脳血管障害およびパーキンソン病の遺伝子多型の同定に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200441A
報告書区分
総括
研究課題名
脳血管障害およびパーキンソン病の遺伝子多型の同定に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
下方 浩史(国立療養所中部病院長寿医療研究センター)
研究分担者(所属機関)
  • 中川正法(鹿児島大学)
  • 太田成男(日本医科大学老人病研究所)
  • 丸山和佳子(国立療養所中部病院長寿医療研究センター)
  • 三木哲郎(愛媛大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究(ヒトゲノム分野)
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
29,995,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は「高齢者疾患の遺伝子の解明に基づくオーダーメイド医療」を実現するため、脳血管障害およびパーキンソン病に関する多くの遺伝子多型、広範な関連要因を徹底して調査することを目的としている。脳血管障害およびパーキンソン病では今後、遺伝子の解明に基づく一次予防、早期発見、重点的治療が今後重要になってくると考えられる。脳血管障害は日本人における寝たきりの最大の原因である。またパーキンソン病は慢性に進行し高齢者の日常生活の大きな支障となる。高齢化する日本の社会にとって、この2大疾患の予防および治療の開発はきわめて重要である。分子疫学的研究は我が国では始まったばかりであり十分なデータは出ていない。個人個人の疾病罹患の危険率が遺伝子診断によってある程度予測できれば、発症する前に対象を絞っての効果的な対処が可能となり、疾病予防、早期治療および結果として医療費の低減に役立つ。
研究方法
①基幹施設調査: 調査の対象は平成9年度より2年ごとに継続して追跡されている長寿医療研究センター周辺の地域住民からの無作為抽出者(観察開始時年齢40-79歳)である。対象は40、50、60、70歳代男女同数であり合計2,267人である。平成12年4月より第2次調査が開始され平成14年5月に2,259名の調査が終了した。引き続いて第3次調査を開始し、平成15年2月末現在で918名の調査が終了している。
調査は医学・心理学・運動生理学・形態学・栄養学など広い分野にわたっての学際的かつ詳細な総数千項目以上にも及ぶ検査・調査を施設内で年間を通して行っている。これらの調査を2年間で2,400名、年間1200名を実施するために、一日6名ないし7名で週4日の検査を実施している。2年ごとに追跡を行い長期にわたる継続的な研究を目指している。脳血管障害およびパーキンソン病に関する各遺伝子多型を384ウエルで同時に検出できるSNPプレートを使い東洋紡ジーンアナリシス社の自動一塩基置換検出装置HybriGeneにて検出した。
②J-SHIPP研究: 脳血管障害の危険因子である起立性低血圧について。1998年より追跡されている愛媛県下の4つのコホートのJ-SHIPP研究で検討を行った。J-SHIPP参加者のうち、高血圧以外の心血管疾患の既往や徴候がない50歳以上の住民415名を対象とした。収縮期血圧が20mmHg起立により低下した場合を起立性低血圧と定義した。候補遺伝子は血圧調節に重要な役割をしているレニン・アンジオテンシン系および交感神経系要素の遺伝子多型である。(倫理面への配慮)
本研究はミレニアムプロジェクトのための倫理指針を遵守して行っている。研究は国立中部病院における倫理委員会での研究実施の承認を受けた上で実施し、調査の対象者全員から遺伝子検査の実施および検体の保存を含むインフォームドコンセントを得ている。各班員の疾病別コホートにおいてもそれぞれミレニアムプロジェクトのための倫理指針にそった倫理委員会で承認を受けている。
結果と考察
①基幹施設調査: 脳血管障害やパーキンソン病の両疾患に関連する様々な遺伝子多型と既往歴および家族歴、頭部MRI所見、頸動脈内中膜肥厚およびプラーク形成、認知機能、運動平衡機能等の関連を検討した。平成14年度までに全対象者での98の遺伝子多型検査が終了し疾患との関連について班員とともに検討を行った。脳血管障害関連遺伝子多型の検討については、AGTR1遺伝子A1166C多型では、AC/CC型の女性で心疾患、高血圧の既往が少なく、また、男性で心電図上のQ波異常が少なかった。頭部MRI所見など他の所見との関連はなかった。なおAGTR1のG2228AとC1424Gは全例で多型を認めなかった。ecNOS遺伝子I/D多型では、頭部MRIにて女性ID/DD多型者に脳梗塞やラクナ梗塞が有意に認められた。ecNOS遺伝子G894T多型では、Tアレルの頻度が1%以下であったため、GG群とGT+TT群の2群で比較検討を行った。脳卒中の既往が男性GT/TT多型群で少なく、また、女性の前頭葉萎縮もGT/TT多型群で少なかった。GNB3遺伝子C825T多型では、有意な関連を示す所見はなかった。FGB G-455A多型ではGA/AA多型で男性の血小板促進因子活性(PAF-ACT)高値を示し、女性の心電図で虚血性変化が多くみられた。全体では頭部MRIにて前頭葉萎縮を示す例が多かった。ADD1遺伝子G460W多型では、G/G genotypeの男性で血圧が高い傾向が見られた。パーキンソン病関連遺伝子多型についてはtau H1 G541A (Asp285Asn)、Dopamine receptor D4 C521T、Mt C8794T (His90Tyr)、A3395T (Tyr30Cys)、T6253C (Met117Tyr)多型について分析を行った。Tau H1は多型頻度が低く、解析不能であった。Dopamine receptor D4については60歳未満のTT群で僅かにIQ低値であった。Mt C8794Tについては男性でC に比較しT多型をもつものの方がIQが高かったが、女性では有意差が認められなかった。Mt T6253C多型は全体の約1.5 %と頻度が低かったが、6253T多型を持つ個体は有意にインスリン値が低く感受性は高かった。このような差はMt A15497G 多型においても同様な傾向が認められた。これらミトコンドリア遺伝子多型とパーキンソン病の家族歴あるいは運動障害との関連は認められなかった。パーキンソン病患者と対照健常人のDLST(dihydrolipoamidesuccinyltransferase)及びALDH2(アルデヒド脱水素酵素2)の遺伝子多型頻度を比較すると、パーキンソン病患者の多型頻度はアルツハイマー病と健常人の中間に位置した。神経細胞死におけるALDH2酵素活性の役割について培養細胞を用いて検討したところ、ALDH2活性欠損株は酸化ストレスによって生じる4-HNEの解毒能が低下し、細胞死が促進された。以上の結果からALDH2の活性欠損型がアルツハイマー病やパーキンソン病の危険因子となるのは、この欠損により酸化ストレスに対する抵抗性が低下しているためと考えられる。同様に4-HNEの代謝に関係すると考えられるアルコール脱水素酵素2の遺伝子多型を健常人で比較したところ、男性において低活性型でラクナ梗塞と脳梗塞の増加が認められた。また、トランスフェリンの多型C2型の女性が閉眼時の身体の前の揺れ等が変異をもつ者が有意に強かった。スーパーオキシドジスムターゼ遺伝子では、ミトコンドリア移行シグナルのアミノ酸変異を伴う遺伝子多型をもつ女性には脳萎縮、脳室拡大が見られた。
②J-SHIPP研究: レニン・アンジオテンシン系各遺伝子多型間において起立による収縮期血圧変化、拡張期血圧変化、心拍数血圧変化には有意差を認めなかった。一方、GNAS1遺伝子多型間には起立性収縮期血圧変化に有意な差が認められ、特にTT群とTC+CC群間には大きな有意な差が認められた。起立性低血圧を説明変数としたロジッス・ティックステップワイズ解析においてGNAS1およびGNB3遺伝子多型は、収縮期血圧前値と共に、起立性低血圧の有意な説明変数となった。
遺伝子多型と老化・老年病との関係については、遺伝子多型間の相互関係、遺伝子と環境因子との相互関係が複雑に関与する。また、検査を行っているさまざまな遺伝子多型は、特定の疾患のみならず老化や老年病全体に関わりを持っている可能性が強い。例えばACEやアポE4は、多型が循環器疾患だけでなくアルツハイマー病とも関わっていることが見いだされており、今後、環境因子まで含めた遺伝子多型と老化・老年病との間の幅広い検討を行っていく必要がある。
結論
特定の遺伝的素因を持つ者を発症前に見いだし、積極的に対処することで疾病予防を効率的に行うための疫学研究を目指し、血管障害およびパーキンソン病関連遺伝子について地域住民を対象に遺伝子、関連マーカーおよび詳細な背景因子の調査を行い、遺伝子多型解析を行った。その結果、平成14年度までに検査の終了した遺伝子多型とパーキンソン病関連遺伝子疾患や両疾患関連マーカーとの間に多くの有意な関連を示すことができた。

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