ウイルス性慢性疾患の発症に関与する宿主遺伝子の解析(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200444A
報告書区分
総括
研究課題名
ウイルス性慢性疾患の発症に関与する宿主遺伝子の解析(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
鈴木 哲朗(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 神代正道(久留米大学医学部)
  • 松浦善治(大阪大学微生物病研究所)
  • 小池和彦(東京大学医学部)
  • 亀岡洋祐(国立感染症研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究(ヒトゲノム分野)
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
30,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
一般にHCVまたはHBV感染に起因する慢性肝炎患者は、10年から30年の経過で30~40%が肝硬変さらには肝細胞癌へ移行するが、慢性肝疾患の進行には個人差が大きいことが知られている。感染ウイルス量の違いがその主要な原因となる症例は限られており、宿主細胞側の要因に左右されるケースが数多く存在すると考えられる。ウイルス慢性肝炎に対する、現在最も有効な治療法はインターフェロン(IFN)療法であるが、効果の期待できるC型肝炎の場合でも著効を示すのは30%程度であり、その治療効果は個人差が大きい。本研究では、ウイルス性慢性肝疾患の発症、進展に関わる宿主遺伝子、またIFN感受性に関連する宿主遺伝子をそれぞれ同定し、その情報を基に新たな予防法、個々の患者に最適な治療法を提供することを目的とする。
研究方法
HCVコア蛋白を誘導発現するヒト肝癌細胞株、トランスジェニック(TG)マウスの肝組織を用いてcDNAマイクロアレイ解析を行った。発現に差の認められた遺伝子群についてRNAドットブロット、RT-PCRまたはTaqMan PCR法で確認した。肝疾患関連遺伝子群について一塩基多型(SNP)解析を直接シークエンシングにより行った。また、TaqManケミストリを利用した配列検出系で染色体1番、2番のSNP解析を行った。
結果と考察
(1) HCV蛋白を発現する培養肝細胞、TGマウスを用いた肝疾患関連遺伝子の探索
1-1. HCV発現培養肝細胞を用いた疾患関連遺伝子の探索
HCVコア蛋白は、細胞増殖、アポトーシス等に影響することからHCVの病原性に関与する因子と考えられている。コア蛋白が宿主細胞の遺伝子発現に及ぼす作用を明らかにするためヒト肝由来細胞を用いて誘導発現系を作成した。HepG2細胞にHCVコア遺伝子を組み込んだHep191細胞は、1)Ponasterone Aの濃度依存的にコア蛋白質を誘導発現する、2)発現レベルは、C型肝炎患者の肝組織中とほぼ同等である(50~1500 pg/mg total protein)、3)非誘導下では、全く発現を認めない、といった特徴を持つことがわかった。このHep191細胞を用いて、コア蛋白質の誘導に伴って発現が変化する細胞遺伝子をマイクロアレイ法で検索し、発現が2倍以上上昇または低下する遺伝子20種類を同定した。この中には、アポトーシス関連遺伝子(Inhibitor of caspase-activated DNase , Defender against cell death 1, Cytochrome C oxidase subunit, TNF receptor 1)、RNA/蛋白代謝関連遺伝子(hNop56, Ribonucleoprotein A2/B1, hnRNP H, Double-stranded RNA adenosine deaminase)、シグナル伝達系遺伝子(Insulin-like growth factor 2, Evi-1, Putative insulin-like growth factor II associated protein)などが含まれていた。これらの発現変化から、Hep191細胞ではコア蛋白の発現により抗アポトーシス状態がおこっている可能性が考えられた。実際このHep191細胞では、抗Fas抗体またはTNFaで誘導される細胞DNAの断片化が抑制され、caspase 3活性が低下していることがわかった。HCVコア蛋白と相互作用する細胞因子をtwo-hybrid法でスクリーニングし、proteasome subunit PA28γを得た。PA28γとコア蛋白との結合を、培養細胞およびTGマウス、ヒト肝組織ですでに確認しているが、今回さらに、免疫沈降法によってコア蛋白とPA28γとの結合領域を同定した。また経時的な細胞内局在観察などから、PA28γがコア蛋白の細胞内安定性および核局在に関与することを見出した。
1-2. HCV TGマウスを用いた遺伝子発現プロファイリング
マイクロアレイ解析の結果、発現が上昇する遺伝子が16種類、低下するものが15種類であった。このうちいくつかの遺伝子についてプローブを作製し、ドットブロットにより実際の発現の違いを確認した。DNAチップに用いたマウスペア以外に、3ヶ月齢のペア二組からも同様にRNAを抽出し、ドットブロットに用いた。その結果、発現が低下していたinsulin-like growth factor binding protein 1 (IGFBP1)とlipocalinについては全てのペアにおいてTGマウスで発現の低下が認められた。IGFBP1は文字通り血液中でIGFと結合し、その活性を調節する役割を担っている。IGFは細胞増殖に深く関与していることが知られている。lipocalinも分泌蛋白であり、血液中でレチノールなどの疎水性分子と結合してその輸送や受容体結合、高分子複合体形成などを助けており、免疫反応や細胞のホメオスターシスに関与している。また最近ではアポトーシスを促進するという報告もあり、このことから細胞増殖に関与していることが示唆される。これらの遺伝子の発現低下が、HCVコア蛋白による細胞増殖、細胞環境撹乱に寄与している可能性が考えられる。
また、エタノール含有食を与えたHCVコア蛋白TGマウスについても肝臓における遺伝子発現変化を同様に解析した。8種類の遺伝子の発現変化を観察し、エタノール食TGマウスで発現が増加している遺伝子には細胞増殖に関わるgalectin-1が、低下している遺伝子にはmetallothionein, GST-M1B, GST-P1などのantioxidant遺伝子が含まれていた。アルコール摂取によるC型肝炎患者の病体悪化は臨床的によく知られているが、今回の成績はその分子機序を解明する手がかりになりうると期待される。
(2) ヒト遺伝子解析用試料の収集
倫理指針に則り、患者試料の匿名化及び個人情報の厳格な管理システムが確立されている。東京大学附属病院、久留米大学附属病院、慈恵医科大学附属病院等、協力施設においてインフォームドコンセントを得て採取された検体は連結不可能匿名化を行った後、感染症研究所へ移送し遺伝子解析を実施している。現在までに620検体を収集した。HCVあるいはHBV陽性の慢性肝炎、肝硬変、肝細胞癌患者及びHCV陽性の無症候性キャリアからの検体が含まれている。収集された検体は感染症研究所に、個人情報は各研究協力施設の管理責任者によって厳格に管理されている。
(3) 遺伝子多型解析
日本人健常者及びC型肝炎患者について、染色体1番のアレル特異的SNP検出プローブを用いて走査した結果、2箇所の C型肝炎発症に関連すると思われる領域を検出した。この領域に存在する遺伝子にはこれまで報告されてきたC型肝炎に関与すると思われる遺伝子は存在せず、新規関与遺伝子の検出の可能性が示唆された。2番染色体では有意に偏りを示す部位を8点検出した。その分布状態は、2番染色体全体に散在しており、クラスターの形成は認められなかった。2番染色体にはC型肝炎発症に関与する宿主遺伝子が多数存在することが推察された。引き続き残りの染色体領域について解析を進め、C型肝炎の発症、進行に関与する宿主遺伝子(遺伝子変異)の網羅的な検出を行っていく。
(4) IFNにより誘導されるアポトーシス関連分子の発現検討
ミトコンドリア内のアポトーシス関連蛋白の発現やcaspaseの活性を解析した結果、IFN-α添加によりIFN誘導性アポトーシス感受性の肝癌細胞では、ミトコンドリアからのcytochrome cの放出とcaspase 9や3(caspase 7)のactivationが見られた。ミトコンドリア系を介した誘導機序でアポトーシスが生じることが示唆された。このようなIFN-αによるアポトーシス誘導作用は、前癌病変あるいは微小な早期肝癌の増殖を抑制し、臨床的な癌への進展を遅らせるか、阻止する可能性が示唆される。また、非腫瘍部の肝細胞に対しても同様な作用の発現も推察され、IFN-αは抗ウイルス作用以外にこの様なアポトーシス誘導作用と伴に慢性ウイルス性肝疾患の治癒誘導に作用する可能性も考えられる。
結論
(1)HCV発現培養細胞株、TGマウス肝組織を用いたcDNAマイクロアレイ解析から、HCVコア蛋白によって発現が変化する宿主遺伝子、すなわちC型肝炎関連候補遺伝子を59種類同定した。
(2)インフォームドコンセントのもと採取したC型慢性肝炎患者検体及び健常者検体を用いてゲノムワイドのSNP解析を開始した。C型肝炎の発症と強く連鎖している領域を1番染色体で2箇所、2番染色体では染色体全体に渡って8箇所明らかにした。

公開日・更新日

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