小児難治性腎尿路疾患の早期発見、管理・治療に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200371A
報告書区分
総括
研究課題名
小児難治性腎尿路疾患の早期発見、管理・治療に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
五十嵐 隆(東京大学大学院医学系研究科小児医学講座)
研究分担者(所属機関)
  • 村上睦美(日本医科大学小児科)
  • 吉川徳茂(和歌山県立医科大学)
  • 本田雅敬(東京都立清瀬小児病院腎臓内科)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 子ども家庭総合研究
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
8,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
小児慢性特定疾患研究事業の対象となる小児の難治性腎尿路疾患患者数は年間約6,000名、末期腎不全に至る患児も年間約100名に達している。私どもは過去5年間にわたり厚生省子ども家庭総合研究事業の支援を得、先天性腎尿路奇形のスクリーニング、小児末期腎不全の病因・病態・治療法、IgA腎症の治療法、先天性腎尿路異常症の原因解明のいずれの分野においても着実な成果を得た。しかし、解決すべき課題は多岐にわたっており、本研究をさらに発展させることが難治性腎尿路疾患患児を早期発見しその治療法を改善させ、患児のQOLを改善させて患児の健康保持に寄与すると思われ以下の3つの研究を行った。
研究方法
1) 平成10,11,12年度の研究班で作製した先天性腎尿路異常(CACUT)の超音波を用いたスクリーニングの診断基準を評価するため、本年度は対象者数を5,700人に増やし陽性率を検証した。
尿路感染症による腎傷害は、とくに乳幼児では治療開始の遅れと不十分な治療が主因とされている。しかし、治療をどれだけ早く開始すれば腎障害を生じないかは明らかでない。我々は、発熱期間などの臨床検査所見と腎実質異常発生の関連を前方視的に検討した。
超音波造影剤ガラクトース・パルミチン酸混合物(Levovist)を用いた排尿時尿路超音波検査による小児のVURにおける診断上の有用性、安全性について、VUR診断の第一選択であるVCUGと比較検討を行なった。
腎エコースクリーニングの費用便益の検討を目的として会員に対するアンケート調査を行い費用便益について検討した。
2) プレドニゾロン+アザチオプリン+ワーファリン+ジピリダモールによる2年間のカクテル治療は、びまん性メサンギウム増殖を示す小児重症型IgA腎症の治療法として有効であるが、アザチオプリンの副作用は大きな問題である。そこで、2000-2003年、少量プレドニゾロン+ミゾリビン(ブレディニン)+ジピリダモール+ワーファリンによる治療効果を検討した。びまん性メサンギウム増殖の小児IgA腎症18例に、プレドニゾロン+アザチオプリン+ワーファリン+ジピリダモールを以下の方法で投与した。
プレドニゾロン:2mg/kg/day(分3)(max 80mg/day) 1か月間、その後1mg/kg/2days(分1)11ヶ月間、その後0.5mg/kg/2days(分1)1年間
ブレディニン:4mg/kg/day(分2)(max 150mg/day) 2年間
ワーファリン、ジピリダモールはこれまでと同じ方法で投与した。
3) 小児腎不全のデータベースを1999年より開始し、今年度は2001年末までの15歳未満について継続調査し、わが国における小児末期腎不全患者の頻度、透析方法、移植、死亡の実態を検討した。一方、小児腹膜透析(PD)研究会の1987年から蓄積したデータのうち特に1991年以降の最近10年の動向について検討した。
小児PD研究会のアンケート調査から思春期の成長について検討した。
小児PD研究会のアンケート調査から腎性骨異栄養症(ROD)の実態について検討した小児腎不全のデータベースを構築し、全国の小児腎不全のデータを分析し、789例の98-99年の成績及び81年からの小児PD研究会の登録データから931例について解析し、欧米の成績と比較した。
結果と考察
研究結果
1) 腎中心部エコーの解離を5mm以上を異常の疑いとした時の有所見者の発見率は5,700人での検討では一次検診の陽性者数196人(3.5%)、二次検診の陽性者数32人(0.60%)で、以前行った2,700人での検討での一次検診、二次検診の陽性率4.1%、0.67%とほぼ同様の結果であった。
腎盂腎炎に対して適切な抗生剤による治療を発症1日以内に開始すれば腎実質に異常を生じないこと、少なくとも3日以内に治療を開始すれば永続的な腎瘢痕が生じないことが明らかとなった。
腎超音波スクリーニングによるCAKUTの早期発見によって透析導入を1年以上遅らせることが可能であれば、年間出生数を120万人として1人当たり約200円、10年以上遅らせることが可能であれば約2,000円の経費をかけても費用便益は得られるものと推察された。一方、1年間に学校検尿に要する費用は新規透析導入者の透析導入までの期間を1カ月延長する費用に相当する。また、学校検尿で糸球体腎炎患児1人を発見するのに要する費用は、慢性糸球体腎炎の発症頻度を10万人当たり小学生で30人、中学生で89人と推定すると、全国では小学生で2,189人、中学生で3,553人であり、学校検尿に要する費用を23-34億円とすると慢性糸球体腎炎患児1人を発見するのに要する費用は40-60万円と算定された。
2) 今回のカクテル治療はこれまでのカクテル治療と尿蛋白減少効果の点で同様の効果があり、かつ、重大な副作用のないことが明らかになった。腎組織変化については経過年数が短期間のため来年度に報告する。
これまでの治療研究の結果にもとづいて、「EBMにもとづいた重症型小児IgA腎症治療ガイドライン2003」を作成した。
3) 1998年から2001年の新規腎不全症例の合計数は241例で、男児149例(62%)、女児92例(38%)であった。年齢別性別頻度では10歳-14歳が多かった。100万人当たり男児で4名、女児で3名、合計で3名の頻度であった。原因疾患は嚢胞・遺伝性・先天性腎尿路疾患が半数以上を占めていた。透析をせずに直接生体腎移植された症例が8例、230症例に透析が導入[腹膜透析202例(88%)、血液透析28例(12%)]されていた。腎移植は57例に行われ、生体腎移植が56例(98%)であった。透析をせず死亡した3例はすべて乳児で、いずれも原疾患は先天性ネフローゼ症候群とポッター症候群であった。末期腎不全になった年の死亡は1000透析症例当たり26例、その1年後38例、2年後22例で3年後は死亡例はいなかった。死因は感染症と心不全が大半を占めていた。
1991年以降に腹膜透析(PD)が開始された患者588例の原疾患は先天性、低・異形成腎が35%と最も多く、次いで巣状分節性糸球体硬化症18%、慢性糸球体腎炎8%、先天性ネフローゼ症候群7%であった。長期PD患者は5年以上が29%、10年以が6%を占めるが、長期例の増加速度は減少している。一方、腎移植は6年で半数に行われていた。夜間機械を使用するAPDは96年に75%まで増加し、その後75-80%となっている。患者生存率は3年で94%、5年で92%と有意に改善し、PD継続率も5年で82%と改善していた、しかし7年では57%と急速に低下し、8年で半数以下に低下していた。PDの継続は8年程度が一つの目安と考えられた。日本におけるPDの生存率は腎移植と変わりがなかった。PDから血液透析への移行理由は腹膜炎が44%、除水不良が21%であった。PD継続期間が5年以内の58%が腹膜炎により、5年以上は32%が除水不良によりそれぞれPDを中止していた。腹膜炎の頻度は0.31回/患者・年と低く、6歳以上が0.29回/患者・年、6歳未満が0.38回/患者・年と6歳未満に多かった。原因はトンネル感染が6歳以上で25.3%、6歳未満が51.7%であった。
小児透析患者の最終身長は、思春期前にPD導入となった患児(男児11才未満、女児9才未満)では、全体(15才以下)と比較し明らかに低く、思春期前よりPD治療を行っている患児では思春期での成長スパートが期待できなかった。思春期における成長ホルモン(GH)の効果を検討するために、PD導入後GH治療を開始した症例ではGH使用により身長の明らかなcatch-up growthは認めなかった。
慢性腎不全患児88例(男/女=55/33)の腎性骨異栄養症(ROD)につき検討した。原疾患は先天性腎尿路疾患54例、後天性腎疾患34例、PD開始年齢は8.7±5.1歳、血液検査時年齢は11.5±5.3歳、PD継続日数は1084±849日であった。血清Ca値が9.0mg/dl以下の低Ca血症を16%に、11.5mg/dl以上の高Ca血症を8%に、7.5mg/dl以上の明らかな高P血症を13%に、Ca・P積が80以上を13%に認めた。intact PTH値は16%の症例が800pg/ml以上の著明な高PTH血症を示した。2次性副甲状腺機能亢進症に対して副甲状腺摘出術は3例に、ビタミンDパルス療法が16例に施行された。手のレントゲン撮影を用いたRODの半定量的解析により、Subperiosteal erosionsのスコア(正常;0、最も重篤;9)は0点が8%、1-3点が78%、4-6点が9%、7-9点が5%であり、Growth zone lesionsのスコア(正常;0、最も重篤;9)は0点が67%、1-3点が29%、4-6点が4%であった。
考察
1) 中心部エコー解離5mm以上を異常とする診断基準は多数例の腎超音波スクリーニングにてもほぼ一定の陽性率を示し、スクリーニングの診断基準として有用と考えられる。腎機能障害の原因となる急性腎盂腎炎に対して発症3日以内の適切な治療の開始が永続的な腎瘢痕という障害を予防することが明らかとなり、本症に対する早期治療の必要性が証明された。現行の学校検尿のシステムは費用便益の点からも有効であること、CAKUTの早期発見のための腎超音波検査によるスクリーニングも費用便益の点で有効となる可能性が示された。今後、小児の腎臓病検診システムをさらに充実させることにより小児難治性腎尿路疾患の予後を改善することが期待される。
2) びまん性増殖性変化を示すIgA腎症に対するカクテル療法の有用性が明らかにされた。しかしカクテル療法は副作用が少なくないため、より免疫抑制の弱いステロイドと他のミゾリビン(ブレディニン)との併用療法につき検討し、ミゾリビンを併用した治療法の有効性を確認した。今後長期的な効果についても検討する予定である。また、EBMに基づいた小児重症IgA腎症の治療ガイドライン2003は以下の通りである。
(1) プレドニゾロン 2mg/kg/day(分3)(最大 80mg/日) を1か月、その後1mg/kg/2days(分1)で11か月、さらに0.5mg/kg/2days(分1)で12ヶ月間投与する。
(2) ブレディニン 4mg/kg/day(分2)(最大 150mg/日) を24か月間併用する。
(3) ジピリダモール 6-7mg/kg/day(分3 (最大 300mg/日) を24ヶ月間併用する。
(4) ワーファリンをトロンボテストが30-50%になる量を24ヶ月間併用する。
3) 本研究により我が国の現時点における小児慢性腎不全患者の原病、透析法、発症率、移植率などに関する具体的データを集積し、わが国の小児腎不全治療の特徴が明らかとなった。わが国ではPDや腎移植により欧米に負けない長期生存が可能となっていること、PD療法による腹膜炎発症率が極めて少ないことは世界に誇るべき成果である。特に、小児のPD療法は生存率、継続率、腹膜炎、などすべての点で近年改善してきているが、8年程度が限界と考えられた。生存率、腹膜炎、カテーテルの問題など0-1歳で悪く、諸外国に比べれば良い成績であるが、今後もこの年齢層への対策が重要である
長期のPD療法を受け思春期に至った患児には明らかな成長スパートを認めにくいため最終身長は著しく低くなる。この時期のGHの使用は成長に対する著明な効果がないため、現時点では思春期に達するまでに身長をできるだけ伸ばすことが必要である。
小児では血清Ca値に比較して、血清P値およびPTH値のコントロールが困難であった。これは小児の蛋白摂取量が多いためと推察された。PTHの持続高値を認める症例には副甲状腺の画像検査を積極的に行う必要がある。また、小児慢性腎不全患者のRODの発症率が高いことを世界で初めて多数例の患児において明らかにした。正常な成長を得るためにもRODに対する有効な治療法の開発が望まれる。
結論
1) 現行の学校検尿のシステムはかつてのわが国の小児の慢性腎不全の原因の一位を占めていた慢性糸球体腎炎を早期発見することにより早期治療の道を切り開き、その減少に寄与している可能性が高い。費用便益の点からも有用である。現時点で小児の腎不全の原因の一位を占めるCAKUTを早期発見する腎超音波によるスクリーニングのシステムも費用便益の点から有用である可能性がある。
2) 重症IgA腎症に対するミゾリビンを併用したカクテル療法はIgA腎症の進展を阻止する可能性が高く、しかも副作用が少ない点で患者にメリットのある治療法である。腎組織に対する効果や長期予後について検討する価値が高い治療法である。
3) わが国の小児に対するPD療法は腹膜炎発症率が極めて少なく欧米での成績に勝る長期生存が可能となっているが、透析効率の低下などの問題により8年程度が限界と考えられる。また、GH療法を行っても最終身長を有意に改善する可能性が低く、その原因の一つにRODなど骨病変の治療が不十分であることが考えられる。小児への腎移植の普及と共に、骨病変を改善させる治療法の開発が望まれる。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-