治療用外来遺伝子の生体内発現制御に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200424A
報告書区分
総括
研究課題名
治療用外来遺伝子の生体内発現制御に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
落谷 孝広(国立がんセンター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 吉田輝彦(国立がんセンター研究所)
  • 濱田洋文(札幌医科大学医学部)
  • 片岡一則(東京大学大学院)
  • 鐘ヶ江裕美(東京大学医科学研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究(ヒトゲノム分野)
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
50,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
治療用外来遺伝子を生体に導入する場合、重要となる要素はその導入効率、特異性、生体内制御の3点である。本研究に於いては、特に遺伝子治療用ベクターが生体内で最大限の治療効果を発揮できるよう、生体内への投与方法、発現量や発現期間の制御の方策、標的への確実なデリバリーなどをさらに改良・工夫し、生体にとって有効かつ副作用の少ない安全な方法を樹立することが目的である。
研究方法
本研究目的を達成するためのアプローチとして、生体親和性の高いバイオマテリアルを用いることにより、治療用外来遺伝子を体全体あるいは特定の作用部位へコントロールされたパターンに従って送り続け、あるいは任意の時期にそれを終了させうる画期的な技術開発を目指す。本研究組織においては、この新しい技術を中心に、生体内での遺伝子発現制御と安全性を向上させるための遺伝子の多段階発現制御系の開発と治療用ベクターへの応用、キャプシド型アデノウイルスベクターによる部位特異的な遺伝子導入、生体内デリバリーを主眼とした新たな非ウイルスベクターの分子設計などの技術開発を試み、治療用外来遺伝子の体内動態を制御しうる研究に焦点を絞る。
本研究では、研究用の細胞のみの扱いであり、ヒト受精卵などを対象とせず、倫理上の問題はない。実験動物の扱いは全て実験動物取扱い倫理規定に基づいて行われた。
結果と考察
研究結果および考察
1)治療終了時あるいは副作用の発生時にすぐさま遺伝子治療をOFFに制御する目的のために、アテロコラーゲンと合成化合物シリコーンからなるハイブリッドを素材とする体内インプラントを設計し、体内に埋め込んだインプラントを簡単な施術により除去することで、任意の時期に導入した遺伝子ベクターの発現を中止できる安全装置を備えたシステムを開発した。テロコラーゲンとDNAとの複合体に、糖類の一種であるショ糖やマンニトールを添加することでシリコーン製剤からのDNAの放出性をコントロールすることが可能であった。さらに、アテロコラーゲン包埋法の応用として、IL-2遺伝子によるメラノーマの肺転移の抑制に有効であることを確認した。
2)既に確立した部位特的組換え酵素Cre/loxPとCreとは独立して働く第二の部位特異的組換え酵素FLP/FRTを組み合わせることにより複数遺伝子同時発現制御系や多段階発現制御系の確立を試みた。各々の細胞株にFLP発現ウイルスを感染し、その3日後にCre発現ウイルスを感染した結果、これらの遺伝子の発現が各々の組換え酵素により目的通り制御されていた。またSouthern blot法により染色体上での目的通りの組換えを確認した。FLPはCreと比べ組換え効率が劣るため100%の細胞での組換えのためには多くのウイルス量が必要とされるが、ウイルスそのものによる細胞毒性は認められなかった。一方Creは組換え効率は非常に高いもののウイルス量を増加した場合にはCreそのものによる細胞毒性が認められたため、至適ウイルス量の予備的な検討が必要であると考えられた。
3)アデノウイルス受容体CARと結合しないAd40短ファイバー(F40S)を持つAdv?F40Sをベースとして、in vivoでの非特異的遺伝子導入を最小に抑え、癌細胞の特異的標的化が可能なファイバー変異アデノウイルスの開発を目指した。NG2糖タンパクと特異的に結合する10アミノ酸のペプチドリガンドTAAと組み合わせたF40S/TAAウイルスを用いることにより、悪性黒色腫、悪性脳腫瘍などの皮下腫瘍モデルに対して、効率の高さに加えて選択性の高いレポーター遺伝子導入に成功した。一方、インテグリンを標的としたF/RGD ウイルスを用いると、間葉系幹細胞を用いた浸潤性のグリオーマに対するIL-2治療実験では明らかな抗腫瘍効果が得られ、新しいDDSとして有望である。現在臨床への応用を目指して各種ベクターを作成し、安全性の評価を進めている。
4) 高分子ミセル型遺伝子ベクターを用いた効率良い遺伝子発現系を確立した。特に、ポリカチオンの構造を適切に設計することによってクロロキンなどの助剤を用いることなく遺伝子導入を可能にした。また 血清共存下での安定性を定量的に評価する方法を用いてミセルベクターが高濃度血清存在下においても高い安定性を保持することを明らかとした。マウス循環血中でミセル型ベクターの安定性を確認するとともに肝臓におけるレポーター遺伝子の発現を確認した。さらにブロック共重合体のポリカチオン鎖にジスルフィド結合を導入することによって細胞内還元環境下で高い遺伝子発現を実現することに成功した。これより、細胞外では安定で細胞内環境において適切に内包DNAを放出し、遺伝子発現を導くインテリジェント・ベクターシステムの設計指針を明らかとした。
5)ラットプロバシンプロモータ?のアンドロゲンレスポンスエレメント(ARE)をレチノイン酸レスポンスエレメントに置換し、レチノイン酸を投与することにより遺伝子を発現する新たな前立腺がん特異的プロモーターを構築した。本修飾型rPBプロモーターは、前立腺に対する特異的を維持しつつ、ホルモン依存性および抵抗性前立腺がん細胞において効率よく外来遺伝子を発現した。また、ヘルペス単純ウイルスチミジンキナーゼを用いた自殺遺伝子治療と組み合わせることにより、前立腺がん細胞の増殖を特異的に抑制した。
結論
すでに米国を中心に3、000人以上の患者(そのうち半数以上ががん患者)に対して遺伝子治療が実施されている。現時点ではその効果は満足のいくものではない。その大きな原因として、治療用ベクターの生体内への導入・発現の効率が不十分であることや、標的部位への特異的導入や細胞特異性に欠ける点、さらには、いったん体内へ送り込んだ治療用ベクターを後から制御出来ないなどの安全性に関する問題などが挙げられる。従って、本研究に於いて開発されたアテロコラーゲンによる生体内でのベクターの発現制御をはじめとして、部位特異的遺伝子導入と発現をオン・オフにする画期的な方法の開発は、実際の遺伝子治療に於いて、効果的な標的細胞への目的の遺伝子発現ばかりか、治療によって生体に副作用が生じたり、治療を終了したい場合に、生体内で遺伝子発現をオフに制御する方法の確立に直結し、ゲノム研究によって明らかにされたヒトの疾患に関与する多くの遺伝子を治療へと応用する道が開ける。また、がんに対する新規治療法の基礎研究や遺伝子治療の臨床研究応用への速度は速まり、さらに他の疾患に対しても幅広い応用性と波及効果が期待される。
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