心不全における遺伝子発現プロファイル作成およびテーラーメイド医療の確立(H13-ゲノム-011)(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200421A
報告書区分
総括
研究課題名
心不全における遺伝子発現プロファイル作成およびテーラーメイド医療の確立(H13-ゲノム-011)(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
北風 政史(国立循環器病センター)
研究分担者(所属機関)
  • 宮武邦夫(国立循環器病センター)
  • 村松正明(ヒュービットジェノミクス(株))
  • 寄兼良輔(三共株式会社)
  • 堀正二(大阪大学大学院医学系研究科)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究(ヒトゲノム分野)
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
36,700,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
日本人死因の第2位を占める心血管疾患の最終終末像の大半が心不全を呈する。しかし、現在の心不全治療において内科的治療では限界があり、心臓移植に頼るほかないのが現状である。心臓移植を内科的立場より携わる一員として、移植を受けられずに死亡する心移植待機患者を経験する中で、新しい心不全治療開発の必要性を痛感する。さらに高齢者増加による心不全患者の増加は必至であり,厚生行政の最重要課題である医療費抑制の観点からもその適切な治療法の開発は急務である。しかし心不全は原因疾患が多岐にわたり病態が不均一であるという理由から心不全に関する研究は十分進んでいない。近年の遺伝子解析技術の急速な進歩により、病態解明へのアプローチに対する大転換期にある。そこで申請者は、遺伝子解析技術を駆使し新しい心不全治療の展開を目指す。
【研究の必要性】慢性心不全の予後は、五年生存率で30~50%と極めて悪い。さらに患者のQOLが極めて低く、最終的に寝たきりになる。心不全における劇的な治療薬がない現在、数多くの治療薬を併用せざるえなく、医療費の高騰につながる一因となっている。さらに拡張型心筋症などによる重症心不全の治療は現在心臓移植しかないが、移植を受けられずに死亡する患者も少なくない。今後さらに高齢社会を迎える中で、医学的にも社会的にも心不全の病態解明は避けられない。このため,さらに強力な新しい心不全治療法の開発が待たれる。かかる状況下、本研究は従来の生理・薬理学的研究とは全く異なる遺伝子の観点からの研究であり、新しい心不全の診断、予後判定、薬剤効果の判定の開発のみならず、新しい薬剤の開発にも極めて有用である。また、基礎的研究と臨床的研究を融合した研究は病態の解析に極めて重要であるが、心不全の研究においてかかるアプローチは皆無であり、この点においても本研究の必要性が認識される。このような研究が欧米で既に開始され、薬剤・診断技術の開発が先行されると、さらに医療費高騰を招くため極めて火急を要するものである。
【期待される結果】DNAチップを用いた心不全の遺伝子発現レベルの詳細な解析から、心不全の関連候補遺伝子リストの作成が可能となる。このデータは、治療薬選択などにおけるSNP検索や薬剤開発などさまざまな用途に応用できる極めて重要な情報となり、薬剤の開発のみならず薬剤の有効性評価も可能となる。さらに心不全関連遺伝子発現レベルのクラス分けによる予後などの詳細な分類が可能となり、患者個人に合わせた薬剤の選択により医療費削減に多大な貢献が期待できる。
研究方法
1. ヒト不全心筋における遺伝子発現プロファイルの集積(平成13~15年度)
心不全患者において、バチスタ手術、ドール手術、もしくは左心補助装置挿入時に摘出する心筋の一部(1cm角)からmRNAを抽出する。既に、9症例の正常心筋を解析したが、ANP、BNPの上昇を認めるmRNAが5症例あったために、現在4症例のノーマルファイルを作成している。正常心筋として市販されているmRNAも実際に正常であるものは少ないということが本研究にて判明した。現在10症例を目標にノーマルファイルの作成を続けている。心不全より得られたmRNAを用いてaffymetrixのDNAチップを用いてヒト不全心筋における遺伝子発現のレベルの解析を施行する。2001年度は、難治性心不全患者15症例の不全心筋からmRNAを抽出している。また、その症例のうち、DNAチップ解析を既に12症例行っている。かなり、難治性の心不全心筋の遺伝子発現レベルの動態が似ていることから、難治性心不全心筋は20症例程度あれば十分であることが明らかとなった。しかし、逆に難治性心不全心筋の解析だけでは、原因と結果がはっきりしないため、程度の軽い心不全患者の心筋や肥大型心筋症などさまざまなプロファイルが必要であることが判明した。そのために、バイオプシーにて得られる心筋を用いて本研究をさらに展開しようと検討している。既にバイオプシーを含めた研究を倫理委員会に再申請して認可を得ている。これらにより得た結果を心不全動物モデルから集積した遺伝子発現プロファイル(研究計画2.参照)と比較検討することにより、心不全特異的遺伝子を絞り込む。選ばれた心不全特異的遺伝子は、下記の研究へと展開する。(宮武、北風、寄兼)
2.心不全動物モデルにおける遺伝子発現プロファイルの集積(平成13~14年度)
ヒトにおける心不全関連遺伝子が明らかにされたあと、薬剤に対する遺伝子発現レベルの変化などを検討するには、どうしても動物モデルが必要となる。ダールラット、圧負荷モデルなどの心不全モデルにおける遺伝子発現プロファイルの作成を行う。現在、大動脈縮搾マウスを用いた心不全モデルの確立に成功しており、本マウスにおける遺伝子発現プロファイルの作成を開始している。また、ペーシングによるイヌ心不全モデルの確立も開始している。さらに、イヌアレイは市販されておらず、現在独自に開発を進めており、現在ほぼ確立に成功しつつあり、世界ではじめてのチップとして期待している。これらのDNAチップを用いた不全心筋の解析を進め、さまざまな動物モデルに共通に変化している遺伝子は、ヒトにおいても可能性が十分考えられるために心不全関連遺伝子として下記の研究へと展開する。(寄兼、北風、高島)
3.心不全特異的遺伝子の機能解析(平成14~15年度)
心不全特異的遺伝子の機能解析は、蛋白からのアプローチと遺伝子改変からのアプローチの2つで行う。
①蛋白からのアプローチ
同定された心不全特異的遺伝子から蛋白精製を行い、様々な機能解析を行う。まずバキュロシステムを用いて大量合成行い、アフィニティカラム、イオン交換カラムを用いて蛋白精製を行う。得られた蛋白を用いて、心筋細胞実験、動物実験を行うことにより、実際に心不全と蛋白レベルにおいて関連があるかを検討する。特に心不全治療薬剤開発のため、膜蛋白、酵素を優先的に解析を行う。
②遺伝子改変からのアプローチ
心不全特異的遺伝子のノックアウトマウスもしくは心特異的ノックアウトマウスを作成する。また遺伝子過剰発現マウスの作成も行う。これらの遺伝子改変マウスにより心血管系に異常が認められるかを検討する。さらに、圧負荷による心不全を作成し、いかなる病態変化が出現するかを検討する。(北風、堀)
4.心不全特異的遺伝子の遺伝子多型の検討(平成14~15年度)
診断において有用になりうる遺伝子多型の検討を行う。心不全特異的遺伝子の報告されている遺伝子多型をサーチする。前年度は遺伝子多型の倫理委員会の申請を行い、2002年1月に認可を得ることができた。さらに、遺伝子発現プロファイルより得られたデータをもとに、10遺伝子をまず遺伝子多型解析を開始する。これらの遺伝子多型プロファイルを遺伝子発現プロファイルとリンクすることにより、極めて質の高いデータプロファイルが作成されることが期待される。(宮武、村松)
5.慢性心不全治療薬と心筋遺伝子発現パターンの解析(平成15年度)
心不全治療として様々な薬剤が使用されているが、これらの薬剤による効果がある場合とない場合があることが知られている。第一に、これらの薬剤投与による遺伝子発現の変化をDNAチップを用いて解析を行う。第二に、これらの薬剤投与にて効果の有無と遺伝子発現のパターンを解析する。かかる検討により、遺伝子発現パターンの違いに応じて、最適の治療を提案できる可能性が考えられる。第三に、心不全治療薬を複数使用することにより、異なったパターンの効果が出現しないか否かを検討する。かかる検討により、最適の慢性心不全治療メニューを患者個人に応じて提供できることが期待される。現在、大動脈縮搾モデルマウスを用いて、ACE阻害薬およびAT1受容体拮抗薬による遺伝子発現レベルの変化をDNAチップ
を用いて解析を進め、薬剤投与による心不全心筋における遺伝子発現レベルの変化を検討している。(北風、宮武、寄兼)
6.心筋遺伝子発現パターンと予後に関する研究(平成15年度)
1-5の研究において、慢性心不全で発現する遺伝子が同定されてきたが、慢性心不全の臨床症状が同じでも遺伝子発現の変化が多いものと比較的少ないものとに大別される。この二つの遺伝子発現の異なった群において、慢性心不全の予後を1年間経過観察する。慢性心不全症例にてバイオプシーを行い、心不全関連遺伝子200の内150以上変化していた群と、50以下変化していた群において経過を観察する。これにより、いかなる遺伝子の発現が心不全の予後規定因子になるかが明らかになる(北風、宮武)
結果と考察
①DNAチップの結果より正常の3倍以上に上昇した遺伝子が約500個、3分の一以下に低下した遺伝子が200個程度であり、大多数の遺伝子については発現レベルの大きな変動はなかった。また、変動した遺伝子群についてクラスター解析を行ったが、従来の臨床的特長による分類とは必ずしも一致しなかった。しかし従来から心不全で変動することが知られているBNP遺伝子と同様の変化をする遺伝子が100個程度見つかっておりその中に心不全関連遺伝子と考えられるものが含まれていた。
②心不全患者におけるSNPsの解析を開始しており、現在までに約100例の検体に対して標的遺伝子のSNPs解析が可能となっている。
結論
心不全関連遺伝子の検討から、新しい遺伝子解析技術であるDNAアレイ・SNPs解析は不全心の心不全に対する新しい診断・治療に有用であると考えられた。

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