産後うつ病の実態調査ならびに予防的介入のためのスタッフの教育研修活動(総合研究報告書)

文献情報

文献番号
200200379A
報告書区分
総括
研究課題名
産後うつ病の実態調査ならびに予防的介入のためのスタッフの教育研修活動(総合研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
中野 仁雄(九州大学)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 子ども家庭総合研究
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
リサーチクエスチョン(RQ): RQ1:本邦現在の、産後うつ病の発症実態はなにか。RQ2:メンタルヘルスケア実施者としてのコメディカルスタッフの教育プログラムはなにか。RQ3:予防的介入により産後うつ病発症リスクは低減できるか。
研究方法
RQ1:①産後うつ病の発症頻度を明らかにするために、EPDSを用いて、保健機関(保健所または保健センター)が、平成13年11月から平成14年4月末までのうち任意に設定した連続した3カ月間に行う母子訪問において、出産後から産後120日以内の母親すべてを対象として調査した。②過年度研究成果の産後大うつ病発症頻度5%の妥当性をコホート調査により検討した。RQ2:①助産師を対象に基礎コースとステップアップコースによりメンタルヘルスケア能力育成の研修を行った。②保健師88人、助産師29人、医師6人(計123人)を対象に、11事例について事例研修会を実施した。RQ3:①母子メンタルヘルスクリニックを試験開設し、前方視的介入による発症防止効果を検討した。②妊産褥婦市民を対象にWeb-siteとe-mailによりアクセスの状況ならびに有用性を調査した。
結果と考察
RQ1:①産後うつ病の発症頻度。全国の保健機関のうち33機関から調査協力が得られた。対象者3,370名中469名がEPDS9点以上で、スクリーニング区分点を手がかりとした産後うつ病発症頻度は13.9%となった。世界的にも希な大集団の調査結果であり、これを「健やか親子21」事業における初期値として活用することができる。②産後大うつ病の発症頻度。過年度研究において、303名の初産婦の産後3ヶ月までの前方視的調査(追跡率96%)の結果として産後大うつ病の発症頻度5%を報告した。その妥当性を検討するために、その後の追加症例を加えた1,159名のコホート(初産婦756名、経産婦403名)において、初産婦756名中追跡成功例290名、その他466名の2群を対象に人口統計学的変数を比較した。その結果、上記303名の標本は母集団を代表することがわかり、発症率の妥当性が示された。かくして、産後うつ病としては13.9%、そのうち中核となる産後大うつ病は5%と、2種類の発症頻度を確定した。いずれも「健やか親子21」事業の基準初期値として活用することになる。RQ2:①-1基礎コース研修。対象を実務経験5年以上の助産師・保健師・看護師95名を対象とし、3日間コースを大阪で実施した。本プログラムの効果の評価には前年度と同様に受講者に対し、受講前後の認知、情意、精神、運動の総合領域に関する調査を行った。その結果、従来以上に受講動機がより明確であったとともに受講者の能力向上は過年度同様に得られた。①-2ステップアップ研修。過去の修了者100名にメンタルへルスケアに関する近況や研修会に関する要望などを予め把握した上で、青森で研修会を行った。修了者は、それぞれの現場で修得した知識・技術を応用していた。そのうえで、さらに高度の研修を求めた。また、過去の研修会修了者が中心となり「メンタルヘルスケア研究会」が発足し、地区ごとの勉強会も活発に行われていた。これに今年度の基礎コースの修了者も入会し会員は116名となった。母子のメンタルへルスケア充実のための「草の根運動」の拡大がみられる。②事例研修会。福岡市において、EPDSによる産後うつ病スクリーニングの技術の研修を1日間の事例研修により母子訪問担当者(助産師または保健師)に対して行った。福岡市内7保健福祉センターでEPDSを訪問担当者が実際に活用していく上で、産後うつ病の知識の習得の徹底、事例検討を通じてEPDSの活用方法の習得が必要と考えられた。RQ3:①妊婦への予防的介入。九州大学医学部附属病院に母子メンタルヘルスクリニックを開設した。産後うつ病発症の心理社会モ
デルにそって、妊娠中から前方視的に発症危険因子についての評価を開始した。1年間にリクルートした妊婦は20例で、そのうち1例はまだ妊娠後期である。20例のリクルート妊婦中13例は、何らかの精神科障害があった(大うつ病4例、急性ストレス障害・パニック障害等4例、摂食障害1例、身体表現性障害2例、アルコール乱用1例、統合失調症1例)。産後うつ病の発症のリスクが高い妊婦と、すでに今回の妊娠中に精神障害のみられる妊婦が、高率にリクルートされていることが明らかとなった。②インターネットを活用したメンタルサポート。Web-siteへのアクセス数は21,631件/年で、昨年の10倍を示した。時間帯は午後10時~午前2時にピークが見られた。E-mailによる相談件数80件で、合計244回の送受信が行われた。ユーザーの80%は妊産褥婦自身で、以下配偶者、家族、友人であった。居住地は大都市圏が半数を占めた。産後うつ病に関したネット上の情報提供のみによって受療行動へと到るユーザーが把握された。メール相談者の多くは、援助希求はあるものの社会的に孤立していることが示唆された。産後うつ病の女性に対して利便性の高いメール相談という介入により、83.9%のユーザーが地域のface to face careに導入することができ、メールによる介入による受療行動への有用性が高いことが示唆された。付記(平成13年度事業)。新生児虐待の疫学と心理社会的発生機序。 岡山市内で分娩した女性を対象とし、産後5日目と産後1ヶ月目にアンケート調査した。尺度は、新生児虐待についてはStraus の Conflict Tactics Scale (CTS) を用いた。産後抑うつ状態の評価には産後1か月にEPDSを実施し、産後のボンディングにはKumar 開発によるbonding Instrument の日本語版を使用した。新生児虐待の頻度は25%を超えておりすでに新生児期から高い頻度で認められた。その内容は主に心理的虐待であったが、身体的虐待も数%に認めた。心理社会的要因は、“若年"、“夫が若い初産婦"、“入院中及び産後一カ月のボンディング不良"、“入院中のマタニティーブルーズが強い"、“ネガティブライフイベンツ得点が高い"、“期待されたサポート満足度が低い"、“実行された裏切りへの不満度が高い"や“実行された他者への依存が強い"などであった。
結論
1.全国調査により、産後うつ病(13.9%)と産後大うつ病(5%)の発症頻度を得た。2.基礎コースと習熟コース(ステップアップコース)に分けて行った介入面接スタッフ養成の研修活動はいずれも有効である。3.母子メンタルヘルスクリニックを試験開設し、有用性を確認した。4.市民開放型のWeb-site開設とE-mail通信によるメンタルヘルスサポートの有用性を確認した。
結語=平成4年度から開始した行政研究として、母子の心の問題への取り組みは、産後うつ病を切り口として関連する妊娠うつ病、妊娠中不安、マタニティブルーズなどを含めて、次世代への影響を伺おうとするものであった。この事業はWHOが開始したプログラムと時代的にも、内容的にも同等ものである。この中で、病態の把握、測定尺度の開発、面接技能の研修、その時々の発症実態の把握と展開したが、その実績を踏まえて平成9年度からは、大規模コホートを形成し、その追跡調査により、より詳細な実態把握とともに、発症の防止プログラムならびに適切な治療介入プログラムを構築する目的を掲げた。その登録症例数は、平成14年度末現在1,159名に達している。平成9年度当初の研究計画に従い、世界的にも希な大規模標本を用いた児への影響の如何を明らかにすることとしていたが、追跡調査が甚だ困難であるとの現実に直面した。これにより、研究活動のデザインの変更が妥当であるとの結論に達し、本課題による研究班を解くこととした。本行政研究は、およそ10年にも及ぶ系統的かつ大規模なものである。前述のように世界の動向において先導的な役割を果たすものであることから、今後は、産後うつ病-育児不安-児の認知・情意発達異常のベクトルをより明確にするための研究デザインにより、しかるべく研究活動が行政研究として継続されることを切望して結語とする。

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