男性不妊症の原因遺伝子の同定と臨床応用(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200419A
報告書区分
総括
研究課題名
男性不妊症の原因遺伝子の同定と臨床応用(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
西宗 義武(大阪大学微生物病研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 奥山明彦(大阪大学医学部)
  • 野崎正美(大阪大学微生物病研究所)
  • 田中宏光(大阪大学微生物病研究所)
  • 山田秀一(京都大学ウイルス研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究(ヒトゲノム分野)
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
60,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
我々の個体は目的を異にする2種類の細胞である体細胞と生殖細胞から成り立っている。前者の障害は様々な病気として医学研究や、医療の主たる対象となってきたが、後者の障害による不妊症は、苦痛との直接的関係が低く、必ずしも加療を要する病気との認識が広く行き渡っていないため、これまで比較的看過されてきた。しかし高齢少子化に向かう我が国では、不妊の問題はその根本的解決策にとって大きな障害となる。とりわけ、男性不妊症は高頻度に現実に存在するにもかかわらず、大部分が原因不明であるため、解決策がなく今後最も重要な研究課題の一つとして力を入れる必要がある。さらに近年、環境ホルモン等の影響により、自然界に生息する様々な動物の性の異常や生殖能力の低下が報告されている。また、ヒト精液中の精子数が減少しているという報告や、我が国や欧米諸国では高頻度(全夫婦の一割以上)に不妊が存在するという事実は、人類の生殖能力にも同様な変化が起こりつつある可能性を示唆している。この様に人類をはじめとする地球上の動物種に起こりつつある生殖の危機及び様々な生殖にまつわる問題を打開するためには、生殖細胞の基礎的研究を押し進め、生殖のメカニズムを理解し、それを制御することにより早急に解決の糸口を見いださねばならない。そのためには、生殖細胞の成り立ち・法則性を十分理解し、それをもとにした不妊症の理解とその解決法の開発が必要である。そこで本研究では、生殖細胞で特異的に発現する遺伝子群の包括的単離と分子生物学的解析を行い、その成果をヒト不妊症の理解とその解析に還元させることを目的とした。具体的にはマウス精巣生殖細胞で特異的に発現する遺伝子群を網羅的にクローニングし、遺伝子構造、機能、発現機構、産物の機能、外来因子による影響等を調べる。さらにヒト相同遺伝子を単離解析し、その機能を明らかにし、それらをもとにして男性不妊症の原因及びそのメカニズムの理解を深めるとともに特異的遺伝子の変異による男性不妊症の可能性について追求する。
研究方法
マウスを用いて得られた分子レベルの知見を個体レベルへ還元し、精子形成の本質を理解する。次にマウスで得られた知見に基づいてヒト男性不妊症の原因遺伝子についての解析を行い、その診断や治療へ、すなわち男性側から見た生殖制御への応用へと進める。具体的には、初めにマウス成熟精巣から未成熟マウス精巣を差し引いたサブトラクテッドcDNAライブラリーを作製し、重差分化法を行うことによって、発現量の如何にかかわらず精子形成過程で特異的に発現するcDNAの網羅的クローニングを行った。これらの塩基配列を決定し、データベース検索を行い、既知遺伝子の情報からその構造上の特徴を調べた。次にこれらの遺伝子の正確な発現場所と時期をノーザンハイブリダイゼイションおよびin situハイブリダイゼイションで調べた。また、それらの遺伝子にコードされる蛋白質の抗体を作製し、蛋白質の局在を調べ、生理機能を類推した。さらに解析の結果、精子形成あるいは受精に関与すると考えられた遺伝子を操作したマウスを作製し、個体レベルでの解析を進めた。この遺伝子操作マウスの中で雄性不妊となるものについて、精巣サンプルの観察や交配実験、体外受精により不妊の原因究明を試みた。さらに遺伝子上流領域をレポーター遺伝子につないだコンストラクトを導入したトランスジェニックマウスを作成し、半数体特異的発現制御機構を解析した。以上、マウスを実験動物として用い
て解析した結果、精子形成および受精に重要であることが確認された遺伝子についてヒト相同遺伝子をクローニングして、男性不妊患者と健常者との間で当該遺伝子の変異を調べて、ヒト男性不妊症の原因遺伝子である可能性を検討した。
結果と考察
精子形態形成から精子完成過程を含む半数体精子細胞特異的に発現する遺伝子cDNAの網羅的クローニングを行い、85種類の特異的遺伝子を得た。これらの多くは体細胞型に対する精巣生殖細胞型アイソフォームであった。この中で50以上の遺伝子について染色体マッピングを行い、半数体精子細胞特異的遺伝子は偏在することなく、全染色体に分布することを明らかにした。順次これらの遺伝子にコードされる蛋白質の細胞内局在および生化学的解析を行ったところ、核蛋白質、細胞骨格関連蛋白質、シグナル伝達系関連蛋白質さらに代謝系酵素等がみられた。また、ゲノム遺伝子の構造を調べると、どれも非常にコンパクトな構造をしており、特にイントロンがないもの、一つしかないものが約半数を占めていた。イントロンレス遺伝子の多くはヒトにも存在することから哺乳動物の種が拡大する前にイントロンを持つ体細胞型遺伝子からレトロポジションによって生じたものと思われる。全体的に遺伝子サイズが小さいことは、短時間に大量の遺伝子発現を容易にするためと考えられる。また、これら遺伝子はプロモーター領域にTATA-box, CAAT-box, GC-richモチーフなどの構造を持たず、内部に多くのCpG 配列を持つ特殊な構造をしており、これが転写機構の特異性と関連する可能性が示唆された。これまでにマウスで精子形成に重要と考えられる遺伝子のヒト相同遺伝子について男性不妊症患者のゲノムのSNPs等の変異を同定し、精子形成不全を伴う男性不妊症との関連性についての解析を進め、すでに数百例の不妊症患者DNAについて16個の特異的遺伝子の解析を行いその内3個の遺伝子において不妊に関連したSNPsを発見した。中でもProtamine遺伝子で正常男性群には見られず、不妊群にのみ存在するものを同定した。
結論
半数体特異的遺伝子の多くは体細胞型に対する生殖細胞のアイソフォームであり、イントロンを持つ体細胞型遺伝子からレトロポジションによって生じた可能性が高い。また単離したcDNAを用いて蛋白質の局在の解析と生化学的解析を行ったところ、核蛋白質、尾部形成や運動に重要な細胞骨格、シグナル伝達系蛋白質、エネルギー代謝酵素が主であった。また遺伝子プロモーター構造は特徴的であり発現の特殊性との関連が示唆された。精巣生殖細胞分化あるいは精子機能に重要なヒト遺伝子のクローニングに関しては、順調に進行している。今後、さらに多くの遺伝子について多くのヒト男性不妊症患者サンプルを用いたSNPs解析を進めることで、不妊症の原因遺伝子の同定を行う。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-