静止細胞への非ウイルス性遺伝子導入ベクターの開発に関する研究

文献情報

文献番号
200200449A
報告書区分
総括
研究課題名
静止細胞への非ウイルス性遺伝子導入ベクターの開発に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
石坂 幸人(国立国際医療センター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 片岡一則(東京大学工学部)
  • 志村まり(国立国際医療センター研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究(遺伝子治療分野)
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
38,700,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
静止細胞への外来遺伝子導入を可能にする安全で簡便なベクターシステムの開発は重要であり、突破口を切り開く新しい技術としてHIV改変ベクターが期待されている。HIVはレトロウイルスでありながら、単球細胞などの静止細胞に対しても感染することが可能で、改変HIVベクターが現在この目的のために用いられている。しかし、ベクターの安全性や倫理的な側面から、将来的にはHIVの特性を生かしながら、より安全性の高い非ウイルスベクターの開発を行うことが重要と考えられる。
HIVアクセサリー遺伝子VprはHIVの静止細胞への感染様式を可能にする因子の一つと考えられており、ウイルス感染後に形成されるウイルスDNAを核内へ輸送する機能が備わっている。そして近年、Vprのこのような機能を利用した外来遺伝子導も試みられ、Vprによる外来遺伝子発現増加も期待されるようになった (J. Virol. 74, 5424-5431, 2000)。
平成13年度ではVprが有するトランス作用に必要な最少ドメインを明らかにした。即ち、96アミノ酸からなるVprのタンパク質の内、C-末45個のアミノ酸からC-末側18個または20個のアミノ酸を欠失した変異体(それぞれVp27及びVpr25)が効率良く胞体内へ取り込まれる機能を有していた。さらにVpr27を_-ガラクトシラーゼに付加し、ヒト臍帯血由来単核球細胞の培養液中に添加すると、約90%の細胞に同タンパク質の活性が誘導されることが明らかとなった。平成14年度では、Vpr25または27が遺伝子導入ベクターとして機能する可能性を明らかにする一方、タンパク質を用いた形質転換誘導を行うベクターとしての機能もあわせて明らかにする。
研究方法
・ Vpr27及びVpr25の静止細胞への取り込み;同定されたそれぞれのペプチドにビオチンを付加した形で化学合成し、牛胎児血清無しの状態で3日間培養した非分裂細胞の培養液中に添加し、一晩37度で培養した後、ペプチドの胞体内への取込みの有無をアビジン化FITCを用いて検出した。・ Vpr27とプラスミドDNAの複合体形成能と遺伝子導入;プラスミド100 ngに対して、種々のVpr27を添加し、室温で1時間放置した後、アガロース電気泳動を行い、DNAの泳動の様子を観察した。・ Vpr27とリコンビナント蛋白質の複合体の細胞内への取り込み;リコンビナントGFPを調整し、これに種々のモル比でVpr27を-S-S-結合で付加し、培養細胞の培養液中に添加した。一晩置いた後、細胞を固定し、抗GFP抗体を用いて取り込まれたリコンビナントを検出した。また、癌抑制遺伝子であるp53のGST融合蛋白質に同じくVpr27を付加し、p53遺伝子が欠失しているヒト骨肉腫細胞株であるSAOS-2細胞の培養液中に添加した。翌日、細胞を固定し、抗p53抗体を用いた免疫染色法により取り込まれたp53蛋白質を検出した。取り込まれた蛋白質の機能を見るためにDNA損傷誘発因子であるMMCを添加し、p53の核内への移行の有無を同様の方法で解析した。・ ポリエチレングリコール・ポリリジンからなるポリマーによる生体内での遺伝子導入;ポリエチレングリコール・ポリリジンからなるポリマーにDNAを包埋し、マウス尾静脈から投与し、各組織での外来遺伝子発現を観察した。
結果と考察
成果と考察=Vpr27及びVpr25の静止細胞への取り込み;牛胎児血清非存在下で3日間培養した後、BrdUの取り込みを行い、細胞周期の動きを観察した。その結果、コントロールと比較して、これら細胞のBrdUの取込みは検出されず、G0期で細胞周期が停止していることが示された。このような細胞の培養液に約10 ug/mlの濃度で各ペプチドを添加し、一晩37度で培養し、ペプチドの胞体内への取込みを解析すると、Vpr27では核内や細胞質中に、Vpr25は主として核内にペプチドの集積が認められた。・ Vpr27とプラスミドDNAの複合体形成能と遺伝子導入;Vpr27ペプチドとプラスミドDNAの複合体形成の有無をゲルシフトを用いて行ったところ、約100 ngのプラスミドDNAに対して4 ug以上のVpr27ペプチドを添加するとプラスミドDNAのマイナス荷電が中和されることにより電気泳動上、泳動されないことが明らかになり、2者が複合体を形成することが示された。リポーター遺伝子としてルシフェラーゼ遺伝子を用いて、遺伝子導入効率を定量した。その結果、コントロールのプラスミドDNAにより誘導される活性に比較して、ペプチドを添加した群では約25倍の遺伝子導入効率の上昇が認められた。・ Vpr27とリコンビナント蛋白質の複合体の細胞内への取り込み;GFP蛋白質に対してVpr27ペプチドをモル比として1:1、3:1及び10:1で付加し、培養液中に添加された蛋白質の胞体内への取り込みを観察した。その結果、モル比の増加に比例して胞体内に取り込まれる量及び頻度が上昇した。また取り込まれたGFPは、主として核内に存在することが示された。P53遺伝子産物についても同様の方法で胞体内への取り込みを観察した。その結果、3 ug/mlの付加体を添加すると、効率良く細胞質内に取り込まれた。MMC後、核内への移行を観察したが、核内への移動は認められなかった。Vpr由来ペプチドがVpr自身と同様、細胞の培養液中に添加されるだけで胞体内に取
り込まれることが示され、さらにこの取込みが細胞の分裂を必要としないことが分かった。特にVpr25では、核内に集積する傾向が認められた。Vpr27を用いた遺伝子導入の可能性が示されたが、導入効率は必ずしも高くは無かった。一方、蛋白質へ付加することにより、目的蛋白質である高分子を効率良く胞体内へ運搬することが示された。・ 外来遺伝子を包埋したブロックポリマーを尾静脈からマウスに打ち込むとプラスミドDNA単独で投与した場合と比較して、有為にDNAの安定性が増加した。また肝臓組織における外来遺伝子発現も投与後三日間認められた。このようなシステムはブロックポリマーの表面に様々な分子を結合させることにより、指向性をもたせることが可能になる。例えば、癌細胞に選択的に発現している膜蛋白質に結合するペプチドを付加させれば、癌標的が可能なナノ粒子として様々な用途に使用できる利便性の高い非ウイルス性ベクターが可能になると期待される。
結論
Vpr由来ペプチドが蛋白質などの高分子を細胞外から胞体内また核内に効率的に運搬させることが分かった。しかし、プラスミドDNAとは複合体を形成するものの、遺伝子発現効率は低く、このペプチド用いた遺伝子導入を効率的に行うためには、他の分子との併用して行く必要性が考えられる。分担研究者の片岡博士をはじめとして種々のナノミセルが開発されている。これらナノミセルの内部にはプラスミドDNAが包埋され、遺伝子が標的細胞に導入される。この際、ほとんどがエンドゾームを介した導入であり、エンドゾーム膜が破壊され、遺伝子が胞体内へ流入することが必須である。しかし、エンドゾームから胞体内へのトラフィッキング効率は一般的に低く、遺伝子導入ベクターシステムとして機能させるための大きな障害になっている。今回Vpr由来ペプチドは高分子を効率良く核内にも輸送できたことから、今後Vpr25または27をブロックポリマーなどのナノミセルに付加し、遺伝子導入ベクターとしての可能性を明らかにできるものと期待される。

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