宿主応答を指標とした類人猿などを用いた遺伝子治療法の評価系の確立 (総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200428A
報告書区分
総括
研究課題名
宿主応答を指標とした類人猿などを用いた遺伝子治療法の評価系の確立 (総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
吉川 泰弘(東京大学大学院農学生命科学研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 寺尾恵治(感染症研究所筑波霊長類センター)
  • 早坂郁夫(三和化学熊本霊長類パーク)
  • 山海 直(感染症研究所筑波霊長類センター)
  • 中山裕之(東京大学大学院農学生命科学研究科)
  • 久和 茂(東京大学大学院農学生命科学研究科)
  • 辻本 元(東京大学大学院農学生命科学研究科)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究(ヒトゲノム分野)
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
100,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
フランスやアメリカのような先端医療技術の先進国では、しばしば霊長類を用いた非臨床試験なしにヒトで臨床応用がなされるケースがある。このため遺伝子治療の有効性に関する疑義や、あるいは高用量使用による死亡例、白血病の誘発の可能性のような問題が生じている。本研究は非臨床試験のためのサル類及び類人猿を用いたex vivo, in vivoの遺伝子治療法の安全性、有効性等に関する評価システムを確立すること、およびサル類のES細胞を用いた再生医療の安全性、有効性評価のための実験手技の開発、伴侶動物モデルを用いた遺伝子治療法の有効性評価の検討など、総合的に先端医療技術の有効性・安全性を評価することを目的とする。
研究方法
研究方法と結果:①カニクイザルを用いた遺伝子治療基盤研究では以下の研究をおこなった。骨髄幹細胞を標的とした遺伝子治療で、致死量X線の全身照射を必要としない患者の負担の少ない骨髄採取・移植技術として骨髄還流置換法をカニクイザルに応用するためのプロトコルを作成した。骨髄幹細胞を標的としたレトロウイルスベクターによる遺伝子治療で、導入遺伝子の分子スイッチとしてrEPOを用いるプロトコルの評価を行った。ヒトrEPOをカニクイザルに連続投与すると、短期間に抗ヒトrEPOに対する抗体が産生され、血中のrEPOが短期間で消失することが判った。この欠点を克服する目的で、Cyclosporine Aによるヒト由来タンパクに対する抗体産生抑制を試み、抗体産生を抑制する投与法を確立した。治療遺伝子(ヒトFGF-2)を組み込んだFタンパク欠損センダイウイルスベクター(dFSeV/FGF)の大量接種にともなう宿主応答を評価した。大量接種で比較的早期に強力な免疫応答が生じる割には炎症反応が低いという結果であり、dFSeVを用いた遺伝子治療の対象疾患を考慮する上で重要な知見と考えられる。接種個体全てでFGFが接種2日目に検出されたことから、dFSeV/FGFは早期発現が期待される疾患に有効な治療用ベクターであると評価できる。
②カニクイザルで樹立されたES細胞株のうち汎用性の高いCMK-6株について、バイオセーフティの観点から、4種のヘルペスウイルスの潜伏感染およびサルタイプDレトロウイルス(SRV/D)の持続感染の有無を調査しいずれも陰性であることを確認した。これらの結果から、サル樹立ES細胞株CMK-6にはヒトに危険なヘルペスウイルスの潜伏感染および複製可能なサルタイプDレトロウイルスの持続感染はないことが示された。
③臨床研究のための非臨床安全性試験として、SeV/FGF2を筋肉内投与した際の急性変化について検討した。SeV/FGF2をカニクイザルの上腕及び大腿部筋肉内にヒト常用量として5x108
im/ml/kg 及び10倍量の5x109im/ml/kgを投与し、14日間観察を行った。死亡例は認められず、一般状態観察においても著しい異常は認められなかった。また体重、体温、血圧、脈拍、尿検査、血液学的検査、血液生化学的検査で著しい変化はみられなかった。症状の発現は投与濃度には依存していなかった。剖検の結果、SeV/FGF2接種に起因すると考えられる重篤な急性毒性を発現しなかったことから、SeV/FGF2の筋肉内投与における毒性は低いものと判断した。
④サル類の疾患モデル動物の開発、疾患モデル動物の胚・配偶子の保存法の開発、さらに再生医療評価システムの開発を目的として発生工学的基盤技術の開発研究を進めた。フィーダー細胞の品質評価を行い、卵管上皮細胞が適していること、7種類のサイトカインを産生していること、パーコールを用いた遠心集卵法が有効であること、円形精子細胞を用いた体外受精の結果から、卵の活性化能にはカニクイザルの個体差があること等が明らかにされた。今回の成績は今後のサル類ES細胞の研究に有用であると思われる。
⑤チンパンジーを用いた遺伝子治療用ベクターの評価技術開発の一環として、バイオプシー器官培養による評価を進めている。導入遺伝子の発現を経時的に追った所、培養後3日目では発現はみられず、培養後10日~2週間後に発現が効率よくみられた。ウイルスレセプターの発現を検討するため、免疫染色法を用いてCoxsackie-Adenovirus Receptor(CAR)を有しているか否かを調べた。培養0、3、10、20日目のいずれにおいても、器官培養したチンパンジー気管支上皮細胞はCARを有することが判明した。このことからレセプターは定常的に発現しており、導入遺伝子の発現にはレセプター以外の因子が関連している可能性が示唆された。チンパンジーES細胞利用による遺伝子治療の評価法開発を目指し、GnRHa・hMG・hCGを併用した卵巣刺激(short protocol)を行い、1頭から複数の卵を経膣的に採取した。採取卵はICSIにより受精させたのち、培養した。チンパンジー5頭の雌から総数27個の卵を採取し、そのうち22個が受精した。受精卵のうち、18個は8細胞期まで分割し、4個は胚盤胞まで発生した。しかし、本研究ではES細胞まで進まなかったので、今後ES細胞樹立の検討を行う予定である。
⑥伴侶動物等を用いたモデル研究では、イヌp53遺伝子発現アデノウイルスベクター(AxCA-cp53)およびantisense-mdm2遺伝子を組み込んだアデノウイルスベクター(Ad-m2a)について,イヌの各種腫瘍細胞株に対する増殖抑制効果を検討した。AxCA-cp53,Ad-m2aともに骨肉腫および乳腺腫瘍由来の細胞株に対して明らかな増殖抑制効果を示すことが示された。さらにAxCA-cp53とAd-m2aを同時感染させることによって,より効果的な細胞増殖抑制 を誘導することが確認された。
⑦スナネズミを用いた脳梗塞モデルによる、海馬神経細胞の遺伝子治療によるアポトーシス阻止モデルでは、センダイウイルス(SeV)ベクターを用いて遺伝子治療について検討した。スナネズミ両側総頸動脈を5分間結紮することにより、海馬CA1領域の錐体細胞は選択的にアポトーシスに至る。野生型SeVに治療用遺伝子を搭載した付加型SeVベクター、F遺伝子欠失センダイウイルスに治療用遺伝子を搭載したF遺伝子欠失型SeVベクター、あるいはMF両遺伝子を欠失したセンダイウイルスに治療用遺伝子を搭載したMF両遺伝子欠失型SeVベクターに、グリア細胞株由来神経栄養因子(GDNF)などの遺伝子を搭載し、脳虚血モデルスナネズミの脳室内に投与した。脳虚血前にGDNF遺伝子搭載付加型SeVベクターを投与することにより、錐体細胞の細胞死は抑制された。また、ウイルス粒子が放出されない、GDNF遺伝子搭載MF両遺伝子欠失型SeVベクターを虚血4時間後に投与した場合においても高い神経細胞保護効果が認められ、今後の臨床応用の可能性が示唆された。
結果と考察
考察:本研究班は学術的意義と同時に動物を用いた遺伝子治療評価系の開発を最大の目的としている。新しい評価系として期待されるチンパンジーのES細胞株樹立、およびサルES細胞株の安全性をバイオセーフティの観点から検討したのは学術的意味がある。伴侶動物はヒトでは不可能な早期患者についての遺伝子治療の有効性評価が可能であり、早期治療の効果をヒトでの治験患者の選択とプロトコルの確立に寄与することが出来る。国際的・社会的意義:遺伝子治療技術を臨床応用するために必須のステップであるa)新規に開発されたベクターの安全性、有効性評価、b)遺伝子治療プロトコルの安全性、有効性評価を可能とする標準プロトコルを確立したことにより、新規の遺伝子治療法の臨床応用に貢献した社会的意義は大きい。伴侶動物を対象とした臨床遺伝子治療を実施した。また本研究で樹立したプロトコルを用いて、他の遺伝子治療ベクターおよび治療プロトコルの有効性、安全性の評価を中立的立場でおこなうこと、確立されたプロトコルに関しては情報公開し、広く利用を図る必要がある。
結論
チンパンジーではバイオプシー材料を用いた遺伝子治療の評価系を確立した。他のウイルスベクターや個体差を考慮した研究を進める必要がある。再生医療の新規評価系としてチンパンジーのES細胞の作成を世界に先駆けて行う。カニクイザルでは骨髄細胞、脳内へのベクター接種の基本プロトコルの作成及び安全性試験のプロトコルを確立した。またサル類を用いたモデル系の開発、遺伝子治療の有効性評価を進めた。再生医療の評価のため新規ES細胞の作成を進めた。伴侶動物ではヒトで実施できないステージの患者を用いた臨床試験が可能であり、有効性評価を進めている。遺伝子治療の有効な患者の選択及び伴侶動物の健康と福祉に貢献し、社会的意義が高い。

公開日・更新日

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