ゲノム医学を用いた骨粗鬆症疾患遺伝子の同定・機能の解明とその診断・治療への応用(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200405A
報告書区分
総括
研究課題名
ゲノム医学を用いた骨粗鬆症疾患遺伝子の同定・機能の解明とその診断・治療への応用(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
井上 聡(東京大学医学部附属病院)
研究分担者(所属機関)
  • 加藤茂明(東京大学分子細胞生物学研究所)
  • 堺隆一(国立がんセンター研究所)
  • 津久井通(埼玉医科大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究(ヒトゲノム分野)
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
60,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
退行期骨粗鬆症は、加齢にともなう骨量の減少が病的に亢進した状態と、それに基づく腰背痛や骨折などの臨床症状からなる症候群である。本症は罹患者、特に高齢者の生活の質を低下させ、その患者数は年々増加しており、病態の解明とともに予防法、治療法の確立が強く望まれている。本症の治療薬として有効とされているものうち、エストロゲンとビタミンDは核内受容体を介して作用する。さらには、治療薬が主に細胞内の情報制御伝達系を介して働くことから、核内受容体、転写因子、細胞内シグナル伝達因子、膜受容体、酵素を含む遺伝子情報制御分子が骨粗鬆症疾患遺伝子として関与していることが想定される。ヒト全ゲノムの配列、遺伝子情報が決定される現在の状況において、骨粗鬆症および骨代謝における遺伝子情報制御分子の作用機序を解明することにより、骨粗鬆症の病態解明、診断、治療に役立てることが出来ると考えられ、これら分子の基本的な作用機構と新しい標的因子、骨代謝における生物学・医学的役割を知ることが重要である。本研究の目的は、1)ゲノム医学の手法を活用し、骨における遺伝子情報制御分子ならびにその共役因子、標的因子群を網羅的に同定するとともにその機能を分子レベルで解明し、2)遺伝子改変動物とヒト遺伝学的解析を用いて、生物個体レベルでそれらの分子の骨代謝における役割を解明することにより、骨粗鬆症の疾患遺伝子としての意義を明らかにし、遺伝子診断、ゲノム創薬により新しい診断、治療法への応用を計ることにある。
研究方法
1)骨芽細胞における老化応答遺伝子をマイクロアレイ法により検討した。なかでもMetallothionein (MT)に注目し、抗MT抗体産生マウスを作製し、塩化水銀を投与後に骨量を測定した。2)骨芽細胞老化に伴うTGFbeta反応性低下における分子機構を明らかにするために細胞周期制御因子の発現を検討した。3)エストロゲン応答遺伝子の検索と骨粗鬆症における役割を知るためにERalpha、ERbetaにより発現上昇ならびに低下する遺伝子をマイクロアレイ法で解析した。一方、ERalphaとERbeta両方のシグナルを阻害するER変異体を発現させたトランスジェニックラットの初代培養骨芽細胞からDNAチップ法を用いて発現に差違のある遺伝子をリストアップした。さらに、Genomic binding site cloning法、マイクロアレイ法、DNAチップ法によりエストロゲン応答遺伝子を網羅的に同定し、それらの機能と骨粗鬆症との関連を検討した。4)プロテオーム解析による骨芽細胞における骨粗鬆症治療薬反応因子の解析をビタミンKに関して検討した。5)骨粗鬆症疾患候補遺伝子の遺伝子多型が骨量に及ぼす影響について、VDP, osteocalcin, IL6, TNFalpha, IL1RA, beta3AR, Klotho, BNP, GnRH, TNFR1, TNFR2, DKK1, LRP5/6の遺伝子多型と、骨量もしくは骨代謝マーカーとの相関を解析した。6)エストロゲン受容体転写共役因子複合体の精製をアフィニティークロマトグラフィー、グリセロールグラジエント密度勾配遠心法とペプチドマスフィンガープリンティング法により行った。複合体の構成因子の機能解析を、分子細胞生物学の手法を用い行った。7)ビタミンK、エストロゲンの作用経路を解析するために、アデノウイルスおよびコンディショナルトランスジェニックマウス疾患モデル動物の作製を行った。8)細胞内シグナル伝達因子・膜受容体・酵素系の骨粗鬆症疾患遺伝子としての役割を明らかにするため、骨芽細胞・破骨細胞の分子発現制御機構、チロシンリン酸化の解析、刺
激で誘導されるリン酸化蛋白質ならびに核外エストロゲン受容体の複合体分析を行った。
結果と考察
1)骨芽細胞における老化応答遺伝子の探索と老化応答遺伝子Metallothionein(MT)が骨量に及ぼす影響:ヒト由来骨芽細胞における老化応答遺伝子をリストアップし、MTが老化骨芽細胞で激減していることが示された。今回、このMTが骨代謝に及ぼす影響に関し、抗MT抗体高値のマウスに水銀を添加すると骨量が劇的に減少することを発見した。今後SNP、モデル動物解析からMTの骨粗鬆症疾患遺伝子としての意義を探る。2)骨芽細胞老化に伴うTGFbeta反応性低下における分子機構:骨芽細胞老化時における細胞周期制御因子の発現パターンはp57蛋白が減少し、p27蛋白が増加した。このことは老化に伴う増殖停止の一因を明らかにしていると考える。3)エストロゲン応答遺伝子の検索と骨粗鬆症における役割:マイクロアレイ、DNAチップ解析を行い、骨芽細胞におけるERの下流応答遺伝子群を探索し、サイクリンD2を含む複数の候補遺伝子を同定した。特に、エストロゲンは初代骨芽細胞において、サイクリンD2、サイクリンD3を誘導し、Cdk4/6のキナーゼ活性を上昇させることに伴い、細胞増殖促進に寄与することが示唆された。エストロゲン応答遺伝子の機能解析として、Efpの分子作用メカニズムを明らかにした。Efpは骨芽細胞にもその発現が認められ、エストロゲン応答性が示された。Efpは細胞周期進行のブレーキ役である14-3-3sigmaに対してユビキチンを結合させる酵素として働き、同蛋白の分解を介して、細胞増殖を引き起こすことを見出した。この新規分子メカニズムの解明は、新しい細胞周期調節機構の発見として注目を浴びている。今後、骨代謝、骨粗鬆症におけるこれら応答遺伝子の役割について解析を進めていく。4)プロテオーム解析による骨芽細胞における骨粗鬆症治療薬反応因子の解析:蛋白修飾をターゲットとする骨粗鬆症治療薬に対する応答蛋白を骨芽細胞株において探索した。ビタミン K2の添加により酸性領域の蛋白発現に変化が認められた。蛋白修飾を作用点とする治療薬の解析には、プロテオーム解析が有効と考えられた。5)骨粗鬆症疾患候補遺伝子の遺伝子多型が骨量に及ぼす影響:骨粗鬆症の新しいマーカーの開発と疾患遺伝子の解明を目指し、ゲノムワイドな多数の遺伝子の遺伝子多型を検索するとともに、主に発現調節部位やアミノ酸に変異をもたらすSNPを用いて、骨代謝への関与と骨量予測に用いる遺伝子マーカーとしての有用性を検討した。VDP, IL6, TNFalpha, beta3AR, Klotho, BNP, GnRH, TNFR1, LRP5/6の遺伝子多型において、骨量もしくは骨代謝マーカーとの有意な相関を認め、遺伝子診断、オーダーメード医療への応用が期待された。6)エストロゲン受容体転写共役因子複合体の精製と機能解析:骨粗鬆症治療薬としての選択的エストロゲン受容体モジュレーター(SERM)の組織特異的な転写活性化メカニズムの解明を目的とし、エストロゲン受容体転写共役因子複合体の精製と機能解析を行った。HeLa細胞核抽出液から転写活性化因子複合体の精製に成功し、これらの転写共役因子複合体の機能解析により、組織特異的なエストロゲン受容体転写活性化メカニズムの一端を明らかにすることができた。7)動物モデルを活用した骨粗鬆症疾患遺伝子としての新しい遺伝子情報制御因子、標的因子の同定、機能解析:活性型エストロゲン受容体、gammaカルボキシラーゼおよびそのグラ化の標的蛋白であるBGPに関して、コンディショナルトランスジェニック (cTg)マウスの作製を行った。これらの動物は、胎生期において骨代謝に影響がでることが想定されたが、cTgマウスにすることにより、疾患モデル動物として胎生期以降の骨代謝研究にも応用できることが示唆された。8)細胞内シグナル伝達因子・膜受容体・酵素系の骨粗鬆症疾患遺伝子としての役割:骨におけるエストロゲンの核外作用を知るために膜近傍でのエストロゲン受容体複合体を精製した。一方、2種類の細胞間のチロシンリン酸化を比較する方法を開発した。蛋白質を標的とした解析は、疾患遺伝子を見出し、生体機能と病態における役割を知るため
にも必須と考えられる。
結論
本研究により、老人性骨粗鬆症の鍵を握る骨芽細胞の老化標的因子、閉経後骨粗鬆症病因の主役であるエストロゲンの骨における新しい分子標的を明らかし、さらに骨粗鬆症治療薬と密接に関連した骨粗鬆症疾患モデル動物を作製解析した。新しい分子標的に関して、サイクリンD2, サイクリンD3, Efp, メタロチオネイン, p57 をはじめとする複数の骨粗鬆症疾患候補遺伝子の機能や骨代謝における役割を明らかにした。骨量に相関する遺伝子のSNPを多数同定し、ゲノムワイドな研究を進めている。このように、骨粗鬆症に対する多角的アプローチによる研究をDNA、RNA、蛋白レベルで、ゲノム医学ならびに独自に開発した手法を用いて取り組み、新しい骨粗鬆症における疾患遺伝子を探索し、骨粗鬆症モデル動物の開発解析と新規標的因子の同定機能解析を推進した。今後、骨粗鬆症疾患遺伝子の役割の解明を目指し、基礎ならびに臨床医学的なアプローチにより、さらに研究を発展させていく。

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