冠動脈攣縮原因遺伝子のゲノム的解析と分子病態の解明(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200445A
報告書区分
総括
研究課題名
冠動脈攣縮原因遺伝子のゲノム的解析と分子病態の解明(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
小池 城司(九州大学医学部附属病院循環器内科)
研究分担者(所属機関)
  • 下川宏明(九州大学大学院医学研究院循環器内科学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究(ヒトゲノム分野)
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
虚血性心疾患は、遺伝子異常による遺伝的要因及び食事・生活環境などの非遺伝的要因が複雑に関与する生活習慣病(多因子疾患)の代表的なものの一つであり、その原因解明およびより効果的な治療法の確立は国民の健康増進を計る上で重要な課題である。虚血性心疾患の原因には、冠動脈硬化による器質的な狭窄と機能的な冠動脈攣縮の二つがあり、そのうち冠動脈攣縮による虚血性心疾患に対する遺伝・ゲノム解析はほとんどなされていない。冠動脈攣縮が、狭心症・急性心筋梗塞・突然死などの虚血性心疾患全般の成因に深く関与し、また、冠攣縮性虚血性心疾患は欧米に比べて特に日本人に非常に多いことは以前より認められている。そこで本研究では冠動脈攣縮の遺伝・ゲノム解析を進め、原因遺伝子を同定することで、その原因解明およびより効果的な治療法の確立を目指すことを目的とする。
研究方法
本研究は遺伝子多型の同定および血液からのDNA抽出とPCR法による遺伝子多型の決定及びその結果を用いた遺伝学・ゲノム学的解析が中心となる。具体的には以下の方法で行う。
1. 冠攣縮性虚血性心疾患のリクルートおよびその血液サンプルからのDNA抽出
本研究では、九州大学循環器内科において、1994年9月より現在までの間に入院し胸痛を主訴として心臓カテーテル検査を施行された患者の中より、以下に示すような患者群を対象に行なう;冠攣縮性狭心症群217名、微小血管狭心症群104名、対照群70名(動脈硬化性狭心症、冠攣縮性狭心症及び微小血管狭心症が否定された症例)。本研究での診断基準は当科におけるもの(Mohri et al., Lancet 351: 1165-1169, 1998)により、DNA解析のインフォームドコンセントの得られた患者のみから20mlの採血を行ない、その血液サンプルよりDNAの抽出を行ない、後述の遺伝解析に用いた。また、スイス、チューリッヒ大学のThomas F. Luscher教授が中心となったヨーロッパの研究グループ(ENCORE I研究)から、冠攣縮性虚血性心疾患者集団を含んだ347検体分のDNAサンプルおよび臨床データの提供を受けた。
(倫理面での配慮)本研究は倫理面への配慮として「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針(平成13年3月29日文部科学省・厚生労働省・経済産業省告知第1号)」を遵守することとする。具体的には、本研究の目的、内容、人権擁護上の配慮、研究方法による研究対象者に対する不利益、危険性の排除を説明し、承諾を得られた研究対象者のみからDNA抽出用の採血を施行する。また、本研究の研究プロトコールについては、九州大学大学院医学研究院の遺伝子解析ガイドラインに沿って実施する。なお、この研究プロトコールは、九州大学大学院医学研究院のヒトゲノム・遺伝子解析倫理審査専門委員会において審議され、承認されたものである。
2. 候補遺伝子群の遺伝子多型の同定
我々のこれまでの研究結果から、血管平滑筋収縮に関わるprotein kinase CやRho/Rho-kinaseを含むシグナル伝達機構が冠動脈攣縮に重要な役割を果たしている事を明らかにしてきた。そこで、それらの蛋白質をコードする各遺伝子の遺伝子多型を同定する。まず、NCBIなどの各種データベースを検索し、それらの遺伝子群での遺伝子多型の情報を検出し、それらが日本人にも認められるかを検証する。それで遺伝子多型を同定できなかった場合には本研究ではシークエンスデータベースの情報をもとにPCR方・RT-PCR法によりそれら遺伝子群のプロモーター・翻訳領域のクローニングおよびシークエンスを行ない、それらの遺伝子多型を同定する方法を用いる。
3. 冠動脈攣縮の遺伝学・ゲノム学的解析
1で述べた冠攣縮性虚血性心疾患患者群(冠攣縮性狭心症患者群、微小血管狭心症患者群)およびその対照群において2で検討した遺伝子群を含めた各種候補遺伝子の遺伝子多型を決定し、それらの遺伝子が冠攣縮に関与するか否かを関連解析により検討する。さらに、本研究で同定される様々な遺伝子多型のパターンと様々な薬剤の冠攣縮性狭心症及び微小血管狭心症に対する治療効果を解析する。それに加えて、日本人の患者集団およびCaucasianの患者集団における冠攣縮の遺伝的要因を比較検討することにより、冠攣縮に関わる遺伝的背景の人種差を解明する。候補遺伝子(群)の遺伝子多型による相関を検出できなかった場合は、300-400の遺伝マーカー(SSLPs等)を用いて全ゲノムを検索する。
結果と考察
1. 本研究における患者・対照群のリクルートおよびそのDNA抽出について
本研究では前述した患者・対照群から、現在までに207検体分の血液サンプルからDNA抽出を完了している。当科では、約50名/年の本研究の対象となる患者群が新たに診断されており、それらの患者群も逐次本研究に加えていく予定である。今年度は昨年度の報告時から49名の新規患者が本研究にリクルートされた。
また、スイス、チューリッヒ大学のThomas F. Luscher教授が中心となったヨーロッパの研究グループ(ENCORE I研究)から、冠攣縮性虚血性心疾患者集団を含んだ347検体分のDNAサンプルおよび臨床データの提供を受け、本研究での遺伝解析に用いた。
2. 候補遺伝子群遺伝子多型同定について
これまでの動物モデルを用いた冠動脈攣縮の成因に関する我々の研究結果から、血管平滑筋収縮に関わるProtein kinase CやRho/Rho-kinaseを含むシグナル伝達機構の異常が関与していることを明らかにしてきた。そこでまずその中心的な分子であるRhoAおよびRho-kinaseの遺伝子多型の同定を行ない、それについては平成12年度に報告した。平成13年度も引き続き候補遺伝子群の遺伝子多型の探索を行ない、Protein kinase C ?および?遺伝子の新規遺伝子多型の同定し、また、Myosin phosphataseなどいくつかの遺伝子については遺伝子多型の探索を行なったが、日本人での新規の遺伝子多型は同定できなかったことを報告した。今年度も引き続き残りの遺伝子群についての遺伝子多型について検討を行なったが、新規の遺伝子多型は同定できなかった。ヒトゲノム計画からのシークエンス情報をより効率よく利用し、それらの遺伝子多型を同定する予定である。ヒトゲノム計画により、遺伝子多型の情報も整備されてきているが、その基礎が日本人以外の遺伝情報であり、それが日本人には必ずしも利用できない事が指摘されており、本研究でもそれが認められた。このことより、これらの候補遺伝子群の日本人版遺伝子多型を同定する事がより重要であると考える。
3. 冠動脈攣縮の遺伝学・ゲノム学的解析について
1で述べたDNAサンプルを用いて、本研究で我々が同定したRho-kinase遺伝子G930T多型、および既知のACE I/D多型、AGT M235T多型、AGTR1 A1166C多型、NOS3 T-786C多型についての遺伝子多型を決定し、冠動脈攣縮の遺伝学・ゲノム学的解析を行なった(表3)。これまでの解析結果からは患者・対照群間ではRho-kinase遺伝子G930T多型が冠動脈攣縮に相関する傾向は認めたが有意ではなかった。これは対照群にT alleleを持つ個人がないためであると考えた。そこで健常人でのallele頻度を用いた解析では冠動脈攣縮で有意にT alleleの頻度が高いことを認めた。このことから冠動脈攣縮の5%がG930T多型のT alleleで説明することが可能である。今後は患者・対照サンプルをさらに増やした遺伝学・ゲノム学的解析が必要と考える。それ以外の遺伝子多型については現在のところまで冠動脈攣縮との間で相関を認めていない。特に、NOS3遺伝子多型に関してはこれまでの熊本大学グループからの報告と異なる点で興味深い。また、ENCORE I研究のDNAサンプルを用いた上記遺伝子群の遺伝子多型の決定を開始したところであるが、そのうちRho-kinase遺伝子G930T多型についてはCaucasianの検体では認められず、前述の日本人での冠動脈攣縮との相関解析の途中経過および冠動脈攣縮が日本人に多いことと合わせて、冠動脈攣縮の人種差の一部が説明できる可能性がある。
結論
本研究は、日本人に非常に多い冠攣縮性虚血性心疾患について、我々のこれまでの基礎および臨床研究を基に、遺伝的解析を進め、その原因遺伝子を同定することを目的にしている。これまでの研究結果からRho-kinase遺伝子G930T多型が冠動脈攣縮に関与している可能性が示唆された。引き続きRho-kinase遺伝子G930T多型がRho-kinase遺伝子の機能におよぼす影響についての検討を継続し、そのメカニズムの解明が待たれる。本研究を続けることで各種冠動脈攣縮における遺伝的要因を明らかにでき、冠攣縮性虚血性心疾患に対する新たな治療法・新薬の開発や、現在ある薬剤のより効果的な使用につながり、国民の福祉に役立つと考える。

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