骨髄異形成症候群の原因遺伝子の同定と発症機構の解明(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200406A
報告書区分
総括
研究課題名
骨髄異形成症候群の原因遺伝子の同定と発症機構の解明(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
平井 久丸(東京大学医学部附属病院)
研究分担者(所属機関)
  • 小川誠司(東京大学医学部附属病院)
  • 黒川峰夫(東京大学医学部附属病院)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究(ヒトゲノム分野)
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
60,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
骨髄異形成症候群(MDS)は造血細胞の分化の障害と前白血病状態を特徴とするヘテロな疾患群である。その発症については、多くの病態の関与が報告されているが、分化の障害という観点からは造血前駆細胞の分化に深く関与する転写因子の異常が、また前白血病状態という観点からは、ゲノムの不安定性に基づく染色体の異常が、その本質的な病態を規定していることが示唆される。そこで本年度の研究では、ゲノムレベルからのこれらの染色体異常の解析と転写因子異常によるMDSの発症機構を個体レベルで解析し、さらに新規治療法の開発上必須と考えられるMDSモデルを確立することを目的として以下の研究を行った。具体的には、(1)MDSに認められる代表的な予後不良染色体異常である-7/7q-およびder(1;7)のゲノム解析によるMDSの原因遺伝子異常の探索および、(2)MDSの発症への関与が示唆されている2つの転写因子、AMLおよびEvi-1、の遺伝子改変マウスの作成によるMDS発症機構の解析とモデルマウスの作成を試みた。
研究方法
(1)予後不良染色体異常のゲノム解析
A)メチル化解析による7qの癌抑制遺伝子座の同定: -7/7q-の標的と想定される癌抑制遺伝子座について、メチル化という観点から当該遺伝子座を同定する目的で、7qのCpGアイランドの約70%に相当する130個のCpGアイランドについてMDS由来細胞株を含む網羅的メチル化解析を行った。すなわち、公表された7番染色体長腕の塩基配列データベースから、CpGアイランドの定義を満たす配列を抽出し、各CpGアイランドのメチル化の有無と程度を、正常組織および腫瘍検体から抽出したDNAを用いてbisulfite法により解析した。
B)不均衡転座der(1;7)(q10;p10)の転座切断点の解析: 転座切断点近傍にマップされる1番および7番染色体の動原体プローブを含む種々のゲノムクローンをプローブとして当該転座を有する患者検体のFISH解析を行い、der(1;7)(q10;p10)の派生染色体における当該プローブの残存シグナルの有無とシグナル強度を定量的に解析することにより、当該転座の1番染色体上および7番染色体上における切断点のマッピングを行った。続いてFiber FISHの解像度で転座切断点を同定した。
(2)造血関連転写因子の個体レベルにおける解析とMDSモデルマウスの作成
成体型の造血系の構築に必須であることが知られているAML1の機能的消失によりMDS類似の病態が生ずることが、AML1遺伝子の変異を有するヒト家系の解析ならびに我々のMDS患者検体の解析から示唆されている。そこで発生工学の手法を用いてCre-LoxP配列をAML1ゲノムに挿入したMX/CreマウスにおいてAML1を条件的に欠失させることにより造血系に生ずる変化を解析した。MDSに認められる3q26転座の標的遺伝子と考えられているEvi-1遺伝子については、GATA-1プロモータ制御による同遺伝子のトランスジェニックマウスを作成し、同マウスにおける造血系の異常を解析した。
結果と考察
(1)予後不良染色体異常のゲノム解析
7qの欠失に関しては、MDSにおいて極めて高頻度に観察される異常であるが、これまでの多くの欠失解析によるアプローチからは有望な標的遺伝子の候補は同定されていない。そこで本研究では、別の視点、すなわち、メチル化による遺伝子の不活化という観点から、その標的遺伝子座の探索を試みた。7qの全長にわたる130のCpGアイランドの網羅的メチル化解析により、7qには造血器腫瘍特異的にメチル化をうける25個の遺伝子群を同定した。これらの遺伝子群は7q上クラスターをなして存在し、その分布は欠失解析による欠失の集積領域の分布と重複する傾向がみとめられることから、染色体の欠失とメチル化は共通の遺伝子を標的としてこれらの遺伝子を不活化し、腫瘍の発症、進展、ないし細胞の不死化に関与している可能性が示唆された。次年度以降、さらにprimary tumorにおける検討を集積することにより、MDSの発症に関与する7qの標的遺伝子の同定を試みる。
der(1;7)(q10;p10)の解析では、転座を有する27例の検体について、1番および7番染色体動原体近傍にマップされるYACおよびPAC/BACクローンを用いてFISH法により両染色体上の切断点のマッピングを行った。種々のプローブを用いた解析の結果、派生染色体上のD1Z7およびD7Z1両シグナルは正常染色体上のシグナルに比して明確に減弱していること、また、D1Z7およびD7Z1を用いたFiber FISHでは、両シグナルが一つのDNA fiber上で連続して観察されることから、同転座がD1Z1とD7Z1の二つのアルフォイド配列間の遺伝子再構成によって生じていることが示された。さらに派生染色体上の両アルフォイドシグナルの定量的解析により推定される転座切断点の各アルフォイド内での相対位置は症例により大きくことなることから、本転座によるMDSの発症機構としては、切断点近傍の特定の遺伝子の構造上・発現制御上の異常ではなく、不均衡転座によって生ずる染色体の量的変化(7q-ないし+1q)が想定された。
(2)転写因子異常によるMDSの病態発症のメカニズムの解析
MDS発症への関与が強く示唆されている転写因子、AML1およびEvi-1に関して、それぞれ条件的AML1欠失マウスおよびEvi-1トランスジェニックマウスを作成することにより、これらの転写因子の異常がMDS発症に関与するメカニズムを個体レベルで解析した。実際、これらのマウスにおいてはMDSの病態の本質的な特徴である分化・成熟障害による無効造血ないし前白血病状態が再現されており、これらの転写因子の異常がMDSの発症の原因と密接に関連していることが個体レベルで示されるとともに、両マウスの樹立はMDSの新規治療法の開発に向けたモデル動物の確立という観点からも重要な成果であると考えられる。次年度以降は、これらのマウスについて、無効造血および白血病への移行の分子メカニズムに関してさらに詳細な解析を進める予定である。
結論
(1)MDSにおける予後不良染色体異常であるder(1;7)(q10;p10)および-7/7q-のゲノム解析を行った。der(1;7)(q10;p10)については、同転座が形成されるメカニズムとこれによって生ずる染色体の量的変化(7q-ないし+1q)の重要性を示し、また、-7/7q-に関しては、MDS由来細胞株を含む造血器腫瘍検体における7qのメチル化の網羅的解析によって、腫瘍特異的メチル化により不活化をうける遺伝子(群)を同定した。
(2)MDSの発症に造血関連転写因子の異常が果たす役割について、AML1遺伝子とEvi-1遺伝子の遺伝子改変マウスを作成することにより個体レベルで検討を行った。両遺伝子の異常によって、血球の分化成熟の異常およぴ白血病の発症といったMDS類似の病態が個体レベル再現され、両転写因子異常のMDS発症への関与とMDSモデルマウスとしての有用性が示唆された。

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