筋ジストロフィーに対する遺伝子治療を実現するための基盤的研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200447A
報告書区分
総括
研究課題名
筋ジストロフィーに対する遺伝子治療を実現するための基盤的研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
武田 伸一(国立精神・神経センター神経研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 鈴木友子(国立精神・神経センター神経研究所)
  • 埜中征哉(国立精神・神経センター武蔵病院)
  • 渡邊武(九州大学生体防御医学研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究(遺伝子治療分野)
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
50,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
Duchenne型筋ジストロフィー (DMD) は、DMD遺伝子の変異によるX-連鎖性の進行性筋疾患である。DMDに対する有効な治療法はなく、ウイルスベクターを用いたdystrophin cDNAの遺伝子導入が有効な治療法の一つと考えられる。DMDに対して遺伝子治療法を開発するためには、ホストにおける免疫寛容を誘導する必要がある。しかも、治療法を開発するためには、適切な治療用のモデル動物を開発する必要がある。そこで、主任研究者の武田は、以下のように分担研究者と協力して研究を推進した。
分担研究者としての武田は、免疫原性が低く、導入遺伝子の長期発現が可能なアデノ随伴ウイルス (AAV)ベクターを用いて、短縮型でありながら、筋ジストロフィーの表現型を改善する能力を持つmicro-dystrophinの遺伝子治療についての研究を行った。
一方、分担研究者の鈴木は、主任研究者の武田と協力して、ジストロフィンのホモログであり、ジストロフィンの機能をある程度代償できるユートロフィンに着目した。特に、これまで報告したアデノウイルスベクター及びIL-6投与によるユートロフィン過剰発現がプロモーターの活性化によるものか検討する。
分担研究者の埜中は、主任研究者である武田と協力して、筋ジストロフィー犬に関する研究を行った。ヒトDMDに類似した重症で進行性の経過を辿り、治療用モデルとして注目されている筋ジストロフィー犬のコロニー確立を図る。
最後に、分担研究者の渡邊は、遺伝子治療の実現のために最も重要である免疫寛容の誘導に関する基礎的な実験を行った。
研究方法
1. AAVベクターを用いた遺伝子導入(武田)
(1) 機能的なmicro-dystrophin cDNAの開発
ロッド・リピートをそれぞれ4, 3, 1個持つロッド短縮型micro-dystrophin cDNAを作製した。各micro-dystrophinの機能を検定するために、micro-dystrophin transgenic (Tg) mdxマウスを作出し、血清CK値と骨格筋病理像、電気生理学的な張力発生を指標として解析を行った。
(2) 治療用AAVベクターのmdxマウス骨格筋への導入と効果の判定
micro-dystrophin CS1 cDNAの5', 3'-非翻訳領域及びalternative splicingを生じているexon 71-78を欠失させたΔCS1 cDNAをMCKプロモーターに連結した治療用AAVベクター(AAV-MCK-ΔCS1)を作製し、10日齢及び5週齢のmdx骨格筋へ導入し、導入発現の効果を中心核線維の比率、張力の上から検討した。
2. アデノウイルスベクターによるユートロフィン発現増強(鈴木)
ユートロフィンプロモーターをtransgeneに組み込んだトランスジェニックマウス{ A-utrophin promoter / nls LacZ Tg mouse;background : C57BL/6 mouse}}を作製する。得られた各ラインについて、各臓器における内因性ユートロフィン発現と核におけるLacZ発現との関係を免疫組織化学的に解析する。
3. 新たな治療用モデル動物(埜中)
(1) 平成13年3月厚生労働省によって国立精神・神経センター内に中型実験動物研究施設が建設され、施設内及び運営面の整備を進めた結果、同年11月より筋ジストロフィー犬の飼育が開始された。平成14年6月からは、同施設内での繁殖を開始する。
(2) 筋ジストロフィー犬及び同腹の正常対照犬について、1週齢の幼犬から1歳齢の成犬に至るまで、系統的な解剖を行い、特に骨格筋と心筋については、組織学的、免疫組織学的に詳細な解析を行う。
4. 免疫寛容の誘導(渡邊)
(1) 人工リンパ節の構築
これまで行ってきた研究を背景として、生体適合性高分子材料と胸膜由来TEL-2ストーマ細胞及び様々なサイトカインの組み合わせで、マウスの腎皮膜への移植を行う。
(2) 未熟B細胞の細胞死の分子機構
未熟B細胞株WEHI231細胞ではBCRシグナルによりアポトーシスが誘導される。そこでBCR刺激後、比較的早期にWEHI231細胞に誘導される遺伝子の検索を行う。
結果と考察
研究成果と考察=1. AAVベクターを用いた遺伝子導入(武田)
(1) 機能的なmicro-dystrophin cDNAの開発
CS1-Tg mdx マウス骨格筋では筋張力を含む全ての指標において、B10マウスと有意差がないレベルまで回復がみられた。一方、M3-Tg mdxマウス骨格筋については、目立った表現型の改善は認められなかった。AX11-Tg mdxマウス骨格筋は両者の中間の改善を示した。
(2) 治療用AAVベクターの作製とmdxマウス骨格筋への遺伝子導入
AAV-MCK-ΔCS1を作製し、10日齢及び5週齢のmdxマウス骨格筋へ導入したところ、24週後の時点でもmicro-dystrophinの筋鞘における発現が確認された。特に5週齢への導入では、ジストロフィン陽性線維の比率が高く、しかも陽性線維では中心核線維の比率が有意に低下していいた。張力の測定では治療用AAVベクターを導入した骨格筋で単位面積当たりの張力が増加する傾向を認めた。今後、筋ジストロフィー犬の骨格筋に対し導入実験を行う。
2. アデノウイルスベクターによるユートロフィン発現増強(鈴木)
Southern Blotting法・PCR法にてトランスジェニックマウスを判別し、独立した4ラインを確立した。核におけるLacZ発現について解析した結果、幼弱齢・成熟齢いずれの時期においても、全ての系統に共通して肝臓、腎臓、大腸、精巣での発現が認められ、細胞レベルでも内因性ユートロフィンの発現と一致していた。心筋・骨格筋・血管平滑筋では、核におけるLacZ発現を認めなかった。
3. 新たな治療用モデル動物(埜中)
(1) 平成14年度内にキャリア犬を用いた4回の分娩を経験した。産仔数は6?8匹であり、初期にはGolden RetrieverとBeagleのhybrid効果もあって産仔数が多く、分娩困難も経験したが、その後は管理体制を確立することができた。平成15年3月末現在、筋ジストロフィー犬7匹、キャリア犬19匹が飼育中である。
(2) 筋ジス犬の心臓について、系統的な病理的検索を行ったところ、左室作業心筋には変性及び線維化の所見はなかった。ところが、刺激伝導系のPurkinje線維には選択的な空胞変性が観察された。レクチン染色、電顕を用いた検討から、空胞にはglycogenが貯留していると考えられる。
4. 免疫寛容の誘導(渡邊)
(1) 人工リンパ節の構築
生体適合性高分子材料と、胸腺由来TEL-2ストローマ細胞及びある種のサイトカインを組み合わせてマウスの腎皮膜下に移植することにより、移植3週間後には、少なくとも50%以上の移植組織において、リンパ節の基本構造を備えた組織構造物を人工的に構築することに成功した。
(2) 未熟B細胞の細胞死の分子機構
抗原受容体シグナルによって誘導される未熟B細胞の細胞死には、抗原受容体シグナルによる新規タンパクの合成が必要であることを示した。その新規タンパクの標的はミトコンドリア膜であり、膜電位の低下とチトクロムCの放出が細胞死の引き金になることを示した。その新規タンパクの候補としてiWH37 を単離した。
結論
1. AAVベクターを用いた遺伝子導入
(1) transgenic mdxマウスを用いた検定により、rod repeatを4個、hingeを3個持つCS1 micro-dystrophinが充分な機能を有することが明らかになった。
(2) CS1 micro-dystrophinをAAVベクターに組み込み、MCKプロモーターを用いて発現させると、mdx骨格筋でも長期間の発現が観察された。しかもmicro-dystrophin陽性筋線維では、中心核線維の減少と単位面積当たりの張力の増加が観察された。
2. アデノウイルスベクターによるユートロフィン発現増強
ユートロフィンの発現は、各臓器や細胞によって転写レベル、mRNAの安定化、蛋白の安定性によって、複雑に制御されていることが明らかになった。
3. 新たな治療用モデル動物
(1) 国立精神・神経センター内に設立された中型実験動物研究施設において、筋ジストロフィー犬の繁殖が開始され、コロニーの確立をみた。
(2) 筋ジストロフィー犬は、作業心筋に変性を生ずる以前に、刺激伝導系のPurkinje線維に選択的な空胞変性を生じていた。
4. 免疫寛容の誘導
(1) 生体適合性分子材料とストローマ細胞及びサイトカインを組み合わせて移植することにより、リンパ節を人工的に構築することに成功した。
(2) 未熟B細胞の細胞死に関わる分子としてiWH37を単離し、同分子の標的がミトコンドリアにあることを明らかにした。

公開日・更新日

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