肝細胞移植系の確立と肝幹細胞の分離および培養(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200460A
報告書区分
総括
研究課題名
肝細胞移植系の確立と肝幹細胞の分離および培養(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
宮島 篤(東京大学分子細胞生物学研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 酒井康行(東京大学生産技術研究所)
  • 渡部徹郎(東京大学大学院医学系研究科)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究(再生医療分野)
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
14,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は細胞治療,遺伝子治療,さらに人工肝臓の開発を目的とし、肝臓における再生治療の向上を目指すものである。現時点では、重篤な肝機能不全に陥った場合には、生体肝移植が最も有効な治療法であるが、絶対的なドナー不足や組織適合性の問題があり、これを代替あるいは補助する有効な治療法の開発が急務となっている。血液など他の組織の再生医療と同様に、肝臓の再生医療においても、肝臓のもととなる肝幹細胞を分離し増幅することが重要な技術となる。とりわけ肝臓は巨大な臓器であり、肝臓の細胞治療あるいは人工肝臓の開発には大量の細胞を必要とする。発生過程で現れる肝細胞と胆管上皮細胞に分化しうる肝芽細胞が肝臓の幹細胞と考えられているが、その性状および増殖分化の機構は不明である。
我々は胎児肝臓に発現する抗原の検索からDlkという膜タンパク質が未分化肝細胞に発現しており、これに対する抗体で未分化肝細胞を分離することができることを示している。さらに、このDlk陽性細胞にはin vitroで肝細胞と胆管上皮細胞系列の細胞へと分化する能力をもつ細胞が含まれている。そこで、この未分化肝細胞が肝幹細胞であるかどうかを検討するために生体内での分化能等につき検討する。
成熟肝細胞は休止期にあり、体外に分離して培養してもほとんど増殖しない。一方、不死化した肝細胞は増殖するが、肝機能はほとんど失われている。我々はこれまでに増殖能の高い胎生期の未分化肝臓細胞に着目し、この細胞の培養系を確立した。この培養系では、IL-6ファミリーのサイトカインであるオンコスタチンM(OSM)が肝細胞分化を誘導し、様々な代謝酵素を発現することから、肝細胞分化のメカニズムを解明するのに適している。そこで、この実験系を使って肝細胞分化のメカニズムを理解し、肝細胞の増殖分化をコントロールするための知見を蓄積する。
一方、ES細胞から肝細胞への分化誘導系の構築も有用である。ヒトES細胞からの肝細胞分化系が確立できれば、機能的肝細胞の大量調製が容易となり、細胞移植のみならず人工肝臓の素材として最適である。生体内では肝細胞は内胚葉に由来する細胞から発生してくるため、in vitroにおいても、内胚葉へ効率良く誘導することが肝細胞の調製に有効であると考えられる。そのために内胚葉由来臓器の形成・分化に重要なTGF-betaファミリーを介したシグナル伝達経路をマウスES細胞で操作することで、肝細胞を作り出すための最適条件を検討する。このようにして得られた知見は、将来的には核移植したヒトES細胞からの肝細胞分化系へと応用することで、細胞移植や人工肝臓の実用化に大きく寄与することが期待できる。
肝臓などの臓器移植では、つなぎの医療として機能を代替する再構築型臓器の開発が望まれる。しかし、肝臓や腎臓・肺などのある程度のマスと高度に組織化された内部構造を持つ実質臓器については開発途上にある。そこで、マウス胎仔肝細胞分化系を評価系として、臓器再構築用の生体吸収性テンプレートを作製する技術の開発を目指す。
研究方法
(1)Dlk陽性細胞をGFP(green fluorescence protein)を構成的に発現するトランスジェニックマウスの胎児肝臓から分離して、抗Fas抗体投与により肝傷害を誘導したマウスの脾臓に移植し、8週間後に肝臓へのGFP陽性細胞の生着を検討した。(2)胎生肝臓細胞から血球を除いた細胞集団を培養し、OSMによる分化誘導機構を解析した。とりわけ、今回は肝細胞の増殖に対するOSMの作用を検討した。一般に、細胞増殖においては、細胞周期制御因子であるDサイクリンの発現が誘導される。そこで、肝細胞でのDサイクリンの発現に対するOSMの作用をノーザンブロットで調べた。(3)胎生肝臓は消化器官としての機能はないが、胎児期の最も主要な造血器官であるので、培養胎生肝細胞の造血支持機能を検討した。すなわち、GFP トランスジェニックマウスから調製した造血幹細胞を培養胎生肝臓細胞に加えて培養し、GFP陽性の血球産生を調べた。(4)肝再生過程と肝臓の発生分化過程は類似しているので、肝再生の機構を調べることとした。四塩化炭素で肝傷害を誘導して、OSMおよびOSM受容体の発現を調べ、さらにOSM受容体ノックアウトマウスでの肝傷害と肝再生を野生型マウスと比較した。また、肝非実質細胞の肝再生における機能を調べる目的で、肝内皮細胞の分画を行い遺伝子発現等を検討した。(5)機能的な肝細胞の大量調製を目指してES細胞から肝細胞を分化誘導する方法を検討した。2種類の発現ベクター(pPGK-IPとpCAG-IP)を用いて活性型アクチビン受容体(ALK4CA)を発現させた。pCAG-IPはpPGK-IPよりもALK4CAを多く発現させることによってアクチビンシグナルをより多く細胞内に伝達することができる。こうした3種類のES細胞をLIF存在下または LIF非存在下で培養し、肝細胞の遺伝子発現を検討した。(6)肝組織のin vitro再構築を最終目的として,生体吸収性樹脂からなる複雑な構造を持つ臓器テンプレートの作製手法と,胎児肝細胞のin vitroにおける分化誘導条件の検討を行った。
結果と考察
(1)Dlk陽性細胞を肝傷害マウスの脾臓に移植し、8週後に肝臓にGFP陽性の肝細胞が認められた。したがって、Dlk陽性細胞はin vivoでも肝細胞へと分化することが明らかとなった。(2)サイクリンDは胎生肝臓で高い発現が認められるが、成熟した肝臓では肝細胞が休止期に入ることから、その発現が認められない。OSMによる胎生肝細胞の分化誘導においては、肝細胞増殖の低下と一致してサイクリンDの発現が抑制された。しかも、この抑制にはSTAT3が必須であった。これは成熟肝細胞における応答とは反対であり、肝細胞の分化段階に応じたサイクリンの発現制御機構が示唆された。(3)胎生肝細胞には造血支持機能があることが明らかになったが、増殖する造血細胞については更なる検討が必要である。(4)OSM受容体欠損マウスでの肝再生は野生型に較べて顕著に遅延していた。OSM受容体は肝細胞のみならず、非実質細胞にも発現しており、OSMは肝細胞の増殖に直接作用するだけでなく、非実質細胞に働き、TIMP(tissue inhibitor of metal proteinase)の発現を誘導し、肝組織の構築にも作用することが明らかになった。(5)ES細胞からの肝細胞分化系。アクチビン・NodalシグナルをES細胞において伝達したところ、初期内胚葉のマーカーであるSOX17の発現が上昇することを見出した。また肝臓前駆細胞のマーカーであるDlkの発現もRNA/タンパク質のレベルで上昇していることを見出した。これらの結果によりES細胞から肝臓細胞への分化においてもアクチビン・Nodalシグナルが重要な役割を果たすことが示唆された。(6)細胞固定化のためのランダム多孔質部を持つシートを積層しつつマクロ流路を切削する新たな三次元プロセスを検討し,高空隙率ランダム多孔質部とマクロ流路をほぼ確実に成型可能と
した.一方、胎児肝細胞の培養については,三次元培養したマウス胎児肝細胞のin vivo移植実験を行い,移植後の肝組織再構築能を高めるためには,in vitro分化誘導が決定的とも言える著しい促進効果を持つことを明らかとした。さらに、市販のヒト胎生肝細胞においてもマウスと同様にOSMによる分化誘導の促進が認められた。
結論
我々が開発したマウス胎仔肝細胞の培養系を基盤技術として、肝細胞分化における細胞増殖機構に関する新しい知見が得られた。また、この培養系を基にした三次元培養系において肝細胞がより効率良く機能することを示した。胎生肝臓から分離したDlk陽性細胞はin vitroのみならずin vivoでも肝細胞へと分化することを示した。ES細胞でactivin・Nodalシグナル伝達系を活性化することでDlkを発現する細胞が効率よく出現することを示した。

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