薬物代謝系の制御機構の解明と薬剤に対する生体側の感受性決定因子の探索(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200410A
報告書区分
総括
研究課題名
薬物代謝系の制御機構の解明と薬剤に対する生体側の感受性決定因子の探索(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
山本 雅之(筑波大学)
研究分担者(所属機関)
  • 本橋ほづみ(筑波大学)
  • 遠山千春(国立環境研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究(ヒトゲノム分野)
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
45,600,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
近年、様々な医薬品開発が進み、生活習慣病に対する薬剤治療が成功裏に行われるようになりつつある。また、生活習慣病以外の疾患に対しても、投薬治療が有効に行われている。しかしながら、薬剤には期待される効果と同時に、毒性・副作用が付随するのが常であり、個人によってはその発生が重大問題となる。したがって、これからの高齢化社会においては、薬剤急性毒性を未然に防止し、個人の体質に応じて適切な薬剤を適正な投薬量で処方する体制づくりが急務である。
本研究の目的は、薬物代謝に関わる酵素群の遺伝子発現制御機構を転写因子レベルで包括的に解明することである。この目的で、動物個体を用いた発生工学実験と分子生物学実験を行う。また、その制御に関与する因子群のヒトにおける機能と遺伝子多型を解析することを通して、個人ごとの薬剤に対する感受性を予測し、投薬量の最小化や薬剤急性毒性の発症を最小限にくい止める方策を開発することである。本研究は、厚生労働省の掲げる「個人の特徴に応じた革新的な医療の実現」の課題に、生命科学の最先端から挑むものであり、本領域の世界標準の形成を目指すものである。
本研究より、薬物代謝酵素群遺伝子の発現制御機構の包括的理解が進むとともに、薬剤の急性毒性発症を規定する因子を解明することができるものと期待される。また、ヒトにおいて、低レベル薬物代謝能と連関する制御因子の遺伝子多型を予め調べることにより、薬剤感受性の高い個人を予測することが可能となる。さらに、急性毒性発症機構を分子レベルで解明することにより、それを回避するための補助薬などを開発することが可能になる。すなわち、本研究により、個人の特徴に応じた医療の実現が可能になるものと考える。一方、薬物代謝制御機構の分子レベルでの正確な理解と制御因子遺伝子の改変マウスは、薬剤や食品添加物、農薬の評価基準を算出する際に、確固とした生物学的な根拠を提供するモデル系作出に繋がる。
そこで、初年度の取り組みとして、薬剤感受性規定の候補因子であるNrf2とKeap1遺伝子について、分子レベルでの機能解析を進め、また、ヒトでの多型解析を実施することを目標とした。
研究方法
Nrf2欠損マウスの表現型を解析し、薬剤の急性毒性が顕在化し易いことや、発癌作用のある化学物質に対する感受性が高いことなどの分子基盤を明らかにする。Nrf2/Keap1制御系の活性化をもたらす異物代謝系第1相反応の代表的な制御因子であるAhR分子の個体における機能を解析し、第1相反応と第2相反応の生体における相互作用と特異的な機能を明らかにする。また、薬剤投与の副作用により肝障害をきたした症例の血液、あるいは、外来化学物質との関連が深いとされている肺癌、膀胱癌、腎癌、食道癌の症例の正常組織と腫瘍組織からDNAを精製し、Nrf2遺伝子とKeap1遺伝子の変異の有無を探索する。アミノ酸をコードする翻訳領域のほか、遺伝子発現に関係するプロモーター領域配列もふくめて解析を試みる。薬剤毒性の感受性と相関する多型を同定する。
結果と考察
1)Nrf2-Keap1制御系の活性化機構の分子レベルでの解析-Nrf2は、親電子性試薬、あるいは、酸化ストレス刺激により、Keap1から解離して安定化し、核内に移行して転写を活性化する。Nrf2のin vitroでの免疫沈降実験、培養細胞に対する一過性遺伝子導入実験から、Nrf2の転写活性化に関与する複数の機能ドメインの存在が示された。最もアミノ末端側に、非刺激時のNrf2蛋白質の分解に必要な領域が存在し、そのカルボキシル末端側隣にKeap1との相互作用に必要な部分が存在する。また、さらにそのカルボキシル末端側に、コアクチベーターCBPとの相互作用に必要なドメインがあり、bZip構造のカルボキシル末端側、つまり、Nrf2分子の最もカルボキシル末端部分には、転写活性化に重要なドメインが存在することも明らかになった。ところで、Keap1はシステインに富む蛋白質であり、Keap1分子の中心付近のシステインに、親電子性試薬が直接作用することが示された。つまり、Keap1が親電子性試薬のセンサー分子であるという可能性が示唆された。また、Nrf2の機能を抑制するためには、Keap1分子の複数のドメインが必要であり、Keap1分子全体のコンフォメーションが保たれていることが必要であると考えられる。
2)薬剤の急性毒性・晩発性毒性発症におけるNrf2-Keap1制御系の関与の検討
(i) nrf2欠損マウスの易発癌性の検討-第1相反応により形成される活性型代謝中間産物は、蛋白質や核酸などの生体高分子に結合して障害性を示し、組織障害や発癌を惹起する。Nrf2が統一的に制御している第2相酵素群は、これらの中間産物を抱合反応などにより無毒化して排泄を促す。Nrf2により制御される因子群が、薬物の急性毒性のみならず、晩発性影響である発癌に対してどのような貢献を果たしているかを明らかにするために、Nrf2欠損マウスに対する発癌実験を行った。その結果、同マウスはベンツピレンやニトロサミンなどの化学物質に対して、著明な易発癌性を示すことが明らかになった。したがって、Nrf2により制御される因子群は、薬物による発癌予防にも重要であることが実証された。
(ii)ヒトAhRノックインマウスの作製と薬剤反応性の検討-異物代謝に関与する酵素群、あるいは、それらの誘導機構は、様々な生命現象の中で、比較的大きな種差が認められる場合が多い。とりわけ、ダイオキシン類に対する感受性とその生体に対する影響は、動物種により著しく異なる。すなわち、ヒトの薬剤感受性を、動物モデルを用いて評価しようとする際に、このような種差は大きな問題となる。そこで、マウスダイオキシン受容体の代わりに、ヒトダイオキシン受容体を有する、ヒトダイオキシン受容体(hAHR)ノックインマウスを作製し、その薬剤に対する反応性を検討した。3-メチルコラントレンに対する反応は、hAHRノックインマウスもコントロールマウスも同程度であったが、TCDDに対する反応は前者の方が明らかに弱かった。この結果は、ダイオキシン受容体のリガンドに対する反応の特異性が、動物種により異なること、そして、hAHRノックインマウスがヒトの反応特異性を再現できるモニター動物として利用可能であることを示唆する。本実験は、ヒト制御因子のノックイン動物を、ヒト型モデル動物として作製・利用した先駆的実験である。
(iii)ヒトnrf2遺伝子・keap1遺伝子の多型解析-ヒトの様々な疾患感受性にNrf2/Keap1制御系の機能の個体差が関与している可能性を考えて、ヒトの様々なサンプルを用いて、ヒトnrf2遺伝子、keap1遺伝子の多型解析を行った。その結果、ヒトnrf2遺伝子ではアミノ酸翻訳領域には多型を検出することはできなかったが、プロモーター領域には複数の多型が存在することが明らかになった。keap1遺伝子ではアミノ酸翻訳領域に様々な多型が存在しており、特に、アミノ酸の置換を伴うものが複数存在することが確認された。今後、疾患群と正常群、あるいは、腫瘍組織と正常組織におけるこれら多型の分布の際を検討し、さらに、これら多型の機能的意義についても、細胞・個体レベルで検討する予定である。
結論
Nrf2/Keap1制御系の分子メカニズムを解析し、Keap1が酸化ストレスのセンサー分子であることを示唆する証拠を得た。ヒトAhRノックインマウスを作製し、薬剤に対する反応性を調べたところ、同マウスは、ダイオキシンに対して、反応性が低いということが明らかになった。ヒトkeap1遺伝子の翻訳領域にアミノ酸置換を伴う遺伝子多型が存在することを見いだした。

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