動脈硬化発症要因の遺伝子およびその重積性に関する研究

文献情報

文献番号
200200434A
報告書区分
総括
研究課題名
動脈硬化発症要因の遺伝子およびその重積性に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
齋藤 康(千葉大学)
研究分担者(所属機関)
  • 北 徹(京都大学)
  • 山下静也(大阪大学)
  • 馬渕 宏(金沢大学)
  • 佐々木淳(福岡大学)
  • 佐藤 俊哉(京都大学)
  • 武城英明(千葉大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究(ヒトゲノム分野)
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
50,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
虚血性心疾患等の動脈硬化性疾患は、高脂血症等の複数の危険因子により引き起こされる。しかしながら、高脂血症にともなう動脈硬化の進展は画一的でなく、生活様式および遺伝的背景を考慮する必要性がある。近年の分子生物学の発展による新たな危険因子の発見と共に、遺伝的背景を複数の遺伝子発現の差異として示すことが可能になり、その応用は高脂血症診療に有用と考えられる。本研究は、多様性の主な原因である重積遺伝子異常の差異について、一般住民および動脈硬化性疾患患者を対象にゲノム解析を行い、高脂血症における動脈硬化促進遺伝子を中心に、これまでに同定された疾患候補遺伝子と単一ヌクレオチド多型SNPsにて動脈硬化促進遺伝子を同定する。その結果、高脂血症にともなう動脈硬化性疾患の予後について遺伝子レベルの診断と治療法の選択を可能とし、特に高齢化社会の動脈硬化性疾患の一次、二次予防を長期的視野のもとに実施し、国民の生活の質の向上に貢献することを目的とする。
研究方法
1)一般住民における動脈硬化関連遺伝子SNPsと高脂血症を中心とした危険因子および動脈硬化との相関性に関する研究 住民健診受診者の中から高脂血症を有する400名を対象に、Japanese Single Nucleotide Polymorphisms (JSNP)から抽出された動脈硬化、高脂血症、糖尿病、高血圧に関連する遺伝子内の400SNPsの解析を行なった。動脈硬化の進展程度の指標として、冠動脈疾患の既往に加え頚動脈内膜中膜肥厚度(IMT)を計測、血中危険因子として酸化LDL濃度(MDA-LDL)を測定した。分担研究者 京都大学大学院医学研究科 佐藤俊哉の指導のもとに血清脂質値を中心とする動脈硬化関連の個人データと複数の遺伝子変異の統計解析を行った。
2)脂質代謝異常症における遺伝子異常の日本人における頻度および脂質代謝の相関性に関する研究(特定疾患対策研究事業『原発性高脂血症に関する調査研究』(北班)との合同プロジェクト) 全国より回収した12,000検体の中から、インフォームドコンセントに基づいた遺伝子解析の可能な約2000検体を用いて、脂質代謝異常症と関連することが報告されている7種類の遺伝子変異であるリポ蛋白リパーゼLPLSer447Ter、肝性リパーゼHL-514、コレステリルエステル転送蛋白CETP1452GA, CETPD442GおよびCETP-Taq1多型、アポCIIISSTIサイト多型、Methylenetetrahydrofolate reductase (MTHFR)多型C677Tの解析をインベーダー法により解析した。高脂血症関連遺伝子と血清脂質値について統計学的に解析した。
3) 新規の動脈硬化促進遺伝子の同定 LPL、エストロゲン受容体、アポA-I解析はPCR-DGGE法および塩基配列解読法により、機能解析は培養細胞を用いて検討した。
(倫理面への配慮) 遺伝子解析に関しては厚生科学審議会『遺伝子解析研究に付随する倫理問題に対応するための指針』に基づいた遺伝子解析実施大学の倫理委員会の承認の上、インフォームドコンセント取得後、施行した。
結果と考察
1)一般住民における動脈硬化関連遺伝子SNPsと高脂血症を中心とした危険因子および動脈硬化との相関性に関する研究  高脂血症を有する一般住民368名における105種類のSNPsを解析した。対象は男性159名、女性209名であり、平均年齢61±10才、喫煙者、冠動脈疾患既往者は31%、4%だった。血清脂質値は、総コレステロール値(TC)229±37 mg/dl、中性脂肪値(TG)129±77 mg/dl、HDL-コレステロール値(HDL-C)53±18 mg/dlだった。BMI25以上の肥満者は30%,、高血圧の合併は12%、糖尿病の合併は除外された。動脈硬化の指標であるIMTは、年齢 (R=0.38)、最高血圧 (R=0.23)、最低血圧 (R=0.16)、BMI (R=0.15)、MDA-LDL (R=0.11)と正の相関 (p<0.01)、HDL-C (R=0.23)と負の相関 (p<0.01)を示した。これらの危険因子および測定値とSNPsの相関を検討したところ、R>0.12以上の10種類のSNPsが同定され、3種類のSNPs、すなわち、RetinitisPigmentosa 1 (RP1) N985Y、GSBS-1323C>T、glycosyl-PI phospholipase D1 V30Iが血清TG値とp<0.01の有意な相関を示した。RP1、GSBSは、TGに加え、HDL-Cと有意な相関(p<0.05)を示した。また、HDL-Cは、hypothelical protein gene W253Xと最も強い有意な相関を示した(p<0.01)。TC、LDL-Cは明らかな相関を示さなかった。hypothelical protein gene W253Xは、最近同定された肥満関連遺伝子の遺伝子部位の近傍に位置することから、これらの遺伝子間の関連が考えられ、2遺伝子周辺部位を含めたマッピングが必要である。本研究成果により、今後のハプロタイプ解析、多変量解析による多方面の臨床的および疫学的解析への応用が可能となる動脈硬化発症要因のSNPsに関わる発展研究が可能になると思われる。
2)脂質代謝異常症における遺伝子異常の日本人における頻度および脂質代謝の相関性に関する研究(特定疾患対策研究事業『原発性高脂血症に関する調査研究』(北班)との合同プロジェクト) 西暦2000年を迎えるに当たり、1960年より10年ごとに行われている日本人の血清脂質調査を行い、約1万2千人の血清脂質調査とその中の2267人の脂質代謝に関連する遺伝子調査を行った。その結果コレステリルエステル転送蛋白(CETP)変異1452GAのヘテロ接合体は0.49%、CETP変異D442Gヘテロ接合体は7.28%、ホモ接合体は0.1%、リポ蛋白リパーゼ(LPL)変異S447Xはヘテロ接合体20.7%、ホモ接合体1.3%であった。CETP多型TAQIBはB1/B1、B1/B2、B2/B2がそれぞれ24.9%、50.4%、24.7%であった。また、肝性リパーゼ(HTGL)多型514CTにおいてはC/C24.9%、C/T50.4%、T/T24.7%であった。ホモシステイン代謝に関わるMTHFR多型C677TにおいてはC/C、C/T、T/Tそれぞれ32.7、49.0、18.3%であった。アポCIIISSTIサイトに関してはC/C、C/G、G/Gそれぞれ42.0、45.8、12.2%であった。CETP、LPL、HTGL遺伝子多型とTG、HDL-C値との相関が示された。以上の研究結果から、西暦2000年日本人の血清脂質調査において脂質代謝に関する遺伝子変異、多型と血清総コレステロール、中性脂肪、HDLコレステロールとの相関解析により、CETP、LPL、HTGL遺伝子とTG、HDL―Cとの相関が示された。これらの大規模解析は、高脂血症診療への遺伝子レベルの診断と治療の有用性を明確に示し、今後の診療指針の基盤になると考えられる。
3)高脂血症起因遺伝子として新たなアポE変異、LPL、PPAR多型解析およびCD36の動脈硬化発症における意義の同定 LPL遺伝子変異で蛋白も活性も消失するnull変異は動脈硬化を合併せず、活性のみが欠損するミスセンス変異は動脈硬化惹起的である可能性が示唆された。LPLはTG水解活性以外に組織(血管壁)でのリポ蛋白の取り込みや接着に関与していることが報告されており、おそらくLPL蛋白のこれら酵素外作用の残存が動脈硬化惹起的に作用すると考えられた。ヘテロ接合体性FH症例を対象としたERα遺伝子の解析から,新規の6種を含む14種の遺伝子多型が同定され、エストロゲンによる心血管保護作用の発現が、ERα遺伝子多型に影響され,関連を示す遺伝子多型の種類や加齢に伴う遺伝子多型の影響の変化には性差が存在することが明らかになった。HDL欠損症例の解析から、プロモーターを含むアポA-I遺伝子に塩基の点変異、挿入、欠失によるフレームシフト、ストップコドンなどの出現による4種類のアポA-I欠損症を検出され、アポA-I Oita 症例では冠動脈疾患を認められ、その他の症例では角膜輪、黄色腫など多彩な病態を認めた。
結論
 動脈硬化発症要因の遺伝子とその重積性を明らかにする目的で、3種類の異なったアプローチにより成果を得た。ゲノムワイドの動脈硬化関連遺伝子SNPsと危険因子および動脈硬化との相関性に関する研究、脂質代謝異常症を引き起こすことが知られている遺伝子異常の日本人における頻度および脂質代謝の相関性に関する研究の成果により、動脈硬化の危険因子である高脂血症に関わる日本人の遺伝子情報を明らかにした。新規遺伝子情報の同定と合わせ、これらの集積データは、今後の高脂血症治療の指針作成に有用なデータベースになると考えられる。

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