高齢者における薬物トランスポータ群の遺伝子機能解析~薬剤性腎障害の発症・増悪因子としての役割解明と至適投与設計法の基盤確立に関する研究

文献情報

文献番号
200200433A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者における薬物トランスポータ群の遺伝子機能解析~薬剤性腎障害の発症・増悪因子としての役割解明と至適投与設計法の基盤確立に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
乾 賢一(京都大学医学部附属病院)
研究分担者(所属機関)
  • 土井俊夫(徳島大学)
  • 深津敦司(京都大学医学部附属病院)
  • 小川 修(京都大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究(ヒトゲノム分野)
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
35,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
加齢に伴う腎機能の低下によって薬剤性腎障害の発症頻度が著しく高くなり、また予後不良であることが高齢者に対する薬物療法上の深刻な問題点として提起されている。薬剤性腎障害は、薬剤の予期せぬ反応性・副作用として認識される。特に、血圧降下剤・血糖降下剤・非ステロイド性抗炎症剤・抗腫瘍剤等を服用している高齢患者では、腎機能低下とともに薬剤排泄障害による副作用発現や薬剤蓄積による腎毒性がしばしば発現し、重篤な腎不全に進展する例も少なくない。腎障害を引き起こす原因薬剤や発症機序が複雑・多様であるため、腎障害の回避・対策として腎機能の把握に基づいた至適投与計画と早期の発見が必須とされている。従って、各種疾患に付随する腎機能低下と薬剤排泄能力との関連、並びに薬剤性腎障害発現に関わる成因・増悪因子が解明され予測・評価システムが確立されることにより、高齢者の薬剤に起因する腎障害の発症は未然に回避し得ると期待できる。さらに、薬剤性腎障害の発症(感受性)に個人差がみられることから、発症を左右する遺伝的素因に基づいた患者個々の腎機能特性(薬剤排泄プロファイル)を掌握することにより、個々の患者に最適な薬剤選択や投与法等テーラーメイド治療の一端を担う処方設計が可能になると期待される。本研究では、腎機能低下患者を対象とし、増悪因子として関与が想定されている薬剤排泄タンパク質群(薬物トランスポータ)の発現変動及び遺伝子多型・変異について究明する。さらに腎機能低下時における薬物トランスポータ群の発現プロファイルと遺伝子異常に関するゲノム情報をもとに、患者の排泄能力を加味した適正な薬剤選択並びに至適投与設計法の基盤を確立することを本プロジェクトの最終的な到達目標として位置づける。
研究方法
1.ヒト型薬物トランスポータの遺伝子同定と機能解析
現在までに、薬剤腎排泄を担う主要薬物トランスポータとして以下に示す遺伝子ファミリーが同定され、各々について複数の構成メンバーが単離・機能解析が進められている。
1)有機アニオントランスポータ(OAT遺伝子ファミリー)
2)有機アニオントランスポータ(oatp(OAT-K)遺伝子ファミリー)
3)有機カチオントランスポータ(OCT(N)遺伝子ファミリー)
4)ペプチドトランスポータ(PEPT遺伝子ファミリー)
5)ATP駆動型有機イオントランスポータ(ABC遺伝子スーパーファミリー)
これらの薬物トランスポータ遺伝子ファミリーのうち腎臓に高い発現が認められたOATやOCTファミリーのヒトホモログを腎cDNAライブラリーより単離し、アフリカツメガエル卵母細胞発現系や、遺伝子導入培養細胞発現系などを用いて輸送機能特性について検討した。また、ヒト正常腎組織中への薬物取り込みを検討するため、根治的摘除術が施行された腎・尿管腫瘍患者の正常腎組織より切片を作製し、薬物の組織中への取り込みについて検討した。
2.腎疾患患者における薬物トランスポータ群の発現変動並びに遺伝子多型・変異に関する解析
腎疾患及び腎・尿管腫瘍などの疾患を有する患者を対象として、腎組織に発現する各薬物トランスポータ群の発現レベルに関する情報を収集した。さらに、腎生検施行後、感染症予防を目的として投与されている抗生剤セファゾリンの排泄速度を算出し、腎機能検査値並びに各薬物トランスポータ発現レベルとの関連性についての検討を行った。hOCT1及びhOCT2遺伝子多型はMasscode Tag法を用いて、またMDR1遺伝子多型はPCR-RFLP法にて行い、遺伝子多型と発現量との相関について検討した
結果と考察
1) ヒト型薬物トランスポータの機能解析
本年度は最終年度であることから、臨床上高齢患者に対して汎用される腎排泄型薬物の輸送特性について検討した。
・H2拮抗薬の腎排泄に関わる薬物トランスポータ
H2拮抗薬ファモチジンは消化管潰瘍の治療などに繁用されるが、腎機能低下時には排泄遅延に伴う血中濃度上昇によって、副作用が発現する危険がある。ファモチジンは主に未変化体として尿中に排出され尿細管分泌が重要な排出経路となっているが、尿細管分泌に関わる薬物トランスポータは不明である。本研究では、腎有機イオントランスポータhOAT1、hOAT3及びhOCT2について、ファモチジンの輸送能を検討した。その結果、ファモチジンはhOAT3による輸送が認められたが、hOAT1及びhOCT2による輸送は観察されなかった。以上よりファモチジンの尿細管分泌はhOAT3によって媒介されていることが示唆された。
・抗癌剤メトトレキサートと非ステロイド性抗炎症薬との薬物相互作用
非ステロイド性抗炎症薬ロキソプロフェンとの相互作用によるメトトレキサート血中濃度上昇が疑われる症例を経験した。メトトレキサート及びロキソプロフェンは共にアニオン輸送体によって尿細管分泌が媒介されている。従って、腎有機アニオントランスポータ群のメトトレキサートとロキソプロフェンとの薬物相互作用への関与について検討した。正常腎組織切片へのメトトレキサート取り込みはロキソプロフェン及びその活性代謝物であるtrans-OH体共存によって顕著に低下し、主要排泄経路である腎臓への移行量が低下することによって、血中濃度が上昇すると考えられた。また卵母細胞発現系を用いた解析の結果、ロキソプロフェンや活性代謝物trans-OH体がhOAT1及びhOAT3によるメトトレキサート輸送を阻害することを見出した。以上の結果から、臨床で認められたメトトレキサートとロキソプロフェンの薬物相互作用にはhOAT1及びhOAT3が深く関与することが示唆された。
・セファゾリン及びフェノールスルホンフタレインの有機アニオントランスポータによる輸送
hOAT3の発現量がセファゾリンの消失速度並びに見かけの腎分泌クリアランスと有意な相関が認められることが示されたことから、hOAT3によるセファゾリンの輸送についてhOAT1と比較しながら検討を進めた。また、セファゾリンの消失速度とフェノールスルホフタレイン(PSP)試験の結果とが良好な相関を示すことから、PSPの輸送についてもあわせて検討した。セファゾリン及びPSPは共にhOAT1及びhOAT3によるアニオン性基質の取り込みを濃度依存的に阻害した。また、セファゾリンはhOAT3に輸送されるものの、hOAT1による輸送は観察できなかった。一方、PSPはともにhOAT1とhOAT3によって輸送された。
2)ヒト腎組織における薬物トランスポータ遺伝子の発現量及び多型に関する解析
正常腎組織における薬物トランスポータ群の発現量について解析した。正常腎組織での発現量はhOAT3が最も高く、次いでhOAT1であった。遺伝子ファミリー間を比較しても有機アニオントランスポータ群の発現量が他の遺伝子ファミリーより高い傾向を示した。また、有機カチオントランスポータ群ではhOCT2が最も高い発現量であったが、hOCT1の発現量は定量を行った遺伝子中、最も低値であった。従って、hOAT1及びhOAT3、hOCT2は薬物腎排泄に主要な役割を担っているが、hOCT1の薬物腎排泄における寄与は少ないと考えられた。
腎生検が施行された患者の余剰組織検体を用いて薬物トランスポータmRNA発現量を検討した。その結果、hOAT1の発現量が正常腎組織と比較して有意に低下していることが明らかとなった。またhOAT3やhOCT2発現量も低下傾向を示す一方、hOAT2やhOAT4の発現量は上昇傾向を示しており、各薬物トランスポータが腎疾患時において異なった発現変動を示すと考えられた。
薬物トランスポータ発現量の個体差の要因として、遺伝子多型を想定して解析をおこなった。hOCT1及びhOCT2遺伝子上の遺伝子多型58種について解析を行ったが、発現量との間に有意な相関は認められなかった。また、多剤耐性遺伝子MDR1についても、各遺伝子多型群でmRNA発現量に有意な差は認められなかった。
3)腎疾患時における薬物トランスポータの発現変動と薬剤排泄機能との相関解析
腎生検を施行された後、感染症予防を目的として投与される抗生剤セファゾリンの血中濃度を測定し、体内動態パラメータを算出した。その結果、セファゾリンの排泄はクレアチニンクリアランスよりも、PSP検査値とより高い相関を示すことが明らかとなった。これらの結果は、糸球体濾過速度の変動と尿細管分泌能との変動が同様ではないことを示唆しており、糸球体濾過速度に加え腎尿細管分泌能を評価することで患者個々に応じた精度の高い投与設計が可能になると考えられた。セファゾリンの体内動態パラメータとトランスポータ発現量との相関解析を行った結果、セファゾリンの消失速度並びに腎分泌クリアランスとhOAT3 mRNA発現量との間に有意な正の相関が認められた。従って、セファゾリンの尿細管分泌速度がhOAT3発現量によって変動し、腎排泄速度が変化すると考えられ、薬物トランスポータ発現量が腎薬物排泄能を規定する因子となることが示唆された。
結論
以上の研究成果は、腎に発現する薬物トランスポータ群の機能的役割解明と腎機能低下時における薬物体内動態変動機構の解明に有用な情報を提供するものである。尿細管薬物トランスポータの機能特性ならびに発現変動に関する情報は、患者個々の薬物排泄能の予測系並びにそれに基づく至適投与設計法を確立するための基盤となる。

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