ゲノム多型情報を基盤としたパーキンソン病原因遺伝子の同定とオーダーメイド医療の確立に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200439A
報告書区分
総括
研究課題名
ゲノム多型情報を基盤としたパーキンソン病原因遺伝子の同定とオーダーメイド医療の確立に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
戸田 達史(大阪大学大学院医学系研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 村田美穂(東京大学大学院医学系研究科)
  • 服部信孝(順天堂大学医学部)
  • 山本光利(香川県立中央病院)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究(ヒトゲノム分野)
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
30,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
パーキンソン病(PD)は、中高年に発症し、ドパミンニューロンの変性により振戦、筋固縮など運動障害を主症状とするアルツハイマー病とともに多い神経変性疾患であり、我が国には現在約10万人以上の患者がいるが、加齢に伴い発症率が増すため今後の患者の増加が予想される。神経変性疾患としては唯一治療薬が豊富であるが、多くの薬剤はドパミンの補充が主体であり根本的な治療ではなく、真の原因や発症の引き金を突きとめることが重要である。
PDにおける遺伝子の重要性は意見が分かれていたが、最近になって一卵性双生児の疾患一致率が約60%もあり二卵性の約3倍、他などから、多因子遺伝性疾患と認知されるようになった。家族性PDではa-synucleinやparkin遺伝子が発見されたが、患者の大部分を占める弧発性PDでは疾患感受性遺伝子は証明されていない。
一方で弧発例では、振戦を主体とする群、抗パ剤で副作用を起こしやすい群など、その経過・中心となる症状・薬剤の効果は患者により異なり、このことは従来PDとして一括して行われていた遺伝解析に階層化を可能にしそれには卓越した専門家の目が必要であり、また遺伝子多型によって患者個人個人に必要な薬剤を必要な量投与するオーダーメイド医療が可能であることを意味する。これまでパーキンソン病(PD)疾患感受性遺伝子探索は多数なされてきたが明らかなものは見出されていない。この最大の原因はPDの多様性を無視してPDであるかないかのみを指標にDNA解析が行われてきたことにある。従って患者の階層化をいかに行うかがカギとなる。
すなわちパーキンソン病は疾患概念が確立した疾患単位であるが、実際には各種の抗パーキンソン病薬に対する効果や副作用の出現の仕方は患者により様々である。臨床的にパーキンソン病の亜型を明確にすることと、パーキンソン病を他の類似疾患から鑑別することは、パーキンソン病のオーダーメード医療を行う上で重要な基礎情報である。
本研究では1)神経伝達物質関連など候補遺伝子から、続いて全ゲノムから未知のSNPを探索する2)効率的な患者の階層化を行うための臨床データ取得のチェックシートを作成する。3)多数のSNPをもとに約1000人の患者群と正常群で階層化も考慮した関連解析を行い疾患感受性遺伝子を同定する。4)同時にSNPと各薬剤への反応性、副作用との関連を明らかにしオーダーメイド治療法を確立する、ことを行う。
また村田らが発見した新規抗パーキンソン病薬zonisamide (ZNS)について臨床効果の評価と作用機序を明らかにする。効果の発現程度に個人差があることから、この差をゲノム多型情報を用いて分類する。
また劣性遺伝性を示す若年性パーキンソン病のうち約半分にパーキン遺伝子変異を認めることが分かった。しかしながら、残りの半分にはパーキン遺伝子の変異を認めない。海外の家族性パーキンソン病を呈する家系群で新たに常染色体1番に隣接するPark6, Park7に連鎖することが報告された。更に、Park7の原因遺伝子DJ-1が単離された。新規遺伝子座に連鎖する家系の存在有無を検討すると伴に新しい原因遺伝子単離を目指すことを目的とした。
研究方法
研究方法、(1)ゲノムワイドマイクロサテライト関連解析
東海大学分子生命科学2との共同研究により、彼等が構築した3万種のマイクロサテライトマーカーのバンクを用いてpooled DNA法による全ゲノムスキャンを開始し、現在までに約7800個のマーカーの解析を行った。まだ一次スクリーニングの段階だが、海外から連鎖の報告がある1番染色体を含め、いくつかの領域で10の-6乗オーダーの有意差を得ている。
同じく神経変性疾患であるアルツハイマー病に比べ、これまでになされてきた検討も1個ずつの候補遺伝子に対してのものであり、大規模な候補疾患感受性遺伝子に関する研究は、当方が初めてである。その点でも本研究は意義のあるものと考えられる。プロジェクト前半にPDの疾患関連候補遺伝子あらかたのSNPタイピングを行い、階層化も考慮した関連解析を行ってきたが、アルツハイマー病のapoE4のような疾患感受性遺伝子は同定されていなく、疾患関連候補遺伝子だけでは限界がある。さらには、2001年秋はじめて孤発性PDで連鎖のある領域が発表された。現在、数施設がPD疾患感受性遺伝子の発見にしのぎを削っているが、日本で系統だてて大規模に行っているのは我々のグループである。いよいよ全ゲノムを対象にして研究ができるようになってきたので、3万種のマイクロサテライトマーカーとpooled DNA法による全ゲノムスキャンを開始した。
今後は東海大学と密に連携し、約30000個のマイクロサテライトマーカー、100人単位pooled DNAを用いた大規模なゲノムワイドマイクロサテライト関連解析を行い、アソシエーションのある領域を見い出すことを中心に行う。最近連鎖が報告された染色体から優先的に行う。現時点で約7800個のマーカーの解析を行い、いくつかの有意な関連領域を得ている。見い出された領域の周囲のSNPで連鎖不平衡解析を行い、疾患感受性遺伝子を同定し、機能解析へと進める。
(2)DNAサンプル収集
これまでに臨床分類、臨床評価シート作成、UPDRSでのscore化、文書によるインフォームドコンセントのあるDNAサンプルを727収集した。特に順天堂大学はパーキンソン病患者は多く未採血600例が存在する。また高齢発症のため同胞発症例の収集が困難であるが、オールジャパン体制で収集する。専門医にアンケートして約270家系が存在する回答が得られた。メンデル遺伝性と考えられパーキン遺伝子変異のないものは約40家系で、うち兄弟発症は10家系である。
(3)常染色体劣性遺伝性パーキンソン病の新規遺伝子座の同定と原因遺伝子の単離
パーキン遺伝子変異陰性家族例でハプロタイプがPark7に連鎖可能な家系6家系についてDJ-1の変異解析を行った。臨床的には若年発症でPark2と類似性の高い症例のみであった。発症年齢も若年発症であり、Park7と類似性が高かった。報告されているDJ-1遺伝子のexon 1-7までをPCRで増幅し、まずexonic deletionをスクリーニングし、更にdeletionのない場合は、直接塩基決定法にて変異の有無を検討した。またハプロタイプがヘテロで発症者間でハプロタイプが一致した家系についてはTaqMan probeを用いたgene dosage techniwqueにてexonic deletionの有無を検討した。Park6に連鎖可能な家系については候補領域について変異有無を検討し、原因遺伝子同定を目指した。
DJ-1変異については全例に変異を見いだせなかった。Gene dosage techniqueを用いたもヘテロ接合体を示す症例も存在しなかった。Intron 1にリピート配列が存在し、欠失が認められた。しかしながら、この欠失は正常者でも認められ遺伝子多型と結論づけた。Park6につては候補領域に存在する遺伝子について複数検討したが変異は存在しなかった。1家系において組み換え現象を認めており、候補領域が4cMまで狭められた。
パーキン遺伝子陰性例で一例もDJ-1に変異を認めなかったことはDJ-1変異は極めて頻度のすくない原因遺伝子であるといえる。またハプロタイプはPark7に一致しても変異がなかったことは他の常染色体に連鎖している可能性を示す。Park6については候補領域を4 cMまで狭めることができた。現在同定に向けて候補遺伝子の変異の有無を検討している。
(4)Zonisamide(ZNS)の著明な抗パーキンソン効果
1、長期効果:パーキンソン病患者17名に現在の治療に加えzonisamide 50-200 mgを投与し、症状の変化及び副作用についてUnified Parkinson Disease Rating scale (UPDRS)により評価した。投与開始前1年と開始後3年まで、6ヵ月ごとの評価により、進行性疾患である経過も考慮し、zonisamideの効果を評価した。
2、作用機序:ヒト神経芽細胞腫SH-SY5Y細胞のメデイウム中にzonisamideを添加し、tyrosine hydroxylase(TH)タンパク量及びmRNA量について、Western blot法及びlight cyclerを用いて定量した。また、zonisamideのドパミン(D1-5)、セロトニン(5HT1-7)、グルタミン酸(ANMA,Kainate, NMDA)への親和性およびMAO 阻害作用について検討した。
zonisamideは50-100mg(血中濃度3.4-10mg/ml= 14.7-43.3mM)で明らかな抗パーキンソン効果を示し、効果は1年間は確実に持続し、4/5例で3年後も30%以上の改善率を示した。
Zonisamide:20mMは培養細胞系において、THmRNA量をTHタンパク量の増加に先行して有意に増加させた。またMAOBにIC50=28mMの阻害作用を示した。ドパミン・セロトニン等の受容体には明らかな親和性は示さなかった。
Zonisamideは低用量で著明な抗パーキンソン効果を示し、その効果は多くは3年まで持続した。作用機序としてTHmRNAの増加を伴うTHタンパク及び活性亢進を介したドパミン産生亢進が考えられた。また、中等度のMAOB 阻害作用も関与していると考えられた。
(5)MIBG心筋シンチグラムによる検討
MIBG心筋シンチグラムがパーキンソン病患者でMIBGの取り込みが低下しているとの報告があるが、20-30例と少数例での報告である。山本はより多数のパーキンソン病患者での本検査の意義を明らかにするために、パーキンソン病患者150名に現在の治療下でMIBG心筋シンチグラムを実施した。神経学的、糖尿病がなく、抗うつ薬などの検査に影響のあることが知られている薬剤服薬中患者は検査から除外した。最終年度においてはパーキンソン病患者症例(150例)及び対照群(N=40)を増やし、更に、進行性核上性麻痺8例、本態性振戦10例を加えて更に検討した。本検査は患者の同意を得て行った。
MIBG静脈注射後の15分(早期像)、4時間後(後期像)の2回MIBGの心臓交感神経への取り込みを測定し、心臓交感神経機能の検討を行った。
早期像   後期像
パーキンソン病150例  1.59* 1.41*
進行性核上性麻痺8例 2.23 2.41
本態性振戦10例     2.03 2.01
対照群 40例 2.34 2.34
数字:平均値。 *P<0.0001
パーキンソン病においては対照群と比較して早期、後期像共に有意に低下していた。重症度とMIBGの取り込み低下は有意な相関を示したが、パーキンソン病の約10%は正常値を示した。また、進行性核上性麻痺患者、本態性振戦患者でも正常であり、パーキンソン病患者と類似の患者の鑑別に有用であることを示すものである。
結果と考察
結論
pooled DNA法による全ゲノムスキャンを開始し、現在までに約7800個のマーカーの解析を行い、いくつかの領域で10の-6乗オーダーの有意差を得ている。見い出された領域の周囲のSNPで連鎖不平衡解析を行い、疾患感受性遺伝子を同定し、機能解析へと進める。共通チェックシートを使用し、DNAサンプル及び臨床情報を727収集した。DJ-1(Park7)変異は極めて頻度の低い原因遺伝子と推定され、Park7以外に劣性遺伝性パーキンソン病の原因遺伝子が存在している可能性があると予想される。ZNSは低用量で著明な抗パーキンソン効果を示し、その効果は多くは3年まで持続した。作用機序としてTHmRNAの増加を伴うTHタンパク及び活性亢進を介したドパミン産生亢進が考えられた。少数であるが、ZNSの効果が出現しにくいPDの一群がおり、この群について、今後遺伝的特性を明らかにする予定である。MIBG心筋シンチグラムにて、パーキンソン病においては対照群と比較して早期、後期像共に有意に低下していた。若年発症では明らかに障害度が、中年期以降発症群よりも低いことが判明した。

公開日・更新日

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