ゲノミクス技術を用いた不応性貧血の病態解明(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200429A
報告書区分
総括
研究課題名
ゲノミクス技術を用いた不応性貧血の病態解明(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
間野 博行(自治医科大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 溝口秀昭(東京女子医科大学血液内科)
  • 石坂幸人(国立国際医療センター研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究(ヒトゲノム分野)
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
-
研究費
50,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
現在なお正確な診断が困難であり、かつ有効な治療法の存在しない特発性血液疾患が数多くある。各患者の有効な治療法を選択する上でも正確な鑑別診断は必須であり、そのためには新たな分子診断マーカーの同定が最も重要であると考えられる。DNAチップは数千~数万種類の遺伝子発現変化を簡便に解析可能にする最新の研究システムであり、上述の目的に適したスクリーニング法であると期待される。しかしこれまでのような正常組織と癌組織を単純にDNAチップで比較するような実験においては、両組織の構成細胞成分があまりに異なるため「偽陽性」遺伝子群の同定に終始することが殆どであった。例えば全く同じ白血病細胞が骨髄中に5%ある患者と90%ある患者の骨髄単核球を分離してそこから得たmRNAを用いてDNAチップ比較を行えば、白血病細胞特異的な遺伝子の発現量は後者において14倍に増加しているため骨髄全体の遺伝子発現プロファイルは大きく異なってしまい、両患者が全く異なった疾患に罹患しているとの誤った結論が導かれるであろう。したがって真に臨床にフィードバック可能な精度の高いDNAチップ解析を行うためには、この様なポピュレーションの変化に影響されない新たなスクリーニング法の開発が必須と考えらる。我々は特発性血液疾患の多くが造血幹細胞(あるいはその近傍)の異常増殖クローンに起因することに着目し、これら疾患患者のフレッシュ検体より造血幹細胞相当分画のみを純化・保存するバンク事業「Blast Bank」をスタートした。本バンク細胞を用いてDNAチップ解析を行うことで、疾患の種類に拘わらず分化レベルがほぼ均一な細胞群を比較することが可能になり、疾患の病態解明に有用な知見が得られると期待された。本システムを用いて、(1)不応性貧血の鑑別診断に有効な遺伝子マーカーの同定、(2)不応性貧血由来白血病のの薬剤感受性を規定する遺伝子マーカーの同定、(3)不応性貧血の病期進行メカニズムの解明、および(4)発症関連遺伝子産物を標的とした分子量法の開発、を本研究計画で目指した。
研究方法
(1)造血幹細胞特異的マーカーであるAC133に対するアフィニティカラムを用いて、各種特発性血液疾患患者骨髄より造血幹細胞分画のみを純化保存し、これをBlast Bankと名付けた。平成15年3月現在で400例を越えるサンプルの保存に成功しており、これは純化細胞を用いたゲノミクスプロジェクトとしては世界最大級である。(2)上記検体群を用いて以下のDNAチップ解析を行った。細胞よりトータルRNAを抽出し、T7 RNAポリメラーゼを用いてビオチン標識化したcomplementary RNA(cRNA)を作製した。このビオチン結合cRNAをDNAチップとハイブリダイズさせ、洗浄後、蛍光色素PE結合アビヂンと反応させた。このDNAチップ上のcRNA結合スポットをAffymetrix社の蛍光スキャナーで励起させ、各スポットの蛍光強度を測定した後統計処理をGeneSpring 5.0(Silicon Genetics社)にて行った。(3)不応性貧血疾患細胞より蛋白質を抽出し、得られた蛋白について固定化pH勾配等電点電気泳動およびSDS-PAGE法による二次元蛋白質電気泳動を行った。泳動後,銀染色等を施した後,ゲルイメージをスキャナで取り込み、画像解析ソフトウエアで処理し、不応性貧血と健常人の泳動パターンを比較検討した。不応性貧血特異的なスポット切り出し,プロテアーゼで消化した後,質量分析装置等を用いて、蛋白の同定および機能解析を行った。(4)不応性貧血特異的マーカーの一つとして同定されたDlk遺伝子産物の細胞外ドメインをコードするcDNAを導入した組換えバキュロウィルスを作製しSF9細胞に感染さ
せることで、大量のDlk遺伝子産物を純化精製した(約180マイクログラム)。現在本純化蛋白を抗原として単クローン抗体を調整中である。
結果と考察
(1)ヒト白血病幹細胞のバンク事業であるBlasts Bankのサンプルを用いてAffymetrix社GeneChip HGU95Aアレイ(12,000種類以上のヒト遺伝子配置)による網羅的遺伝子発現解析を行い、カスタムDNAチップに配置するべき遺伝子候補として以下のものを得た。「急性骨髄性白血病(AML)と不応性貧血との鑑別診断に役立つ遺伝子マーカーの同定」まず両疾患が発現プロファイルから異なる疾患群に属するか否かを明らかにする目的でDNAチップデータを比較し、主成分分析法による仮想空間を作製した。本空間に実際のサンプルを配置すると興味深いことにAMLと不応性貧血のサンプルは異なった場所に位置することが判り、少なくとも発現データの面からは両疾患群の鑑別診断が可能なことが示唆された。またこの鑑別診断に役立つ実際の遺伝子リストの抽出にも成功した。これらを用いて疾患診断の試みを行い95%以上の正診率で診断可能なことが確認された。「薬剤感受性を規定する遺伝子マーカーの同定」初回寛解導入療法の結果完全寛解に入った患者と寛解導入が失敗した患者とを発現プロファイルの面から比較した。その結果寛解失敗群(治療抵抗性群)特異的な発現を示す遺伝子群を同定することに成功した。その一つを血液細胞株に強制発現させるとビンクリスチン等のビンクアルカロイド系薬剤に対する抵抗性が誘導されることが明らかになった。「不応性貧血の病期進行メカニズム解析」不応性貧血患者の一部は数年の経過の後AML用の病態へと悪性転化する。本病期進行メカニズムを明らかにするべく各病期のBlast Bankサンプルを用いてDNAチップ解析を行い病気依存性の発現を示す遺伝子を同定した。その結果PIASy遺伝子の発現が健常人及び不応性貧血患者においては高いが、AMLへの転化に伴って発現減少することが示された。そこでPIASyのがん抑制遺伝子としての機能を検証する目的でマウス血液細胞株に導入したところ細胞死が誘導され、PIASyの発現低下が疾患の悪性化に関与することが示唆された。(2)不応性貧血患者および健常人の両者の蛋白質二次元電気泳動において再現性のある泳動パターンを得ることができた。そこで患者と健常人の泳動パターンを画像解析システムを用いて比較検討した。その結果,不応性貧血においてのみ発現している,あるいは欠落しているいくつかのスポットを検出することができた。現在,それらについて質量解析等を行い、その同定、解析を進めている。(3)薬剤感受性を規定することが明らかになった遺伝子産物を認識するモノクローナル抗体を作製し、フローサイトメーター法による簡便な薬剤反応性予測システムの開発を試みた。
結論
本研究事業において各種特発性血液疾患の大規模な純化細胞DNAチップ解析を行い、膨大な遺伝子発現データを得た。これらを元に「発現量から統計的有意に診断」を可能にする遺伝子群の抽出に成功し、カスタムDNAチップによる診断法の可能性を示した。またチップ解析の結果得られた疾患関連遺伝子のうち治療抵抗性にリンクして発現すると思われるものについては、実際の血液細胞に発現導入して薬剤反応性の変化を解析した。その結果チップ実験からビンクアルカロイド耐性遺伝子が同定された。また疾患あるいは合併症の発症に関与すると思われる遺伝子も複数単離することに成功し、これらを標的とした分子療法の開発に向けて基盤技術の開発に成功した。このように研究計画は極めて順調に推移したといえる。

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