遺伝子解析研究、再生医療等分野において用いられるヒト由来資料に関する法的・倫理的研究-その体系的あり方から適正な実施の制度まで-(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200454A
報告書区分
総括
研究課題名
遺伝子解析研究、再生医療等分野において用いられるヒト由来資料に関する法的・倫理的研究-その体系的あり方から適正な実施の制度まで-(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
宇都木 伸(東海大学)
研究分担者(所属機関)
  • 松村外志張((株)ローマン工業)
  • 石井美智子(東京都立大学)
  • 増井徹(国立医薬品食品衛生研究所)
  • 小林英司(自治医科大学)
  • 齋藤有紀子(北里大学)
  • 佐藤雄一郎(横浜市立大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究(生命倫理分野)
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
7,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
人由来試料の採取、保管、利用に関する内外の規制状況に関する情報の蒐集・分析を1つの目標とし、さらに内外の各種の組織、細胞バンクの設立・運営に関する実態調査をし、その問題点を探ることを第二の目標に、そしてさらに人由来試料の法的性格や承諾に関する理論的検討という三本の目標をあわせて第一次的目標とする。さらにそれらの成果をふまえて、わが国の社会状況に適し、受け入れられうる新しい制度を提案することをも視野に納める。その第2年である2002年度においては前年に引き続き海外の情報の集積に努める一方、実地調査に基づく我が国バンク制度の問題点の析出に着手し、さらに、理論的検討としては、包括承諾、代理承諾の法的性格・効果を検討課題とした。
研究方法
理論的課題に関しては、文献的検討が主となるが、我々としては個々の研究者が自らの原理に基づいて探求することを前提として、研究班員および関連有志の討論を通して客観的に検討する方針をとりつづけた。われわれが扱う問題は、理論的問題であると同時に、この多様な人々の健全な「感覚」を考慮するべき事項であるからである。
また、バンク調査に関しては、現実にさまざまな形で実体化している「バンク」を研究班員たちが訪問調査することとした。現実に調査にあたってみると、当方が問題と考える事項を当事者たちは全く意に介していないという状況が多く見られ、このような場合にはアンケート調査は実質的に意味を為さないと考えられ、今後も研究班員が直接的に行う実地調査の必要性を痛感した。
外国の状況についても、現在はインターネットにより多くの情報がリアルタイムで得られる状況にはなってきており、それは充分に利用したが、我々が知りたいと考える情報はやはり直接的見聞によらなければならないこと多く、今年も研究班員二名がイギリスとアメリカに渡って調査に当たった。
結果と考察
それぞれの分担報告においてはおおよそ次の諸点が論ぜられている。
宇都木報告においては、国内の諸バンクに関して遂行された訪問調査の成果の暫定的検討結果が報告されている。現在のところバンクと称している機構はきわめて多様であり、そこにおいて用いられている用語も不統一であり、それらによって意味されている内容も又きわめて不分明であることが明らかとなった。また、現在のバンクシステムが採取者・バンク・利用者という専門家の間での閉鎖的機構になっており、国民の積極的参加がうまく組み込まれていない状況は、基本的な再考を必要とするようであることが指摘されている。
松村報告は、企業としてのバンクのシステムを検討した結果として、現在のところそれらにおいてはきわめて慎重な態度で事業が進められているが、わが国における法的状況の整備の遅れの故に、基本的な資源を外国に依存している状況があり、早急な対策が必要とされていることが明らかにされている。またわが国において実施可能な制度の構築を目指しては、わが国における国民の倫理観の分析に努力した結果が示されているほか、バンクにおける資料の扱い、またそこから利用者の手にわたっていった資料の扱いを、社会が適正に監視し続ける仕組みの確立が必要であることが指摘されている。
増井報告においては、日本でも手を付け始めようとされている大規模コホート研究に関して、本来なされるべき広範な議論のないことを憂慮しつつ、イギリスにおける同種計画に関してみられる慎重な対応状況が報告されている。ヨ-ロッパ協議会の存在、個人情報保護法制の充実、国営医療制度などわが国と大きな相違を前提として考えなくてはならないわけではあるが、病歴の完備状況とその科学目的利用のための正面切った論議、匿名化に関する厳格な態度など顕著な違いが見られるようである。
佐藤報告においては、ドイツ、フランス、アメリカおよび韓国における人由来物質の研究利用に関する最近の動きが紹介されている。ドイツにおいては、ES細胞の扱いをめぐり2002年幹細胞法の制定がみられたが、その内容はきわめてアンビバラントな暫定的なものでしかない。またフランスでも2001年から待望されていた生命倫理法の改定は当初の予定より遅れているが、人胚に関する規制原案が示されている。韓国においても生命倫理法の制定が進められてはいるが、推進派と慎重派の対立が深く今後の状況は予断を許さないことが紹介されている。アメリカに関しては、FDAのバンク登録の制度の紹介、および検屍後に遺族の承諾なしに角膜を採取したことについて、検死官、バンク、病院等を相手取った損害賠償のクラスアクションが紹介されている。500万ドルを超える損害賠償が認められている状況から、佐藤は市民の理解を得られていない組織の採取に対して警鐘を鳴らしている。
小林報告は、国内の諸バンクの調査を臨床医の視点から分析したものである。個人的なバンク的システムから、大学ないし病院としての統一的システムへのシフトのみられること、さらに公的運営になる社会システムとしてのバンクへの展望が語られている。実情としては、いまだ本来的システムの必要性に対する認知度が充分高くないところに本質的な問題があることを指摘している。
近藤報告は研究協力者の手によるものである。Icelandにおける全国民を対象とする国家法に基づくゲノムコホート体制の紹介と検討である。その大略はよく知られているところであるが、本報告は法を全文訳出し、憲法、情報保護法などにあたった上、現在提起されている訴訟事件を資料としている点に意味がある。その法に内在している問題点;匿名化という概念の不明確性、opt-outシステムにみられる“拒否しない者"と“拒否し得ない者"の区分の不明確性、私企業というものの位置づけなどを明らかにしている。さらに国民の個人情報を積極的承諾なきままに“公的"に利用しうることの、法理論的根拠を探る試みが付されている。
石井報告は、わが国の民法典の歴史をたどりながら、人由来物質の由来者の承諾能力が不十分である場合の代諾権の所在を探るものである。成年後見人が承諾権をもつことは疑わしいこと、胚などについての親の権限は親本人としての決定であること、民法の規定をみる限り、本人の身体に関する事項についての意思の代行は認められていない、ということが明らかにされている。
結論
本研究のそれぞれの目標の間には相関性が強く、一つ一つを順次につぶして行くといった手法を取ることができないため、今年の報告はほとんどが中間報告という形を取らざるを得なかった。
それにしても、バンクに関する統一的制度の整備の必要性、とりわけ社会が監視するシステムの確立の要、大規模コホート研究についての国民のコンセンサスの必要性、医科学者の間での適正システムの必要性の認識の欠如、代諾についてさらなる検討の必要性などが明らかにされている。

公開日・更新日

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