ゲノム情報の利用による自殺防止を目指した向精神薬開発に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200413A
報告書区分
総括
研究課題名
ゲノム情報の利用による自殺防止を目指した向精神薬開発に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
樋口 輝彦(国立精神・神経センター国府台病院)
研究分担者(所属機関)
  • 樋口輝彦(国立精神・神経センター国府台病院)
  • 染矢俊幸(新潟大学医学部)
  • 吉川武男(理化学研究所)
  • 前田潔(神戸大学医学部)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究(ヒトゲノム分野)
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
40,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
うつ病の発症メカニズムとして心理社会的要因とともに脳の脆弱性因子が重要である。こうしたうつ病感受性ないしストレス脆弱性の素因は単一遺伝子ではなく多遺伝子およびそれらの相互作用で影響されている。我々は、自殺者死後脳における遺伝子発現プロファイルの特徴を詳細に検討する作業を開始しているが、このような多遺伝子の複合要因を解明するにあたっては自殺者死後脳などのヒトサンプルだけの解析では限界がある。そのため、うつ病感受性ないしストレス脆弱性の個々の遺伝的要因(感受性遺伝子)を明らかにするためには、コンソミックマウスなどの先端的な動物モデルを有効に利用しゲノムレベルで網羅的に研究を進めていく必要がある。そこで本研究ではゲノム情報を利用した分子生物学的な研究により、自殺の生物学的マーカーの候補遺伝子の検索と抗ストレス・抗うつ効果を示す新しい向精神薬の標的候補遺伝子の検索を行うことを目的とした。本研究により、自殺危険度の予測法や自殺念慮発現抑制薬の開発に直結する成果が得られることが期待された。
研究方法
本研究は、研究班を組織して以下の4つの研究課題に分担して研究を進めた。(1)うつ状態を改善する新規自殺予防薬の標的分子検索①候補遺伝子の探索,②培養神経細胞の形態変化を指標としたアッセイ系の確立,③神経伝達物質開口放出メカニズムの変化を指標としたアッセイ系の確立。(2)自殺念慮に関与する神経回路機能障害の神経栄養因子による修復の分子機構解明①成体期ラットへのIL-1α投与実験,②幼若期ラットへのIL-1α投与実験。(3)うつ状態モデルマウスのQTL解析による自殺念慮の生物学的マーカーの検索①QTL上の候補遺伝子の解析,②ヒト遺伝子の解析,③コンソミックラインの作成,④自殺念慮の生物学的マーカーとなる遺伝子変異の自殺者死後脳における検索
結果と考察
研究班を組織して4つの研究課題に分担して研究を進めたところ、以下のような結果が得られた。○うつ状態を改善する新規自殺予防薬の標的分子検索(1)候補遺伝子の探索:種々の抗うつ薬を慢性投与した実験動物の脳から各薬物に共通した反応を示す新規遺伝子・ESTを初年度は前頭葉皮質より約300個、2年度は海馬より約450個同定した。我々が同定したcDNA断片には、神経突起・軸策の伸展や退縮、神経伝達物質の開口放出機構といった神経可塑的変化に機能的に関わるものが複数存在していた。(2)培養神経細胞の形態変化を指標としたアッセイ系の確立:ADRG#14をモデルとした実験では、ADRG#14強制発現群では、神経突起の長さは退縮し、神経突起数も減少していることが確認された。(3)神経伝達物質開口放出メカニズムの変化を指標としたアッセイ系の確立:神経成長因子により神経細胞様に分化させたPC12細胞に抗ADRG14抗体をトランスフェクションした条件下(機能抑制モデル)において、High K 刺激後10秒では無刺激と有意な変化は認められず、さらにmaxに到達するまでの時間に遅れが認められた。ADRG14はプレシナプスにおけるSNARE-complexに関与する可能性が高く興味が持たれる。○ 自殺念慮に関与する神経回路機能障害の神経栄養因子による修復の分子機構解明(1)成体期ラットへのIL-1α投与実験:投与1時間後ではPPIがIL-1α投与群で有意に低下していたが、24時間後では対照群とIL-1α投与群の間に有意差を認めなかった。(2)幼若期ラットへのIL-1α投与実験:IL-1α投与群では、PPIが有意に低下していた。血清CORT濃度の平均値はIL-1α投与群で有意に低下
していた。前頭前皮質DA濃度は、両群の間に有意差を認めなかった。DA代謝産物であるDOPAC濃度の平均値はIL-1α投与群で有意に増加していた。また、DOPAC/DAの平均値もIL-1α投与群で有意に増加していた。前頭前皮質5-HT濃度の平均値は両群の間に有意差を認めなかった。5-HT代謝産物である5-HIAA濃度の平均値はIL-1α投与群で有意に低下していた。5-HIAA/5-HTの平均値もIL-1α投与群で有意に低下していた。脳内サイトカインの役割を解明することにより、新規の抗うつ薬または抗ストレス薬の開発につながる可能性が高い。○うつ状態モデルマウスのQTL解析による自殺念慮の生物学的マーカーの検索(1)QTL上の候補遺伝子の解析:解析の対象に取り上げたNADH dehydrogenaseとRab-13のアミノ酸配列に影響を与える塩基置換は 見いだせなかった。(2)ヒト遺伝子の解析:GABA-A receptor遺伝子のa1のイントロン1に存在する15413G>A、およびa6のエクソン11に存在する603814T>CをPCR-direct sequencing法でタイプした。両多型とも男性では対立遺伝子、遺伝子型頻度ともに有意差は認められなかったが、女性ではa1ム15413G>Aで、対立遺伝子頻度P = 0.0176、a6ム603814T>Cで対立遺伝子頻度P = 0.0118、遺伝子型頻度P = 0.0335と有意差が認められた。2つのSNPからなるハプロタイプ解析ではP= 0.0031であった。以上の結果は、今後これら染色体座位にコードされている責任遺伝子を特定し、ヒトでの相同遺伝子を解析する重要な材料を提供すると考えられる。今回の研究で明らかになったうつ状態感受性QTLの真の責任遺伝子を同定していくために、我々はコンソミックマウスの作成にとりかかっている。その先には、ヒトでの対応遺伝子を調査しうつ状態感受性、自殺感受性との関連を調べ創薬につなげていく作業がある。○自殺念慮の生物学的マーカーとなる遺伝子変異の自殺者死後脳における検索 5HTT-LPR、 MAOA-uVNTR、DRD4:-521C/T多型では、自殺既遂者群(全例・男・女)と健常対照群(全例・男・女)における遺伝子型ならび遺伝子頻度の 分布に有意な差を認めなかった。一方、COMT:158Val/Met多型では、男性自殺既遂者群と男性対照群において遺伝子型の分布に有意差がみられ 、遺伝子頻度でも男性自殺既遂者群でG(Val)アレルが少ない傾向を認めた。このことから、男性では高COMT活性が自殺に抑制的に働いていることが示唆された。 5HTT-LPR、MAOA-uVNTR 、DRD4:-521C/T多型、及び COMT:158Val/Met多型間の相互作用を検討したところ、男性自殺既遂者群と男性対照群においては、 5HTT-LPRとMAOA-uVNTR 、および5HTT-LPRとCOMT:158Val/Met多型において遺伝子型の組合せの分布に有意差を認めた。今後はさらに多数の症例で、ハプロタイプや他の5HT関連遺伝子多型の解析に加え、性差、年齢複数の機能的遺伝子多型の組合せを考慮にいれた解析を予定している。また、自殺者死後脳を用いた遺伝子発現プロファイルの予備的検討に着手しており、いくつかの候補遺伝子を同定している。
結論
我々の研究成果により、感情障害やストレス性障害に対する治療ターゲット遺伝子を発見し知的所有権を獲得することが具体的成果として期待される。また、病態に密接に関わる脳内機能分子を発見することにより、個人の病態にあわせた「自殺防止のための最適薬物療法開発」の可能性が期待される。本研究により自殺危険度の予測法や自殺念慮発現抑制薬の開発に直結する成果が得られることが期待された。

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