った後で移植するテーラーメード型組織移植を目指している。生体組織由来スキャフォールドの作製については、新規に開発した超高静水圧印加処理により、ドナー細胞を完全に破壊し、かつ滅菌できることで、安全なスキャフォールドを得ることができた。血管や心臓弁は主に血管内皮細胞と平滑筋細胞、線維芽細胞からなる。本研究においては、スキャフォールド表面への血管内皮細胞の播種について検討したが、回転培養法によって血管内皮細胞を血管壁面、弁葉表面に均一に播種することができた。現在、平滑筋細胞と線維芽細胞を含めた複数種細胞の播種についても検討中であるとともに、より長期の動物実験によって臨床応用へ向けた有効性及び安全性の検討を続けている。
結論
新規に開発した超高静水圧印加及び
マイクロ波照射処理により、ミニブタ心臓弁組織から力学特性を有効に維持したままドナー由来細胞を除去することができた。さらに、新規に開発した回転培養バイオリアクター装置により、細胞除去組織スキャフォールドに患者細胞を均一に播種することができた。ミニブタ動物実験において、この患者細胞を播種した代用心臓弁を移植したところ、患者細胞が組織内に浸潤し、移植早期に自己化された。数年以内の臨床応用へ向けた有効性及び安全性の検討を続けている。

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