遺伝子導入技術を使った細胞・遺伝子の特異的修復法に関する研究

文献情報

文献番号
200200422A
報告書区分
総括
研究課題名
遺伝子導入技術を使った細胞・遺伝子の特異的修復法に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
島田 隆(日本医科大学第二生化学教室)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究(ヒトゲノム分野)
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
30,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
遺伝子導入技術の開発・改良を進めるとともに、組織幹細胞を標的とする遺伝子病の治療法を確立することを目標としている。遺伝子治療は、遺伝子の異常の修復を目的とする「遺伝子の治療」と、遺伝子を薬剤として投与する「遺伝子を使った治療」の二つの方向で発展してきている。「遺伝子の治療」は現時点では先天性免疫不全症の治療でしか成功していないが、将来的には遺伝子病の唯一の原因療法として、ますます重要になってくると考えられる。一方、「遺伝子を使った治療」は、癌や生活習慣病などの幅広い疾患に対する応用が開始されており、今後重要な治療法の選択肢の一つとなると考えられる。我々の研究室では、これまで長期組込型のウイルスベクター(HIV、AAV)を開発し、各種疾患に対する臨床応用の可能性を検討してきた。本研究では、更に「遺伝子の治療」を行うための基盤技術の整備を行う。具体的には、(1)遺伝子導入技術の開発、(2)多能性幹細胞の研究。(3)遺伝子修復技術の開発、の三つの課題について研究をすすめる。(1)では、ウイルスベクターの改良に加え、ハイブリッドベクターや非ウイルス合成ベクターの研究も進める。更に、安全性や効率の点で不可欠と考えられている細胞ターゲティング技術の確立を目指す。(2)では、遺伝子病の治療のための重要な標的細胞と考えられる、患者自身の骨髄中多能性幹細胞の分化能や遺伝子導入効率の検討を行う。(3)では、幹細胞の治療を行うために、遺伝子変異を起こさない遺伝子導入法の開発、及びミスマッチ修復技術を応用した遺伝子操作技術の基礎的研究を推進する。これらの研究により患者本人の幹細胞の遺伝子を修復することができるようになれば、究極の遺伝子治療である「遺伝子の治療」による遺伝子病の治療が可能になると考えている。
研究方法
パッケージングプラスミド及びベクタープラスミドを改良し、更に濃縮法を改善することにより安全でしかも高力価のHIVベクターの調製に成功した。新生血管抑制因子(angiostatin、endostatin、Flt-1、FLK-KDR)を組み込んだHIVベクターを作製し、様々な新生血管病モデルに対する有用性を検討した。新生児マウスを高濃度酸素に暴露させることで眼内新生血管病モデルマウスを作製した。コラーゲン及び不完全アジュバンドを投与することで慢性間接リウマチモデルを作製した。SCIDマウスにNamalwa細胞或いは ARH77細胞を移植して悪性リンパ腫モデル及びMMモデルとした。AAVベクターが神経組織や筋肉組織に高率に感染し長期間発現できることを利用して、異染性ロイコジストロフィー(MLD)及びFabry病のノックアウトモデルマウスの治療実験を行った。移植時期や移植条件を検討することで骨髄細胞のほぼ100%をGFP陽性細胞で置換させたキメラマウスを作製した。組織の修復過程における骨髄細胞の関与を検証するため、左冠状動脈を結紮することで心筋梗塞モデルを作製した。又、中大脳動脈を閉塞させて脳梗塞モデルを作製した。腎炎モデルはハブ毒を静注して作製した。各種オリゴヌクレオチドを作製し二本鎖DNAとの相互作用をゲルシフトアッセイ、制限酵素感受性試験で検討した。LacZ遺伝子をもつm13ファージDNAを利用したin vitroでのミスマッチ修復アッセイ系を確立した。
結果と考察
研究結果及び考察=硝子体内へHIVベクターを直接投与することで90%以上のマウスで眼内血管新生の有意な抑制効果が認められた。失明原因のトップである糖尿病網膜症や加齢性黄班症等の眼内血管新生病治療法の重要な選択肢になることが期待される。HIVベクターの膝関節内投与により滑膜の肥厚や炎症性肉芽組織(パンヌス)の形成が著明に抑制された。更に遠位足関
節での炎症反応の抑制も認められた。これらの結果は関節炎の形成に血管新生が強く関与していることを示唆している。HIVベクターを使ったこれら生活習慣病の治療を将来的に行うべくベクターの安全性の改善を引き続き行っている。悪性リンパ腫モデルマウスではHIVベクターを筋肉内に投与することにより血中内の新生血管抑制因子が上昇し、腫瘍サイズの縮小、生存期間の延長が認められた。MMモデルマウスでは約70%の効率で遺伝子導入された造血幹細胞を移植したことにより、白血病細胞の減少、IgMの減少、生存期間の著明な延長が認められた。これらの結果は抗血管新生遺伝子治療が血液系悪性腫瘍の治療法としても有望であることを示している。
ヒトXLAの原因遺伝子であるBtk遺伝子の変異をもつ自然発症のxid免疫不全マウスを対象に、オンコレトロウイルスベクターとHIVベクターの比較を行った。HIVベクターにより90%以上の効率で造血幹細胞へのBtk遺伝子の導入が可能であった。遺伝子導入細胞の移植によりB細胞の分化はほぼ正常化したにもかかわらず、免疫グロブリンの上昇は見られなかった。この結果は、免疫機能の改善には単純なBtk遺伝子の発現だけでは不十分であり、Btk遺伝子の発現調節や他の遺伝子の必要性を示唆している。
AAVベクターが神経組織や筋肉組織に高率に感染し長期間発現できることを利用して、異染性ロイコジストロフィー(MLD)及びFabry病のモデルマウスの治療実験を行った。Fabryマウスに対してはAAVベクターにより筋肉内で欠損酵素( -ガラクトシダーゼ)を発現させ全身に供給する酵素補充療法の可能性を検討した。AAVベクターの一回投与により血中の酵素活性は正常の約30%に上昇し、各組織でも10-20%の酵素活性が認められた。酵素活性の上昇に伴い組織内に蓄積していた脂質の著明な減少が認められ、治療後25週では正常値にまで改善していた。更に免疫組織学的検討及び、電子顕微鏡による検討においても蓄積した脂質の除去及びそれに伴う形態学的改善が認められた。AAVベクターの筋肉内注射は血友病の遺伝子治療において安全性が確認されている。AAVベクターによるFabry病の遺伝子治療は現時点では最も有効性が期待できる治療法と考えており臨床応用を始める準備を行っている。
骨髄中の多能性幹細胞の有用性を検討するため、GFPトランスジェニックマウスの骨髄細胞をGFP陰性の通常のマウスに移植したキメラマウスを作製した。移植時期や移植条件を検討することで骨髄細胞のほぼ100%をGFP陽性細胞で置換させることに成功した。キメラマウスで炎症反応や梗塞を起こすと、その修復機転において多くのGFP陽性細胞が関与していることが明らかになった。心筋梗塞後の治癒過程においてGFP陽性細胞がdesmine或いはtroponin陽性筋肉細胞に、脳梗塞後の脳組織ではiba1陽性のマイクログリアに、腎炎後の修復過程ではthrombomodulin陽性の血管内皮細胞に分化することが確認された。このキメラマウスは多能性幹細胞の研究を行ううえで重要な実験系になると考えられる。又、これらの実験結果から骨髄中の多能性幹細胞をキャリアーとする遺伝子治療の可能性が示された。
DNAテンプレートと一塩基ミスマッチをもつ各種オリゴヌクレオチドとの結合をゲルシフトアッセイ、制限酵素の感受性、ミスマッチ特異的結合蛋白質(MutS )との相互作用の点から検討した。又、M13ファージのLacZ遺伝子の修復を指標としたin vitroのミスマッチ修復アッセイ系を確立した。この実験系では、単純な直線状オリゴヌクレオチドが最も効率良くテンプレートとハイブリッドを形成し、ミスマッチ修復系による塩基置換が約1/1000の効率で起こることが明らかになった。
結論
安全で高率のHIVベクター産生系を確立した。眼内新生血管病、慢性関節リウマチ、悪性リンパ腫、多発性骨髄腫のモデルマウスを対象に、HIVベクターによる抗新生血管遺伝子治療の有効性を示した。X連鎖無ガンマグロブリン血症モデルマウスを対象にHIVベクターによる造血幹細胞遺伝子治療実験を行った。AAVベクターによる異染性ロイコジストロフィー及びFabry病の遺伝子治療に成功した。GFP陽性骨髄細胞をもつキメラマウスを用いて組織修復過程における骨髄幹細胞の関与を検討した。in vitroでのミスマッチ修復アッセイ系を確立し、オリゴヌクレオチドによる遺伝子変換の可能性を示した。

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研究報告書(紙媒体)

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