動脈硬化症・心不全等の循環器疾患に関わる遺伝子・タンパク質の機能に関する研究

文献情報

文献番号
200200435A
報告書区分
総括
研究課題名
動脈硬化症・心不全等の循環器疾患に関わる遺伝子・タンパク質の機能に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
横山 知永子(国立循環器病センター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 田邉 忠(国立循環器病センター研究所)
  • 菅弘之(国立循環器病センター研究所)
  • 寒川賢治(国立循環器病センター研究所)
  • 森崎隆幸(国立循環器病センター研究所)
  • 永井良三(東京大学大学院医学系研究科)
  • 竹島浩(東北大学大学院医学系研究科)
  • 白井幹康(国立循環器病センター研究所)
  • 沢村達也(国立循環器病センター研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究(ヒトゲノム分野)
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
30,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
心臓や脳の梗塞などに関わる動脈硬化の機構や心不全に関わる心筋の機能調節機構などに関しては未知の部分が多く、動物個体、特にマウスを用いる心血管系に働く遺伝子の生理機能と病態生理学的役割の解析が重要となっている。モデル動物での遺伝子異常を循環器疾患の臨床例に相関できれば、その成果は循環器疾患の診断と予防に大きな貢献が期待される他、創薬や遺伝子治療などへの応用が可能となり、急速に進行する超高齢化社会における朗報と成り得る。このため、本研究では分担者がこれまでに明らかにしてきた心血管系の機能維持に働くと考えられる関連遺伝子とその産物であるタンパク質(生理活性ペプチド(AMP、アドレノメデュリン(AM)、グレリン)、プロスタサイクリン(PGI)合成酵素、レクチン様酸化LDL受容体(LOX-1)、カルシウムチャネル、血管平滑筋細胞の分化調節因子、AMPデアミナーゼ(AMPD)など)の機能を、細胞、病態モデルや遺伝子改変マウスなどを用いて生化学的に解明すること、ならびにマウスの生理機能解析のためのシステムを開発して生理機能を明らかにすることを目的とした。
研究方法
血管及び心機能に関連する遺伝子とその産物であるタンパク質、ペプチド、脂質の機能を細胞及び個体レベルで明らかにし、循環器疾患モデル動物の作成を目指し、生理学、生化学、薬理学、遺伝子工学等の方法を駆使して研究を実施した。本年度は、これまでに作成した遺伝子改変マウスと確立した生理機能解析システムを用いて研究を進めた。また、得られた結果をもとに薬剤探索を行った。
(倫理面への配慮) 遺伝子組換え等の実験は各所属施設の委員会の承認を得て行われ、動物の取扱いは各所属施設の実験動物取扱い規定に基づいて行い、また動物愛護に配慮して実験を行った。特に動物実験の計測機器の装着は、苦痛を与えないよう麻酔下で行った。覚醒動物実験では、使用動物数ならびに刺激付加時の動物への苦痛を最小限に留めるよう注意を払った。
結果と考察
1) PGI合成酵素遺伝子欠損により、血小板凝集抑制や血管平滑筋弛緩作用、細胞増殖抑制能をもつPGIを欠損したマウスを作成し、解析を行った。PGI欠損マウスは、血圧の上昇と動脈硬化様の血管壁肥厚や狭窄、間質の線維化が惹起され、PGIが血管壁の恒常性維持に重要な役割を果たしていることを個体レベルで示唆された。また、PGI合成経路が遮断されたことにより、炎症に関与するPGE産生が上昇すること、および膜結合型PGE合成酵素の発現誘導に転写開始点近傍の2つのGC-boxが重要であり転写因子Egr-1が関与することが明らかになった。今後のPGI欠損マウスを用いた血管障害発症機構の解明と抑制薬の探索が期待される。
2) 虚血性下肢結搾モデルマウスの下肢筋肉内へのPGI合成酵素と肝成長因子(HGF)の両遺伝子導入は、HGFの血管新生と血流増加効果を増強させることを見出し、閉塞性動脈硬化症(ASO)などの血管障害治療へのPGI合成酵素遺伝子の利用が期待された。またPGIの核内受容体PPAR-deltaを介する新しいシグナル伝達系が存在することを明らかにし、本新規シグナル伝達系に応答する候補遺伝子群を同定した。
3) 虚血再灌流障害のラットモデルにおいて、抗LOX-1抗体は炎症細胞の浸潤、梗塞巣形成、臓器障害を抑制し、炎症や虚血再灌流障害と関連したLOX-1の生体防御に関わる新しい機能を見出した。LOX-1の酸化LDL受容体としての機能とこれらの新しい機能がどのように複合して循環器疾患の成り立ちに関わっているかが今後の焦点である。
4) 転写因子KLF5遺伝子のノックアウトマウスを作成し、この転写因子が心血管系の病態形成に必須の働きを担っていることを明らかにした。さらに、KLF5の機能を修飾する薬剤の同定を進め、合成レチノイドAm80がKLF5機能を抑制し、in vivoにおいても動脈硬化・心肥大を減弱させることを見出した。今後、KLF5を中心とした研究を展開することにより、心血管疾患の分子メカニズムの基礎的研究が進められるとともに、臨床的にも治療戦略に重要な知見や創薬の機会を与えるものと考えられる。
5) アドレノメデュリンの短期的な投与は、心筋における虚血再灌流傷害を著明に軽減させた。この作用機序は、Akt活性化に伴う抗アポトーシス作用によることが明らかになり、臨床応用への可能性が示唆された。一方、グレリンは、重症心不全患者において心機能改善などの治療効果を有することを明らかにした。
6) 心血管系の障害・機能維持に関わる代謝系としてアデニンヌクレオチド代謝をとらえ、平滑筋にも発現するAMPD2遺伝子について、遺伝子破壊マウスを作成し、機能解析を行った。本遺伝子欠損マウスは生後数週より腎障害が認められ、腎組織におけるAMPD機能に関する興味ある結果が得られた。今後、このモデル動物はAMPDの未知の機能の解明、特に腎機能との関係を明らかにする目的で有用であることが期待される。
7) ジャンクトフィリン(JP)サブタイプの機能的相違を明らかにするため、変異マウスを用いて解析した。JP-1欠損骨格筋では、JP-1が二つ組から三つ組への形態変化に重要であることが確認された。しかしながら、心筋細胞ではJP-1とJP-2の共発現により骨格筋と類似の三つ組形成は観察されず、両細胞での結合膜構造の形成機構が異なることが示唆された。結合膜構築に規定する未知の因子の分子同定、心筋小胞体の新規Ca2+シグナル分子の候補であるサルカルメニンとミツグミン53の機能解析を進めている。
8) 丸ごと拍動心を用いた心筋内興奮収縮連関動員カルシウム除去動態の解析法を確立し、今後、カルシウム除去系に関わる遺伝子異常と細胞内カルシウム筋小胞体経由再循環率の変化とを対応することにより、遺伝子異常発現をあるがままの丸ごと心で機能面から解析することが可能となった。
9) これまでに開発した覚醒マウスの循環・呼吸・代謝機能の統合機能解析システムを用いて無麻酔、無拘束のマウスから、血圧、心拍数、一回換気量、呼吸数、酸素消費量、二酸化炭素排出量などを同時に実時間記録、解析できた。本システムをPGI欠損マウスの生理機能解析に応用し、PGIは室内気より低酸素環境での循環調節に重要であり、α2アドレナリン受容体との協調作用で、低酸素時の心拍数の過剰な増大を抑制することを見出した。本システムの種々の遺伝子改変マウスへの応用は、個体レベルでの遺伝子・タンパク質の機能解析を飛躍的に進めるものと期待される。
結論
本研究最終年度にあたり、これまでに作成した種々の遺伝子改マウスの解析を行い、また、新しく開発された生理機能解析システムの応用により、ターゲットとした各因子の機能を明らかにするとともに、創薬や治療法開発への可能性が期待できる多くの成果が得られた。
1) PGI欠損マウスは動脈硬化様病変を伴う血管障害を発症し、PGIが血管の恒常性維持に重要であることをin vivoで明らかにした。また、本欠損マウスの統合的生理機能解析により、PGIが低酸素循環調節において重要な働きを担っていることを明らかにした。PGIのPPAR-deltaを介した新たなシグナル伝達経路が細胞の生死を制御していることを見出した。一方、PGI合成酵素とHGFの両遺伝子導入は、HGFによる血管新生および血流増加効果を増強し、閉塞性動脈硬化症の遺伝子治療におけるPGI合成酵素遺伝子の併用療法の可能性が示唆された。2) LOX-1の炎症や虚血性再灌流障害と関連した生体防御に関わる新たな機能を見出した。LOX-1の酸化LDL受容体としての機能と新たな機能がどのように複合して循環器疾患の成り立ちに関わっているかを明らかにし、新たな治療の開発に向けた研究が期待される。3) 転写因子KLF5が心血管系の病態形成に必須の働きを担っていることを明らかにした。さらにKLF5機能抑制薬を見出し、動脈硬化や心肥大を軽減することを示した。現在臨床応用を進めている。4) アドレノメデュリンはAktを介して心筋虚血再灌流傷害を軽減することを見出し、臨床応用への可能性が期待される。5) AMPD-2遺伝子破壊マウスは腎傷害を発症し、本遺伝子が腎機能に重要な役割を果たしていることが明らかになった。本遺伝子破壊マウスの解析は、AMPDの新たな機能の解明に有用であると期待される。6) 骨格筋と心筋細胞において、JPサブタイプによる結合膜構造の形成機構が異なることが明らかになった。心筋細胞のCa2+シグナルに必須な結合膜構造にはJP以外に未知の関連分子の関与が考えられ、新たな関連分子の同定を進めている。7) 丸ごと心臓を用いた統合的心機能解析法ならびに無麻酔・無拘束マウスの循環・呼吸・代謝機能を統合的に解析するシステムを開発した。また後者のシステムをPGI欠損マウスに応用し、PGIの低酸素下循環調節での重要性を明らかにできた。これらの生理機能解析システムは、今後遺伝子改変や病態モデルマウスの解析等に大いに役立つものと期待できる。

公開日・更新日

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