ウイルスベクターの安全性及び有効性を評価する実験系の開発及び標準化に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200448A
報告書区分
総括
研究課題名
ウイルスベクターの安全性及び有効性を評価する実験系の開発及び標準化に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
倉田 毅(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 俣野哲朗(国立感染症研究所)
  • 北村義浩(東京大学医科学研究所)
  • 神田忠仁(国立感染症研究所)
  • 西山幸廣(名古屋大学医学部)
  • 佐多徹太郎(国立感染症研究所)
  • 山田章雄(国立感染症研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究(遺伝子治療分野)
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
50,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
各ウイルスベクターのリスクと安全性確保に必要な前臨床試験を網羅し、標準的な試験方法とその成績を解析する基準を明確にすることが本研究の最終目的である。レトロウイルスベクターとアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターでは、リスク評価の基盤となるベクターの体内動態の解析を進めた。臨床試験が計画されている国産のセンダイウイルス(SeV)ベクターは、非増殖性の改良型ベクターの急性毒性、体内動態、導入遺伝子の発現と免疫誘導能について調べた。増殖性弱毒化ヘルペスウイルスを悪性腫瘍治療用ベクターとして臨床応用するために、有効性・安全性の評価に最も適した実験系が何かを明らかにするとともに、対象となる悪性腫瘍に応じた増殖性弱毒化ウイルスの作製を目指した。今後、前臨床試験に使われる標準的な動物となりうるカニクイサルの MHC class I を詳細に解析し、型の判別方法を検討した。
研究方法
1)EGFP-tubulin発現AAVベクターを作り、4頭のカニクイサルの大腿静脈に接種した。90日目に解剖し、各臓器から抽出したDNA中のベクターを、PCRによって半定量的に検出した。また、tubulin蛋白質を抽出・濃縮しウエスタンブロット法でEGFP-tubulin融合蛋白質を検出した。ホルマリン固定標本を作り、病理組織学的解析をおこなった。
2)AAV1~5型ゲノムとの塩基配列の相同性を利用して、カニクイサルに潜伏・持続感染しているAAVゲノムを単離し、AAV9、10型とした。
3)自律複製能を獲得したレトロウイルスベクターの組み換え体と基本的に同じであるマウス白血病ウイルス(A-MLV)をカニクイサルに接種して、1ヶ月後の各種臓器でのプロウイルスの存在と病理所見を調べた。ウイルス接種にはA-MLV感染カニクイサル細胞を用、接種の前後2日間サルにサイクロスポリンAを投与して免疫抑制状態にした。
4)SIVのGag遺伝子を発現するセンダイウイルスベクターをアカゲサルに接種し、増殖能を持つベクターと増殖能を欠いた改良型ベクターによるGag特異的Tリンパ球誘導能を比較した。改良型ベクターを接種したアカゲサルの鼻腔粘膜、扁桃、後咽頭リンパ節、腋窩リンパ節、血液中の、Gag特異的CD8陽性Tリンパ球を定量した。
5)担癌マウス動物に、UL56欠損HSV1型(HF 10)を含む弱毒化HSV数種を接種し、抗腫瘍性と安全性を調べた。また、HSVの機能不明な遺伝子群の各遺伝子産物に対する特異抗体、真核細胞発現系、及び遺伝子欠損ウイルスを作製し、各遺伝子産物のウイルス増殖、病原性発現における役割について検討した。
6)1家系8頭のカニクイザルと、無作為に選択した32頭のカニクイザルの抹消血からmRNAを抽出し、A locus 特異的なプライマーを使ったRT-PCRで、MHC class I A locus を増幅した。DNAの塩基配列を基に、MHC class I A locus のAlleleを特異的に検出するためのPCR-SSP用プライマーを設定した。
(倫理面への配慮)動物実験は全て国立感染症研究所において行われる動物実験に関する基本方針(昭和62年11月19日)ないし名古屋大学医学部倫理規定に沿って、審査委員会に実験計画を申請し、許可を得て行っている。
結果と考察
1)EGFP-tubulin融合蛋白質を発現するAAVベクターを経静脈接種して90 日経過後のカニクイザルでは、脾臓、各リンパ節、扁桃、肝臓には細胞10^5個あたり10^4 copy以上のベクターが、筋肉、気管、心臓、肺、胆嚢、骨髄などには細胞10^5個あたり10^3~10^4copyのベクターが検出された。扁桃、脾臓では、50~250mgの組織あたり1~5ngのEGFP-tubulin融合蛋白質の発現が確認された。これらの臓器・組織で、AAVベクターに起因すると思われる病理組織所見はなかったが、AAVベクターが血流中に入ると、患者の様々な臓器で治療用遺伝子を発現し続けることを示しており、治療用遺伝子の性質によっては非標的臓器での発現が重大な副作用をもたらす可能性がある。今後、特に生殖細胞への組み込みに留意しながら、さらに長期の観察実験を行う必要がある。
2)カニクイザルの肝臓、脾臓、回腸、副腎、リンパ節などに、2種の新たなAAV関連ゲノムを検出し、AAV9型、10型とした。ヒトにはAAV2、5型等が潜伏・持続感染しており、ヒトにAAVベクターを投与すると、AAVとベクターの組み換え体の出現等が危惧されるが、カニクイサルはこれらを調べる優れた動物モデルであることがわかった。
3) A-MLV発現細胞を接種したサルの臓器から抽出したDNAを鋳型にし、envないしpol遺伝子を増幅するnested PCRによって、肺、脾臓、肝臓、大脳等でプロウイルスDNAを検出した。病理組織学的には病変と判定できるものはなかったが、プロウイルスは、長期的には癌の原因となりうるので、長期の観察が必要である。
4)ワクチン接種をうけたアカゲサル全頭において、異常臨床所見は認められなかった。非増殖性のセンダイウイルスベクター接種によって誘導されるGag特異的Tリンパ球は、増殖型ベクターによるものと同レベルであり、安全性が高い非増殖型ベクターが高い細胞性免疫誘導能を持つことがわかった。さらに、非増殖型ベクターを接種したアカゲサルの扁桃由来のリンパ球中にGag特異的CD8陽性Tリンパ球が認められ、効率よい粘膜免疫の誘導も示唆された。非増殖型センダイウイルスベクターを用いたエイズワクチンは、臨床試験を行う準備がほぼ完了したと考えられる。
4)6週令のBALB/Cマウス腹腔内に大腸癌由来細胞Colon26細胞を接種した腹膜播種モデルに、7、8、9日目に1×10^7PFUのHF10及びHh101(HF10とhrR3のrecombinant でUL56、UL39遺伝子を欠損し、感染細胞に細胞融合を誘導する)を腹腔内接種した。HF10、Hh101を3日間連続投与したものでは100%生残したが、非接種群では約25%だった。腫瘍塊内部にはHSV抗原が認められたが、ウイルス感染による細胞死だけでは抗腫瘍活性を説明できず、免疫系の関与が予想された。マウスモデルで抗腫瘍性、安全性についてほぼ確立できたHF10を臨床試験に使用するため、ヒトに対する安全性がどのような試験で確保できるか、早急に明らかにしたい。
5)カニクイサルMHC class I A locus について、1家系8頭で4種類のAlleleが、ランダムに選択した32頭で10種類のAlleleが検出された。カニクイザルのMHC class I A locus の解析は、煩雑なシークエンス解析よりも、簡便なマルチプレックスPCR-SSPを用いる方が有用であることがわかった。今後B locus についても同様に解析し、A locus と合わせたハプロタイプを明らかにする必要がある。
結論
健常なサルに投与されたRCRやAAVベクターは、1~3ヶ月後も各種臓器に存在していた。AAVベクターの場合は、少なくとも一部の臓器で導入遺伝子の発現がみられ、ベクターが血流中に入ると、標的臓器以外にも感染し、治療用遺伝子を発現し続けてしまうことを示している。導入遺伝子によっては重大な副作用をもたらす可能性があり、今後ベクターの残存期間、存在する細胞種、存在様式、導入遺伝子の発現、病理所見等を長期に渡って追跡する必要がある。遺伝子治療の対象となる患者は免疫能が低下していると予想されるので、免疫抑制下でのベクターの体内動態、病原性等に留意した検討も必要である。非増殖型SeVベクターは、安全性が向上し、しかも高い免疫誘導能を持つので、HIV感染予防ワクチン抗原発現系として実用化が期待できる。増殖性弱毒化HSV欠損ウイルスは、マウスモデルで調べる限り強い抗腫瘍活性を示した。末期癌患者に対する臨床応用を念頭に、安全性を確保するための前臨床試験を進める必要がある。

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