母親とともに家庭内暴力被害を受けた子どもへの心理的支援のための調査

文献情報

文献番号
200200352A
報告書区分
総括
研究課題名
母親とともに家庭内暴力被害を受けた子どもへの心理的支援のための調査
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
金 吉晴(国立精神・神経センター精神保健研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 加茂登志子(東京女子医科大学)
  • 元村直靖(大阪教育大学)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 子ども家庭総合研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
5,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
母子共に家庭における虐待・暴力の被害者となっている場合に、母親と子どもがそれぞれどのような心理的な影響を受けているのか、また母子関係がどのように影響されているのかを調査研究する。同時に、回復過程における母子の相互作用についても追跡研究をし、とりわけ母親の保護者としての役割の回復と心理的な立ち直りが子どもの子どもの心理と行動にどのような影響を与えているのか、逆に母親の快復がどのように子どもに支えられているのかを調査し、虐待被害を受けた母子に対する有効な援助方法を探索することが目的である。併せて、子どものトラウマ被害について、学校現場や児童精神医学領域などでの広範な実態把握を行う。
研究方法
①某公立女性センターにDV被害で入所保護となった女性を対象とした。対象者には入所時に、内科医と看護婦により施設利用者全員に行っている健康診断を実施した。面接開始時には、DVの心理的被害に対する援助を専門の心理職員により提供している旨の説明も行った。また、面接内で用いた質問紙の結果については、心理職員によるフィード・バックを行った。面接時間は1回につき1~2時間を要し、必要に応じその結果より施設内で精神科医による診察を行った。希望者にはDV被害の勉強会、個別の法律相談の機会が提供された。一次調査で同伴児童への暴力被害の波及が明らかになったことから、二次調査では、同伴児童の精神状態についても、母親から可能な限り聴き取り調査を行った。精神健康を適切に判定し、滞在中の回復をみるため、入退所時の面接内で精神健康調査票(GHQ:General Health Questionnaire)28項目版(中川・大坊, 1985; 福西, 1990)と改訂版出来事インパクト尺度(IES-R:Impact of Event Scale-revised)22項目(Asukai et al., 2002)を各2回実施した。二次調査では、診断をより明確化するため、精神科医の診察を受けた対象者に、診察時に精神疾患簡易構造化面接法(MINI:Mini International Neuropsychiatric Interview)を施行した。さらに、児童を同伴した女性に対しては、幼児の行動チェックリスト(CBCL:Child Behavior Checklist)(井澗ほか, 2001)のうち、「ひきこもり」、「身体的訴え」、「不安/抑うつ」、「社会性の問題」、「注意の問題」、「攻撃的行動」の6尺度を実施した。②東京都女性相談センターにおいて緊急一時保護中精神科受診に至った女性の社会的転帰を、昭和36年度から平成7年度の間の、女性センター所内の精神科医務室の記録930人分を基にして調査を行った。一時保護所を利用する女性は、売春、貧困、身体的・精神的疾患、あるいはドメスティックバイオレンス(DV)などによって社会的なサポートを必要としている人たちである。東京都は平成14年、東京都ウイメンズプラザとともに女性センターに「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律(平成十三年法律第三十一号)」、(以下DV防止法)に定められた暴力相談支援センターを設置したが、DV防止法のはるか以前から、女性センターがすでにDV被害者の緊急避難の重要な拠点であったことは一般にあまり知られていない。本研究では、女性センター設立直後から平成8年度までの期間に女性センターの緊急一時保護を利用した女性の統計報告と所内精神科診療室の記録に基づいて、特にDV被害者とその子どもたちの保護状況や精神健康状態を回顧し、DV防止法施行以前のDV被害者のプロフィールを浮き彫りにした。③池田小学校児童殺傷事件を初めとする、学校における児童のトラウマ被害の文献を国内外にわたって収集し、その内容、背景、結果、援助体制について検討した。④
家庭内の暴力が明らかで、その出来事について、あるいはその後に治療を求めて児童精神科を受診した家族あるいは患者計9家族、21名(内、未成年者10名、母親9名、父親2名)について、暴力的に振舞った人との関係、家庭内で起こった暴力の性質、期間、受けた暴力的出来事の体験、その者の精神状態像、治療の転帰について調べた。
尚、今回は、子どもだけに向けられるいわゆる児童虐待は除き、家庭内全体あるいは複数の構成員が巻き込まれる暴力的出来事を対象とした。 (倫理的配慮)対象となる母子は虐待被害を受け、実生活においても心身面においても緊急避難的に保護を求めてきた者がほとんどである。したがって調査それ自体が、当事者への援助の質を高め、目前の困難に対する対処を助けるものでなくてはならない。これまで行った限りでは、調査開始によって当事者との面接回数が増え、またセンター内での、保護司、心理士、相談員との連携体制が向上するなど、好ましい効果が現れているが、今後ともこの点には十分配慮する。入所者に対しては従来も健康診断を行っており、今回の調査はそれを詳細にしたものと言えるが、調査目的を兼ねていることについては説明同意を得ることとする。またさらに重要なことは、女性センターの所在地そのものが、従来は暴力の加害者に所在を知られないようにとの配慮の元、公表を避けてきており、本研究によって、そのような好ましい意味での匿名性が損なわれることのない様に、十分に配慮したいと考える。また対象者が母子であるので、面接者はすべて女性とした。
結果と考察
①東京都女性相談センターの一時保護所に滞在した女性のうち、夫・恋人からの暴力被害があり、かつ、面接可能であった107名に対し、心理職員が暴力被害に焦点付けた支持的面接を行った。その中から日本語以外が母国語の者、精神病診断が付く者を除いた99名のうち、入退所時に2回の面接を行った66名を調査対象者とした。長期的な精神健康状態の追跡を開始した。入所時にはGHQで69名(90.8%)、IES-Rでは61名(80.3%)がカットオフ・ポイント以上の得点を示した。また、GHQ 16.4点、IES-R 42.3点、と全体の平均得点もカットオフ・ポイントを大幅に上回った。退所時においても、両尺度の平均総得はカットオフ・ポイント以上だが、基準点を超える者の割合は減少し、GHQでは53名(69.7%)、IES-Rでは51名(67.1%)となった。二次調査では5名の児童についてCBCLを実施しているが、統計的に有意な傾向はまだ確認できていない。現在のところ「不安・抑うつ」と「攻撃的問題」の項目への該当数が多いようであるが、事例数を増やし、性差も含め検討する予定である。②同センターにおいて、昭和36年度から平成7年度の間、精神科医務室には年間平均74人の女性が初診している。多くの対象が社会的に恵まれない環境で生育していたことが分かる。平成9年3月の時点におけるこの930人の社会的転帰は、転帰良好群25%、中間群23%、転帰不良群48%であった。さらに、DV群は子どもの数が多く、経過観察期間が短く、診断名では心因反応、神経症が多く、統合失調症が少なかった。社会的転帰では、転帰不良群が少なく、転帰不良と良好の中間である中間群が多かった。③池田小学校児童殺傷事件などの、国内外の学校における子どものトラウマ事件の文献から、この種の事件は日本でも毎年300件程度生じており、決して希ではないが、対策が遅れていることが明らかとなった。④DVを受けた家族の精神医学的臨床像を報告し、その精神病理に関して検討し、DVを生じる家族の特徴を捉えたところ、9家族中8例で母親には精神的不安定がみられ、特にうつ状態が多かった。暴力を振るう者以外の大人の子どもへの親としての役割については、子どもの精神的問題を心配し、全例で親が自発的に受診したが、児童精神科受診に至るまでに、母親自身の安全性が確保されて初めて子どもへの対処がなされていることが多かった。母親がその役割を果たせないような状況に陥っている場合、子どもの家庭内暴力では、父がその役割をカバーすることで、問題のさらなる進展を食い止めたケースが2例あった。精神症状の改善によって社会適応はよくなっている可能性が推察されるが、DVを受けた母親の精神的健康が損なわれない、あるいは軽快した場合、子どもの精神的状態も軽快傾向にあることがみられた。またアスペルガー症候群の疑われる事例が、親の側にも子どもの側にも見られた。
結論
DV被害女性の心理的被害の実態が明らかとなった。回復のための
有効な炎上法の開発と長期的な経過の調査を継続する必要がある。学校現場でのトラウマ被害への支援体制の確立が必要である。児童精神医学領域で、発達障害とDV被害並びに加害との関係に今後は注目する必要がある。

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