加齢に伴う脊柱変形の危険因子の解明と防止法の開発(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200200272A
報告書区分
総括
研究課題名
加齢に伴う脊柱変形の危険因子の解明と防止法の開発(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成14(2002)年度
研究代表者(所属機関)
中村 利孝(産業医科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 星野雄一(自治医科大学)
  • 福永仁夫(川崎医科大学)
  • 高岡邦夫(大阪市立大学)
  • 白木正孝(成人病診療研究所)
  • 藤原佐枝子(放射線影響研究所)
  • 細井孝之(東京都老人医療センター)
  • 鈴木隆雄(東京都老人総合研究所)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
12,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は、高齢者における脊柱変形の危険因子を明らかにし、脊柱変形に起因する日常生活障害に対する予防法を確立することを目的としている。
ヒトの脊柱は加齢に伴い湾曲が増大し、骨格全体が縮むように小さくなっていく。このような骨格の変形は、程度の差はあるがすべてのヒトに見られ、高齢者の自立した生活を阻害する主要な原因となっている。高齢者の脊柱変形が日常生活動作に及ぼす障害については、国内外ともすでに古くから社会的に認識されてきた。しかし、神経麻痺などの重篤な症状を生じる例を除いては、慢性の腰背部痛や動作障害があっても、いわゆる「老化現象」とされ、有効な対策は立てられなかった。最近、骨粗鬆症研究の進歩に伴い、WHOでは1994年に骨粗鬆症診断のガイドラインを、1996年には骨粗鬆症治療薬の臨床試験のガイドラインを示し、世界人口の高齢化の中で骨粗鬆症を含めた高齢者の運動器障害の重要性を強調している。国内においても、骨粗鬆症における大腿骨頚部骨折のリスクファクターは明らかにされている。
しかし、高齢者の脊柱の変形と機能障害についての情報は、国内外とも未だ極めて不充分である。これは、高齢者の脊柱変形が、大腿骨頚部骨折とは異なり、加齢に伴う骨粗鬆化だけでなく、脊柱を構成する組織全体の退行性変化に起因していることによる。骨粗鬆症の有無にかかわらず、脊柱の変形には、変性による椎間板の高さの低下、骨棘形成、椎体変形、変性側弯などの種々の変形要素が関与している。組織レベルでは、これらの病変が単独で存在することは稀であり、殆どの脊柱変形では脊柱を構成する組織全体に退行性変化が見られる。したがって、高齢者における脊柱変形の原因を解明し予防法を確立するには、骨粗鬆症と変形性脊椎症とを包括的に取り扱い、「退行性の脊柱変形」として実態を明らかにする必要がある。
研究方法
秋田県上小阿仁村在住の65才以上の地域在宅高齢女性に対し2年間の縦断的研究を行い、以下のことを検討した。Ⅰ. 2年間の縦断的変化として、(A). 縦断的身体所見の変化と(B). 縦断的X線所見の変化。Ⅱ. 2年間の身体所見ならびに脊椎X線所見の縦断的変化の予測性として、(A).2000年秋(ベースライン)身体所見の、2年間における脊椎X線所見進行度(ΔX-P)の予測性と(B).2000年秋(ベースライン)脊椎X線所見の、2年間における身体所見変化の程度(Δ身体所見)の予測性。Ⅲ. 2年間の身体所見変化の程度(Δ身体所見)と脊椎X線所見の進行度(ΔX-P)との相関性。
【身体評価】身長、体重、身長、体重、Body mass index(BMI)、両上肢長(ARM SPAN)、重心線距離、および開眼、閉眼での片脚起立時間も測定した。【脊椎X線評価】胸椎、腰椎X線の正面・側面像で、①椎間板腔狭小、②骨棘、③前縦靱帯骨化、④椎体変形、⑤変性側弯、⑥腰椎変性すべりの脊柱変形各要素を半定量grading評価した。①から⑤に関しては第4胸椎から第4腰椎までの13椎体(または椎間)を読影範囲とし、全椎体(または全椎間)のgrading合計を算出し、それぞれの項目の指数とした。④椎体変形はその圧潰率も算出した。
結果と考察
Ⅰ. 【2年間の縦断的変化】(A). 身体所見は、ベースラインの身長、体重、開眼・閉眼での片脚起立時間は2年間で有意に低下したが、BMI、ARM SPAN、重心線距離は有意な変化を認めなかった。加齢とともに身長の低下が認められたことは、加齢に伴う退行性脊柱変形、つまり脊柱の短縮が生じてきたことを示唆する所見である。健常成人ではARM SPANは身長とほぼ同じ値を示すので、本研究の対象例における青壮年期の身長は、ほぼ150cmであったと考えてよい。本研究において、身長は2年間で146.3cmから145.7cmへと低下しており、この2年間で0.4%短縮したと考えられる。閉経後死亡までの年数をほぼ30年とすると、0.4(%)÷2(年)×30(年)=6%であり、これは150cmの9cmに相当する。したがって、今回対象とした例は閉経期以降平均9cmの身長の短縮をきたすことが考えられた。開眼・閉眼での片脚起立時間の減少は、加齢に伴う平衡機能の低下が身長の短縮と脊柱の変形の進行と強く関連していることを示唆するものである。脳中枢神経系における平衡感覚の問題だけでなく、躯幹全体の変形が高齢者のバランス維持機能を低下させるのであろう。(B). 脊椎X線所見は、①椎間板腔狭小は頻度およびその程度(平均椎間板腔狭小椎間数)は有意に増加した。②骨棘は頻度および程度を表わす指数は全て有意に増加した。③前縦靱帯骨化の頻度と程度(平均前縦靱帯骨化椎間数)は有意に増加した。④椎体変形を有する頻度、変形の程度(平均椎体変形椎体数)は有意に増加した。しかし、個々の椎体における最大椎体変形度は増加しなかった。⑤変性側彎を有する頻度、程度(側彎指数、側彎の最大角度)は有意に増加した。⑥腰椎変性すべりは、頻度、変性椎間数、平均変性すべりの程度(Meyerding法)は2年間で有意な変化を認めなかった。全ての指数の合計(全脊椎変性指数)は2年間で有意に増加した。しかし、骨棘、椎体変形、椎間板腔狭小等に比べて、変性すべり症の進行は軽微なものであった。今回の研究では、このような個々の変性所見の加齢に伴う進行の程度の相違が、個々の変化を発生する危険因子の相違によるものか、または単なる発生頻度の相違によるものかは明らかではない。しかし、昨年度の本研究において、横断的調査では骨棘と椎間板腔狭小とでは異なった因子の関与が推定されている。従って、縦断的調査における各X線所見の変化においても異なる危険因子の存在があるかも知れない。
Ⅱ. 【2年間の身体所見ならびに脊椎X線所見の縦断的変化の予測性】(A).ベースライン身体所見の、2年間における脊椎X線所見進行度(ΔX-P)の予測性については、以下の結果が得られた。1)ベースラインの体重を52 kg以上の高体重群と52 kg未満の低体重群に分けて検討すると、高体重群は低体重群に比し、2年後の胸椎の骨棘の頻度、椎間板腔狭小椎間数は有意に増加した。2)ベースラインのBMIを24 kg/m2 以上の肥満群と、24 kg/m2 未満の非肥満群に分けて検討すると、肥満群の2年後の椎間板腔狭小椎間数は有意に増加した。以上の結果から、高体重または肥満は、胸椎の骨棘形成や椎間板腔狭小の進行を予測する因子と考えられた。3)ベースラインの重心線距離が5cm 以上の脊柱後彎群と5 cm未満の非後彎群に分けると、脊柱後彎群では2年後の胸椎の骨棘頻度は有意に増加した。このことより、脊柱後彎は、胸椎の骨棘形成を予測する因子と考えられた。 (B). ベースライン脊椎X線所見の、2年間における身体所見変化の程度(Δ身体所見)の予測性については、以下の結果が得られた。1)ベースラインの側彎が10° 以上のものは、それ未満のものに比べ、2年後の開眼での片脚起立時間は2秒以上短縮した。2)ベースラインの側彎程度が高いと、2年後のBMIは増加し、肥満が進行する傾向にあった。このことより、身長の短縮による二次的な側彎は、平衡機能の低下をきたす危険因子と考えられた。
Ⅲ. 【2年間の身体所見変化の程度(Δ身体所見)と脊椎X線所見の進行度(ΔX-P)との相関性】1)2年間で身長が0.6cm以上短縮したものとそうでないものを比べると、0.6cm以上短縮したものは、2年間で椎間板腔狭小の頻度と程度、椎体変形の程度(平均椎体変形の椎体数)、全脊椎変性指数が有意に増加していた。一般的には椎間板腔が狭くなり、椎体変形が増加すると身長は当然のごとく低下するであろうと容易に想像はつくが、本研究によりこの事実が統計学的に証明された。2)2年間で開眼での片脚起立時間が2秒以上短縮すると、2年間で変性すべりの程度(変性すべり椎間数)と頻度が有意に増加していた。
今回調査を行った集団においては、2年間で対象者の身長、体重、平衡機能は減少していた。2年間という比較的短期間であったが、縦断的X線所見の変化の解析より、変性すべり以外の側彎、椎間板腔の狭小、椎体変形、前縦靭帯骨化、椎体の骨棘形成といった退行性の脊柱変形は進行することが明らかとなった。これらの集団において縦断的な脊柱変形の危険因子を解析すると、調査開始時の体重やBMIの高値は骨棘形成、椎間板腔の狭小化の危険因子であった。調査開始時の脊柱後彎は胸椎骨棘形成の危険因子であった。縦断的な身体所見の危険因子では、側彎が平衡機能低下の危険因子であった。さらに、身体所見とX線所見の縦断的変化の相関については、身長の減少は椎間板腔の狭小化ならびに椎体変形の増加と相関関係を認め、加齢に伴う平衡機能の低下は新規の腰椎変性すべり症の発生との間に高い相関関係を認めた。
結論
1)65才以上の高齢者では、加齢とともに身長、体重、平衡機能が減少し、退行性の脊柱変形は進行する。
2)身長の短縮は、椎体変形の増加と椎間板腔狭小に関連する。
3)肥満は、椎間板腔狭小と骨棘形成の危険因子であり、脊柱後彎は骨棘形成の危険因子である。

公開日・更新日

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