バキュロウイルスを利用した新規遺伝子治療ベクターの開発(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200403A
報告書区分
総括
研究課題名
バキュロウイルスを利用した新規遺伝子治療ベクターの開発(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
松浦 善治(大阪大学微生物病研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 森石恆司(大阪大学微生物病研究所)
  • 宮沢孝幸(大阪大学微生物病研究所)
  • 武田直和(国立感染症研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究(ヒトゲノム分野)
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
60,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
遺伝子治療の臨床研究がスタートして10年が経過し、必ずしも満足できる成績ではないものの、本治療法が今世紀の先端医療の要となることは疑いの余地はない。遺伝子治療の成否を握るのは、安全に効率よく標的細胞へ遺伝子を導入できる、大きな組み込み容量を持った遺伝子導入ベクターの開発である。これまでの遺伝子治療用ベクターとしては、レトロウイルス、アデノウイルス、そしてアデノ随伴ウイルスなどが主に利用されてきた。しかしながら、自立増殖ウイルスの出現や、ランダムな遺伝子の組み込みによる癌遺伝子の活性化等の安全性の問題、遺伝子導入効率や特異的な遺伝子導入法の改善の余地、ならびに、細胞毒性や免疫反応の誘導、中和抗体による不活化等の多くの難問が山積している。これらの問題を解決するには、既存のウイルスベクターにはない特徴を保持した、新しいウイルスベクター系の開発が必要である。その候補の一つとして、我々は昆虫ウイルスであるバキュロウイルスに注目している。
バキュロウイルスは、環状二本鎖DNAを遺伝子としてもつ昆虫ウイルスで、感染した昆虫細胞内に多角体と呼ばれるウイルス粒子を包埋した封入体を大量に作るのが特徴である。本ウイルスはこれまで昆虫にしか感染しないと考えられていたが、広範な哺乳動物細胞へ感染し、複製することなく、外来遺伝子を効率よく発現できることが明らかにされ、遺伝子治療ベクターとしての可能性が注目を集めている。バキュロウイルスベクターの長所としては以下のような点が考えられる。 1) ウイルス遺伝子は130kbpもあり、大きな(<15kbp)外来遺伝子を挿入できる、2) ウイルスの遺伝子は全く哺乳動物細胞では発現しないため、細胞傷害性がほとんどなく有害な免疫応答の誘導もない、3) 組換えウイルスを短時間で作製できる、4) ヒトにはバキュロウイルスに対する中和抗体が存在しない、5) 各種ウイルスの構造蛋白を組換えウイルスとして昆虫細胞で発現すると、中空なウイルス様粒子を大量に産生できる等の利点が考えられる。一方、欠点としては、バキュロウイルスは生体の補体系で不活化され易いことが指摘されている。
本研究はバキュロウイルスの特性を再考し、目的のリガンドを被ったターゲッティンベクター、昆虫細胞で産生させたウイルス様粒子を利用したベクター、さらに、極めて安定な多角体に包埋された耐熱性ベクターの開発を目的とする。
研究方法
1)ターゲッティングベクターの構築:バキュロウイルスはその外被蛋白質(gp64)が動物細胞に普遍的に存在するリン脂質を認識して感染するため、遺伝子導入に特異性を持たせることは困難である。そこで、バキュロウイルスのgp64遺伝子を欠損させ、ウイルス粒子表面に任意の蛋白質を自在に提示させることによって、狙った細胞だけに目的遺伝子を導入できるベクターの開発を試みた。一例としてバキュロウイルスのgp64遺伝子を欠損させ、代わりにレトロウイルスでもよく利用される水疱性口内炎ウイルスのG蛋白質(VSVG)を持ったシュードタイプウイルスを以下の手法で作製する。2) ウイルス様粒子の作製:HEVはエンベロープを持たない直径約30nmの小型の球形ウイルスである。ゲノムは約7.2kb のプラス一本鎖RNAで、5'末端にCapを、3'末端にポリアデニル酸をもつ。HEV感染カニクイザルの胆汁からRNAを抽出し、RT-PCR法で構造蛋白領域をコードするORF2全領域を増幅した。ORF2のN末端から111アミノ酸を欠失させたフラグメントをトランスファーベクターpVL1393にクローニングし、組換えバキュロウイルスを作出した。プラーククローニングで純化後、昆虫細胞Tn5細胞を感染させた。およそ7日間培養し、上清に遊離してきた浮上密度1.285g/cm3、直径約23-24nmのウイルス様中空粒子(Virus-like particles, VLP)を塩化セシウム平衡密度勾配遠心で精製し、純度の高い粒子を得た。クリオ電顕とコンピュータによる画像解析で三次構造を推定した。精製した組換えHEV (rHEV) VLPを抗原として98穴マイクロプレートをコーティングした。マウス血清をこのマイクロプレート上で2倍階段希釈し、パーオキシダーゼをラベルした抗マウスIgM、および抗マウスIgGを反応させた。基質OPDの吸光度を測定し、カットオフ値を示す最高希釈倍数の逆数を血清抗体価とした。10, 50,および100(gのrHEVVLPを500(lのPBS(-)に溶解し、4週令の雌のBALB/cマウスにカテーテルで経口投与した。各容量、10匹のマウスを用いた。対照として500(lのPBS(-)を与えた.投与日を0日とし、11、25および51日に同量のrHEVVLPを経口投与した。血液および糞便を1週ごとに採取した。糞便はPBS(-)で10%乳剤を調製し、血清とともにー20°Cに保存した。血清中のIgM抗体、IgG抗体、IgA抗体、および糞便中のIgA抗体をEIAで測定した。
結果と考察
1) 粒子表面に提示させる蛋白質の改変により特異性を付与できるばかりでなく、受容体の検索も可能である。また、導入する遺伝子を工夫することにより、遺伝子治療や遺伝子クローニングのみならず、ウイルスの受容体を被ったバキュロウイルスを作製すれば、慢性感染した細胞のみを生体から排除できる(エイズやC型肝炎への応用)ばかりでなく、抗癌療法等の幅広い応用が期待できる。2) 組換えバキュロウイルスでE型肝炎ウイルスの構造蛋白を発現すると、ウイルス様中空粒子が産生される。粒子形成には、遺伝子のN末端を欠失させた遺伝子を用いることが必須である。実際、精製した粒子の構成蛋白を分離し、N末端のアミノ酸配列を解析してみると、112番目のアミノ酸である。ところが、興味深いことに、C末端のアミノ酸配列は均一ではなく、いずれも約60アミノ酸欠損していた。手持ちのクリオ電顕とアミノ酸配列のデータから、粒子形成に必要なアミノ酸配列を特定することはできていないが、進行中のX線結晶解析で明らかにしていきたい。また、欠損した両末端への外来性遺伝子の導入も検討していきたい。rHEV VLPは内部が中空であることが明らかになったので、ベクターとして外来性遺伝子を挿入できる部位は、遺伝子の両末端と、粒子の中空内部の3箇所である。rHEV VLPは、経口投与と腹腔内注射の結果、投与ルートに関わらず特異的にマウスの免疫反応を誘導する。特筆すべきは、これらの抗体の誘導にはアジュバントが全く必要なかったこと、さらに経口投与におい
て腹腔投与では認められなかった腸管IgAの産生が誘導できたことである。腸管IgA抗体がHEV感染に対していかなる免疫防御の役割を担当するかはまだはっきり分かっていない。しかしながら、E型肝炎ウイルスの第一義の感染部位が腸管上皮であることを考えると、ワクチンの有効性を評価する上では大きな利点である。粒子内部に取り込まれた外来遺伝子が、経口投与によって腸管上皮で発現するか否か、興味のあるところである。本研究が対象としE型肝炎ウイルスの中空粒子は、ウイルス遺伝子を有しない、ウイルス様粒子として産生される。したがって、通常の経口ワクチンと異なり、投与されたウイルスが増殖することは全くない。よって、AIDS患者のように免疫不全であったり、免疫欠損の個体にも投与することが可能である。利点のひとつである。
結論
1) バキュロウイルスのgp64遺伝子を欠損させ、ウイルス粒子表面に任意の蛋白質を自在に提示させることによって、狙った細胞だけに目的遺伝子を導入できるベクターを開発した。2) 組換えバキュロウイルスで産生したE型肝炎ウイルスのウイルス様中空粒子は、クリオ電顕による三次構造解析から、内部が完全な中空であることが確認された。中空粒子は経口投与によって血中抗体と腸管分泌抗体の両者を誘導できた。中空粒子の内部に目的遺伝子を格納することによって、腸管上皮細胞に遺伝子を導入するベクターとして使える可能性が示唆された。

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