日本人女性の葉酸代謝関連酵素遺伝子多型と先天異常(神経管欠損症およびダウン症候群等)の発生予防効果に関する基礎的研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200340A
報告書区分
総括
研究課題名
日本人女性の葉酸代謝関連酵素遺伝子多型と先天異常(神経管欠損症およびダウン症候群等)の発生予防効果に関する基礎的研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
鈴森 薫(名古屋市立大学大学院医学研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 羽田明(千葉大学医学部)
  • 孫田 信一(愛知県心身障害者コロニー発達障害研究所)
  • 大橋博文(埼玉県立小児医療センター)
  • 種村 光代(名古屋市立大学大学院医学研究科)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 子ども家庭総合研究
研究開始年度
平成14(2002)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
7,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
欧米諸国では、母体への葉酸投与が神経管欠損症やダウン症などの先天異常の発生を減少させることが疫学的調査により報告されているが、日本においては未だ何ら疫学研究、基礎的研究が進行していない。本研究事業では、神経管欠損症(無脳症や二分脊椎)、ダウン症候群(母体の高齢化が関与していない若年齢層からの症例)、およびその他の先天異常児(流・死産児を含む)を分娩した日本人女性の血清葉酸及びビタミンB12濃度、葉酸代謝関連酵素群遺伝子多型を、一般女性の対照群と比較検討することにより、日本人女性において、葉酸がこれらの先天異常の発症の一次予防薬となる可能性があるかを検討する。さらに、実際に予防的葉酸投与を施行して追跡調査を行うとともに、全国的なアンケート調査や教育啓蒙を行い、日本における葉酸摂取啓蒙活動の浸透度や実施状況を明らかにして、その現状を医療行政に提言してゆく。
研究方法
本研究は、「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する指針」(平成13年3月29日文部科学省・厚生労働省・経済産業省告示第1号)を遵守し、さらに日本産科婦人科学会、人類遺伝学会をはじめとする日本医学会分科会、及び関連組織の倫理規定の元に実施される。研究計画、インフォームドコンセント書式については所属施設の倫理委員会に提出し、承認を得てから研究を開始する。
1. 神経管欠損症患児(流・死産児も含む)を分娩した症例の母親より検体を採取する。患者が解析結果の告知を希望する場合に備え、検体、臨床情報は検体採取機関で連結可能匿名化しID番号のみとする。さらに、葉酸代謝の関連が推定される他の先天異常児出産母体、および原因不明流産母体の検体も収集する。症例の収集は、“遺伝性疾患の解析のための情報・検体の集積分配ネットワーク"(厚生科学研究ヒトゲノム・再生医療等研究事業「家族性遺伝性疾患の解析のための情報・検体の集積分配ネットワーク構築に関する研究」主任研究者:鈴森薫)にて構築したネットワークシステムを基盤として、全国の産科婦人科拠点施設に症例情報と検体の集積を依頼する。
2. 埼玉県立小児医療センターにて、ダウン症分娩の既往がある母親に研究の趣旨を説明し同意を得て検体を採取する。正常対照の母親として、同様に説明し同意を得て収集した検体の中から年齢と経産回数をマッチさせた175例を使用した。
3. 愛知県コロニーでは、トリソミー等の異常を有する症例及び染色体異常の流産を反復する症例由来の組織・細胞の集積、各症例の染色体構成の詳細な解析、各症例における葉酸関連酵素群遺伝子の多型解析を行う。
4. 日本人一般女性100例を目標として、感染症や子宮筋腫など妊娠とは無関係の主訴にて名古屋市立大学病院産科婦人科を受診した若年女性のうち、採血の機会のある者、また、女性医師、看護スタッフ、医学部女子学生、看護学生も対象に含め、連結不可能匿名化し、日本人一般女性の血中葉酸値、遺伝子多型を解析する。
5. 遺伝子多型としては、Caucasianで関連が報告されたMethylenetetrahydrofolate reductase(以下、MTHFR)C677T多型、Methionine synthase reductase(以下、MTRR)A66G多型に加えて、今回新たに血中葉酸値、ホモシステイン値に関連するとの報告があるThymidylate synthase(以下、TS)のプロモーター領域にある28bpのリピート回数の多型(2回または3回)との関連を検討する。また、血中葉酸値、ビタミンB12値も測定する。
6. 名古屋市立大学病院産科婦人科の遺伝カウンセリング専門外来で、予防的葉酸投与を施行して症例の追跡調査を行う。
7. 予防的葉酸投与の実施状況調査は、日本産科婦人科学会のホームページ内に、神経管欠損症を含む遺伝性先天性疾患に関するホームページを立案し、これらの症例に関しての医療従事者からの情報や相談を受け付ける窓口として利用する。また、葉酸についての啓蒙や実施状況調査を薦める。
結果と考察
前述の、“遺伝性疾患の解析のための情報・検体の集積分配ネットワーク"システムについては、葉酸に関する研究も含め、名古屋市立大学医学部ヒト遺伝子解析研究倫理審査委員会に再審議を依頼し、平成14年8月7日にようやく再承認を得たが、神経管欠損症に関しては発生頻度が低くまだ解析に充分な症例が集積していない。そのため、現存する日本産科婦人科学会のホームページ内に、神経管欠損症を含む遺伝性先天性疾患に関するホームページ「周産期遺伝子診療のためのサポート」の掲載を開始し、これらの症例に関して医療従事者からの相談を受け付ける窓口として企画した。既に日本産科婦人科学会理事会へその原案を提出して承認も受けており、近日中に開設される予定である。ダウン症に関しては、MTHFR遺伝子のC677T多型では、Cアレル頻度が症例65%、対照61%、TS遺伝子の2回リピートアレル頻度は症例18%、対照15%といずれも有意差は認められなかった。一方、MTRR遺伝子のA66G多型ではアレル頻度に有意差は認められなかったものの、症例においてGG遺伝子型は対照に比べて有意に低頻度であった(p=0.03)。血中葉酸およびB12濃度に両群で有意差は認められなかった。Caucasian集団でダウン症出生とMTHFRおよびMTRRの両遺伝子多型の関連があると報告されているが、今回の日本人集団では同様の結果は見いだせなかった。今回MTRRのGG遺伝子型の頻度がp値が0.03と5%水準以下では有意となった。しかし、Caucasian集団では症例群で有意に高いと報告しているので、いわば逆の結果であり、日本人集団でさらなる追試が必要であると思われる。いずれにしてもCaucasian集団と日本人集団では遺伝的背景は異なる事が示された。なお、日本人一般女性の血中葉酸値および遺伝子多型の研究に関しては、倫理委員会申請の準備中であり、承認が得られ次第、採血と解析を開始する予定である。既に当施設ではネットワーク内外の症例を含め、神経管欠損症児分娩既往のある4例の妊婦が、次の妊娠前より葉酸(2.5~5mg)を内服し、うち1例は既に健児を分娩、3例は現在妊娠継続中である。超音波検査上、現在までに胎児に明らかな異常所見は認められていない。
結論
日本人集団ではCaucasian集団で見られた母親の葉酸代謝関連酵素遺伝子多型とダウン症発生には有意な関連が認められなかった。MTRR多型のGG型を持つ頻度が症例群で有意に頻度が低かったが、この解釈については判断が難しい。しかし、葉酸の有用性を即否定するものではなく、今後も、流産検体の解析から得られた他のトリソミー妊娠反復症例も含めて解析を継続する。これにより他の染色体異常発生と葉酸代謝との関連が明らかとなる可能性がある。神経管欠損症は稀な先天異常で全国レベルでの症例収集が必要であり、次年度も“遺伝性疾患の解析のための情報・検体の集積分配ネットワーク"等を利用して症例の集積につとめる。また、現存する日本産科婦人科学会のホームページ内に、神経管欠損症を含む遺伝性先天性疾患に関するホームページ「周産期遺伝子診療のためのサポート」の掲載を開始し、これらの症例に関して医療従事者からの相談を受け付ける窓口として企画した。日本では、予防的葉酸投与については医療サイドにも患者サイドにも普及しているとは言い難く、今後ホームページを通じて教育と啓蒙をすすめてゆく。このホームページは症例収集のみならず、教育と啓蒙にも有用なものとなるだろう。特に次年度は、現状調査のために産婦人科医で遺伝カウンセリング専門医の資格も有する医師を対象にアンケート調査を考慮しており、日本における葉酸摂取啓蒙活動の浸透度を明らかにして、その現状を医療行政に提言してゆく。葉酸投与症例に関しては登録制度などにより追跡調査を行い、長期的な効果判定や副作用報告を行ってゆく予定である
。なお、倫理委員会での承認が得られ次第、一般女性の葉酸摂取状況と遺伝子多型の解析を開始する予定である。

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