新規腸管増殖・再生因子のクローニングに関する研究-腸管臓器再生薬の実用化-

文献情報

文献番号
200200409A
報告書区分
総括
研究課題名
新規腸管増殖・再生因子のクローニングに関する研究-腸管臓器再生薬の実用化-
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
岩倉 洋一郎(東京大学医科学研究所ヒト疾患モデルセンター)
研究分担者(所属機関)
  • 寒川賢治(国立循環器病センター生化学部)
  • 井上修二(共立女子大学家政学部栄養生理学研究室)
  • 塩田清二(昭和大学医学部第1解剖学教室)
  • 中里雅光(宮崎医科大学医学部)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究(ヒトゲノム分野)
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
48,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
腹内側核(VMH)破壊ラットでは腹部臓器(胃、小腸、大腸、肝、膵)の細胞増殖が引き起こされたり、部分切除肝の再生が促進されたりすることが分かっている。興味深いことに、膵では外分泌細胞の増殖と再生、及びラ氏島のβ細胞の選択的増殖と再生が促進されることが報告されている。本研究では、VMH破壊に伴う腹部臓器細胞増殖、再生促進現象に着目し、これらの活性を有する増殖・再生因子を同定し、その機能を解明するとともに、この新規増殖・再生因子、あるいはそのアゴニストを利用した消化性潰瘍薬、肝・腸・膵再生薬(膵内分泌細胞再生では糖尿病薬)の開発を目的とする。最近、臓器再生に受精卵由来の胚性幹細胞や骨髄由来の多能性幹細胞の活用が注目されているが、胃粘膜・小腸・大腸・肝・膵組織細胞などの再生をターゲットとする薬の開発はいまだ未開拓の分野である。本増殖因子を胚性幹細胞あるいは多能性幹細胞と共に、あるいは単独で使用することにより、劇症肝炎、肝炎、肝硬変、切除肝、胃・十二指腸潰瘍、切除膵、慢性膵炎、糖尿病(β細胞再生)、短腸症候群、クローン病などの再生治療をより効果的に進めることが期待でき、極めて必要性の高い研究である。本研究組織は、未知タンパク・ペプチドの探索技術、遺伝子改変技術、解剖学、生理学、栄養学、内分泌学的研究技術の各分野でのエキスパートで構成されており、各構成メンバーが緊密に連携して共同で腸管増殖・再生因子の同定・構造決定とその機能解析を行い、腹部臓器細胞再生薬開発への具体的方策を見い出すことを目指す。
研究方法
① SD系雌ラットを用い、1)VMH破壊3日、7日後の胃組織のHE染色、PCNA、Ki-67(細胞増殖マーカー)による核染色、グレリン抗体染色を行い、胃組織の増殖像、グレリン産生能を検討した。2)破壊3日後の小腸における既知の成長因子の遺伝子発現を測定し、胃組織の増殖との関係を検討した。3)肝の60%部分を切除し、肝の再生能を検討した。4)膵の20%部分を切除し、膵の再生能、再生膵の内分泌機能、および組織像を検討した。② 迷走神経切除ラット、および求心性作用を遮断したカプサイシン処置ラットを作製し、グレリンを静脈内投与後、摂餌量、血中成長ホルモン濃度、Fos蛋白発現ニューロンの解析を行った。迷走神経節細胞におけるグレリン受容体発現とその移行性、および、迷走神経の求心性の電気活動を測定した。視床下部外側野のオレキシンニューロンとグレリンの関係を組織化学的に解析した。グレリンのオレキシン系およびNPY系を介した摂食亢進作用を特異的抗体と拮抗剤を用いて測定した。6週齢ヌードマウスの背部皮下にヒトメラノーマ細胞株を注入し、グレリン腹腔内投与による体重、摂餌量および癌重量の変化を測定した。③ 胃グレリン含量をラジオイムノアッセイ(RIA)法で測定した。ラットの妊娠18-22日胎児と1週齢、5週齢ラットの胃を抗グレリン血清によって免疫染色した。8時間のミルク制限をした1週齢ラットの胃と血漿のグレリンの測定を行った。母体にグレリンを継続投与し、新生ラットの体重を測定した。1および3週齢のラットにグレリンを投与し、成長ホルモン分泌反応を解析した。グレリンの性成熟作用をみるために、低容量と高容量のグレリンを投与して、膣開放が生じるまでの日数を計測した。④ IL-1α/β及びIL-1Ra遺伝子欠損マウスを用いた。離乳後、個飼いしたそれぞれのマウスの体重、摂餌量を測定した。
20週齢時に解剖し、白色・褐色脂肪組織重量及びその他の末梢組織重量を測定した。制限食餌による体重維持、等カロリー高脂肪食、通常食の体重、脂肪重量、血中中性脂肪量に対する影響を検討した。マウスに糖負荷及びインスリン負荷を行い、血中グルコース、インスリン及び遊離脂肪酸濃度を測定した。グルタミン酸--ナトリウム(MSG)を腹腔内に投与し、離乳後の体重変化及び20週齢時の脂肪体重、血中インスリン濃度に対する影響を検討した。⑤ IL-1α/β及びIL-1Ra遺伝子欠損マウスにデキストラン硫酸塩(DSS)を用いて腸管上皮細胞を破壊して大腸炎を誘導し、大腸組織の破壊再生を検討すると共に、IL-1欠損の免疫学的、組織学的影響について解析した。
結果と考察
① VMH破壊によって生じる胃粘膜上皮細胞の増殖に一致して胃粘膜のグレリン合成・分泌がおきることから、グレリンは胃粘膜上皮細胞の増殖に重要な役割を果たしている可能性が示唆された。また、VMH破壊ラットの小腸粘膜では増殖に伴ってプロスタグランジン産生酵素の発現増加が起こることが明らかになり、プロスタグランジンの産生増加が小腸粘膜の増殖に関与していることが示唆された。一方、VMH破壊により、膵組織細胞の再生能も亢進していることが認められた。内分泌機能についてはβ細胞のインスリン分泌能は回復した。② 視床下部でのグレリンの摂食亢進作用はオレキシン系を遮断することにより抑制されることから、従来から知られているNPY系とは独立してオレキシン系を介していた。グレリンの末梢投与は、癌移植マウスのカヘキシアモデルにおいて、摂食低下の改善や体重減少抑制作用をもつことが明らかになった。③ 胃のグレリン含量は生後1週齢から5週齢まで漸増し、その後定常状態になることが明らかになった。グレリン産生細胞は妊娠18-22日目の胎児では粘膜上皮わずかに認められただけであったが、生後1週では壁細胞腺体部に、生後5週では胃底部の腺底部から腺頚部にかけて広く認められた。1週齢ラットの8時間絶食は、胃グレリン含量を有意に低下させ、血漿グレリン濃度を有意に上昇させた。母体へのグレリン投与は胎児の体重を増加させること、新生児期のラットにおいてもグレリン投与により成長ホルモン分泌が促進することから、グレリンは成長ホルモン分泌や、末梢グレリン受容体を介した同化作用に関与し、胎児期、新生児期における発育・発達に作用していると考えられる。また、グレリンの継続投与は雌ラットの膣開放を早めることから、性成熟にも関与していることを明らかにした。④ IL-1Ra遺伝子欠損マウスのオスでは離乳後6週齢時より顕著な体重増加の停滞が認められた。血中インスリンレベルの低下、糖刺激に対するインスリン産生の低下が認められたことから、インスリンレベルの低下により、脂肪細胞への脂肪取込みが障害されていると考えらる。MSG投与による視床下部・弓状核神経破壊後に見られる肥満や代謝異常が、IL-1を介するものであり、IL-1はインスリンの産生を制御していることを明らかにした。今後、さらに肥満や糖尿病におけるIL-1の果たす役割について、解析を進める予定である。⑤  DSSを投与して大腸炎を誘導したところ、IL-1αβ欠損マウス、I型IL-1レセプター(IL-1RI)欠損マウスにおいて野生型と比較して顕著な体重減少、生存率の低下がみられた。またIL-1αβ欠損マウスやIL-1RI 欠損マウスでは、粘膜組織傷害がみられた。これらの結果から、IL-1が腸管組織の恒常性の維持に関与していることが示唆された。
結論
本年度の研究結果から、1)VMH破壊により、胃粘膜、小腸粘膜の増殖が起こることを組織学的に確認した。2)VMH破壊による肝、膵の増殖能の亢進は部分肝切除、部分膵切除の再生を促進することを明らかにした。3)VMH破壊による腸管増殖・再生因子として、胃組織ではグレリン、小腸ではプロスタグランジンE2が候補因子である可能性が示唆された。さらに、グレリンは末梢投与で有効な同化作用を持つ内在性物質であることが判明し、末梢から中枢への新たな情報伝達システムの存在を明らかにした。グレリンは、胃上皮細胞再生に関与している可能性が示唆
されており、肝細胞増殖作用も認められている。グレリンの受容体は全身臓器に発現していることから、グレリンのエネルギー同化促進作用は、ソマトポーズやカヘキシアに対する新たな治療の可能性に加え、消化管再生の新たな治療薬としての可能性を示した。また、胎児期の未分化細胞の増殖作用や臓器形成にグレリンが働いている可能性が示された。また、グレリン受容体は生殖器にも発現が認められていることから、生殖器の細胞発達、性成熟にも関与している可能性が考えられる。 一方、IL-1がエネルギー蓄積に重要な脂肪組織の増殖、およびインスリン代謝調節に作用していることが明らかになった。さらにIL-1Ra欠損マウスがMSG処理に完全に耐性を示したことから、中枢神経を介する脂質代謝制御、インスリン分泌制御にIL-1が関与していることが示唆され、摂食低下症や、糖尿病、脂質代謝異常症に対する新たな治療薬の標的として、IL-1の制御因子やIL-1か下流分子などが考えられることを示した。この結果、IL-1/IL-1Ra系が肥満や脂質代謝、糖尿病などの治療薬開発の新たな標的となる可能性が示された。

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